100 最後の対話
それからすぐに、オリバー様が地下監獄に入れられたという知らせを受けた。
「料理を運んできた使用人のほうは捕らえましたか?」
「ああ、少し拷問したらすぐに自白したよ。レビンストン公爵家の者で、公爵から依頼されたと。黒幕はレビンストン公爵で間違いなさそうだ」
「やっぱり……」
ルークに毒を盛ったのはやはりオリバー様だった。
「ログワーツ嬢、君はルドウィクの傍にいてやってくれないか」
「……ルークの傍に……ですか?」
「ああ、アイツも君が近くにいれば安心だろう」
毒で倒れたルークは未だに意識不明の重体だ。
回復するのか、という問いに王医たちは皆言葉を詰まらせていた。
つまり、それが意味するのは――
(ルークが……二度と目覚めないかもしれないということ……)
恐ろしかった。
彼がこのまま死んでしまったら……
私はもう生きていけないだろう。
(……心を強く保たないと。ルークは毒で苦しんでいるのに私が倒れるわけにはいかないわ)
今すぐにでもルークに会いたかったが、私にはその前にやらなければいけないことがあった。
「はい……陛下……その前に、一つだけ行きたい場所があるのですが」
「行きたい場所?」
「はい、――罪人が収容されている監獄へ、行かせてくださいませんか」
「…………何だって?」
陛下が目を丸く見開いた。
***
王宮にある地下監獄へ入るのは初めてだった。
ここはとてもじゃないが貴族令嬢が入るような場所では無い。
地下というだけあって中は薄暗く、悪臭がする。
いたるところに血がこびりついていた。
この奥にオリバー様はいるのだろう。
いつだって完璧な貴公子だったあの人が、こんな場所にいるというだけでも信じられないことだが。
「……レビンストン公爵」
「……」
しばらくして、オリバー様が収容されている牢に辿り着いた。
牢の中で俯いていた彼は、私の声でゆっくりと顔を上げた。
(……前に見たときよりもやつれているわ。目の下にクマもあるし)
どうしてここまで落ちぶれてしまったんだろう。
一時は恋い慕っていた相手でもあった。
「……エミリア?」
「お久しぶりですね、公爵様」
オリバー様は私の姿を見ると、鉄格子を掴んで必死に叫んだ。
「エミリア!やっぱり助けに来てくれたんだな!ああ、やっぱりお前は私のことが……」
「――勘違いしないでください、貴方は今罪人です」
「……何だと?」
どのような頭を持っていたらそのような考えになるのだろうか。
呆れてものも言えない。
「私がここへ来たのは貴方に聞きたいことがあったからです」
「聞きたいこと?」
「――貴方がルークに盛った毒に関してです」
「……」
その一言で全てを理解したのか、オリバー様は私を嘲笑するかのような笑みを浮かべた。
「――私がそれを正直に白状すると思うのか?」
「少々強引な手を使ってもかまわないと陛下はおっしゃっていました」
「そんな脅しが通用するとでも?どのみち死ぬ命なのに?」
「苦しみ抜いて死ぬか楽に死ぬかだけでもだいぶ違うでしょう」
オリバー様はハハハッと大声で笑い出した。
「私は自分が死ぬのは別に怖くない。ただ、一人で死んでいくというのはどうも悲しい。ならば最後に憎きあの男だけでも道連れにしてやろうと思っている」
「憎きあの男?ルークと会ったのはあの舞踏会が初めてでしょう?」
「ああ、そうだな。耐えられなかったんだ」
「何がですか?」
私の問いにオリバー様は突然笑いを止めた。
「…………全て、アイツのせいなんだ」
「……一体何をおっしゃっているのですか?」
「私からお前を奪ったアイツが憎くて仕方がなかった」
「……意味が分かりません。私が浮気したとでも思っているのですか?ルークと出会ったのは貴方と離婚した後です」
「そんなのは知っている」
「?では何故……」
その瞬間、オリバー様は狂気に満ちた顔でハッキリとこう言った。
「アイツが”視界にすら入れたくないような汚らわしい存在”だからだ……」
「……!」
(この期に及んでそんなことを……!)
怒りで震えそうになったが、彼はそんなこと気にも留めずルークを侮辱する言葉を並べ立てた。
「先王と平民の侍女との間に生まれた汚い王子……父親にすらその存在を認められず、王子という身分であるにもかかわらず貴族たちにも嘲笑われる最下層の男……平民の血が流れていると思うだけでも汚らわしい」
「……」
「ここで死んだら最後の最後までドブのような人生だっただろうな!」
「……」
聞くに堪えなくて、私は拳を握りしめた。
「アイツは生まれてくるべきではなかったんだ!考えてもみろ、あの男の誕生を喜んだ人間がこの世に一人でもいるか?父親である先王はさぞ疎ましく思ったに違いない!母親の侍女ですらその存在を呪ったことだろう!そうやって誰からも祝福されずに生まれたのがあの……」
「――いい加減にして!!!」
「うぐっ!!!」
言葉の途中で私はオリバー様を思い切り突き飛ばした。
倒れ込んだ彼は憎しみを込めたような目で私を見た。
「貴方は……自分が何を言っているか……分かっているんですか……!?」
「何をって……」
どうやら自分が何をしでかしたのか、分かっていないらしい。
そんな愚かな彼の姿に、私の頬を一筋の涙が伝った。
「――貴方はルークだけでは足りず、愛する息子までも侮辱する気ですか?」
「……!」
オリバー様はようやくそのことに気付いたのか、グッと俯いた。
(どうしてそんなこと言うの……貴方はどれだけ自分の息子を傷付ければ気が済むのよ!)
握りしめた拳からは血が流れ、肩が小刻みに震えている。
「貴方がリオ君に見せていた父親への愛情は、偽りのものだったのですか?」
「違う……そんなことは決して……ああ……」
正気を取り戻したオリバー様は嗚咽を上げて泣き始めた。
「……」
あのときの光景は今でも鮮明に思い出せる。
それほどに衝撃的なものだったから。
私はあの二人がどのような親子関係だったのかはよく知らない。
しかし、これだけはハッキリと言える。
おそらく、オリバー様の息子への愛は本物だったはずだ。
十年以上彼を見てきた私がそう言うのだから間違いない。
(……貴方の処刑は免れないでしょうけど、息子のリオ君だけは助けると約束するわ)
私は未だに泣き続けるオリバー様を置いて、地下監獄を後にした。
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