ただの幽霊ですが?
転生先が「幽霊」って……………どうゆう事?
皆さ〜ん!こ〜んに〜ちわ〜!
元気ですか?私は元気ですよ。だって幽霊ですからね〜。元気の基本が根本的に違いますからね。
しかも、こう見えても元日本人ですよ?ただ転生したら幽霊だっただけ。あ、幽霊ですから見えませんけどね。
もうさ、何度も試しましたよ?神様を呼んでみたり、通行人に声を掛けてみたり、触ろうとしたり…………。でも全部無駄でした!誰にも見えないし、鏡に映らないし、何でも通過してしまう。
何か後悔があって天国に行けないのかな?でも この生活が長すぎてこの世界での「私」のことが思い出せない。誰なんだろうね?「私」は。
最近分かったのは 庭をよく散歩している黒猫のブラッキーと庭の大きな木に住んでいるカラスのバートが「私」を認識しているらしく目があうと威嚇をしてくる。
ありがとう。「私」の存在を認めてくれて。
嫌われてると分かっていても嬉しい。
ある暖かい日に馬車に乗って1人の青年が屋敷にやって来た。栗色の髪と瞳を持ち細身の身体で背の高さはこの屋敷のご主人様より低いのではないかな。でも何より目を引いたのは手の大きさ。何せ指が細く長いのだ。
シンプルに羨ましい。
まあ、「私」は自分の姿も見られないのだから羨ましい気持ちになるのは不思議なのだけれど?
彼は老年の執事に促されながら屋敷の奥へと入っていく。「私」も後ろをフヨフヨと漂う様についていく。
ご主人様と奥様のいる部屋に入り暫くすると執事が入れたお茶を呑みながら何やら話し出した。どうやら彼は駆け出しの音楽家でご主人はパトロンになるらしい。奥様は貴族では珍しく楽器が弾けない。しかし音楽は大層好きらしく毎日でも聴きたい。そうなると駆け出しの若い音楽家はパトロンとしては安く主従関係が組めると踏んだらしかった。彼は喜んでその話に乗った。
音楽かあ……
そういえば転生前の私は子供の頃からテレビっ子でクラシックとか洋楽なんかきいてたなあ。もちろんアニソンも。この世界に転生してから音楽って聞いてないな。まあ、このお屋敷には楽器すらないんだけど?久しぶりに音楽を聴きたいなあ。
そんな暇人な幽霊ですから、新しい物には興味しかない!だからこの青年の所(正確には音楽室)に入り浸った。彼は真新しいピアノを弾いてはご主人様や奥様を喜ばせていた。「私」も大喜びですよ。ただね………
欲が出てくるんですよ。幽霊といえども。聴いた事のあるあのアニソンやドラマの主題歌を、あのダンス曲を…とかさ?だからついつい溜息をついてしまう。
彼が屋敷に来て数ヶ月が経った。最近ご主人様と奥様が彼に難題を出していた。何度も同じ曲は聴き飽きたので新曲を聞かせて欲しいという事だった。彼は毎日楽譜の前で書いては消しを繰り返し何も書けずに茫然とする様になった。そんな彼は演奏中にもミスをする様になった。夫婦の期待に応えられないストレスと緊張からだろう。「私」は見つめる事しか出来ない。今までもトラブルを回避させる事はできなかった。文字通り幽霊だから。
次第に彼は追い詰められてきたのか笑顔もなくなり鍵盤を弾くあの美しい指先が止まってしまった。こうなるとパトロン契約は終了してしまう。夫婦は溜息をつき何も言わずに部屋を後にした。1人になった彼は真っ青なその頬に涙を流した。声を出す事なく泣いていた。そんな姿に「私」はつい声を出してしまった。
『もし、これが最後なら「私」の為に曲を弾いて欲しかったな』
「……………………誰?」
ピアノの上で寝そべって呟いた「私」の声に気づいた?!思わず身体を起こし彼を見つめると彼はキョロキョロと忙しく頭を動かしている。今まで演奏中は集中して聴いていた為声を出す事はしていなかった。寧ろ「私」の声に気付いた人はいなかった。嬉しかったが気のせいって事もある。「私」の勘違いかもしれない。だから……
『おや?「私」の声が聞こえるのかい?だったら何か鍵盤を叩いてみてくれないか?』
と、試す様な事を言ってみた。本心は聞こえて欲しい。「私」の声を認める人になって欲しいのだ。
彼はまた頭を動かしながら何かを探す様な仕草を見せた後、そっと鍵盤に長い指先を置いた。
ポーン…指先は白い鍵盤を優しく押す。指先はそのままで彼は天井を見上げる。
いや「私」はピアノの上に正座をして彼の顔を見つめている。したがって天井には誰もいません。はい。
「…………いない………のか?」
不安そうな表情で見上げている彼に笑えてきた。だからそこに居ないのだよ。
『クスクス……上ではないから。』
そう言う「私」に彼は私の方を見た。目は合わない。つまり見えないって事。探す様に視線を泳がす彼を見ながら、触ることが出来れば無理矢理にでもこっちを向かせるのに…と思い彼に手を伸ばす。当然すり抜けるし自分の手すら見えない。仕方なく見つめてみる。
「どこ?何で姿を見せてくれない?私がダメだから?」
彼は切羽詰まっているのか話しかけながら何度も鍵盤を叩いている。普通に耳障りである。そんなに鳴らさないで欲しい。騒音に人が来てしまう。
『まずは鍵盤から手を離してくれるかい?誰かが来てしまうだろう?』そう言いながら彼の腕を掴もうとして掴めない現実を再認識する。全く何年幽霊をやっているんだか。
「私」が苦笑いしていると彼は鍵盤から手を離し両手を握り締めた。「誰か来るとあなたは消えてしまうのか?」と声を潜めた。『そうだね。消えると思うよ。』と答えてみれば彼は何度か深呼吸をした後椅子に腰掛けた。そして彼は静かに訊いてきた。「私は、ここから追い出されてしまうのでしょうか?新曲を頼まれても作れない。既存の曲しか弾けないし……いや、その曲すらもまともに弾けない…。どうしたらいいのか分からないのです。助けて下さい。どうか…お願いです。私には音楽しかないのです…助けてください。」
黙って聞いていると彼はある貴族の三男で家を継ぐ必要はない人材ではあるが貴族学校ではかなり優秀であった。卒業と同時に家を出て王宮の内政府に勤務した。しかしトラブルに巻き込まれて失職。精神的に落ちてしまい働けずその後は実家が援助している教会で好きなピアノを弾けせてもらい少ない収入を得ていたとの事。
「始めは良かった。だけどあの方々(この屋敷の夫婦)からの要望に応えられない自分に嫌気がさしてきたら全てがダメに見えてきました。もう何も出来ない…私は出て行くしかない…」
自己嫌悪の塊ってヤツですね。『私』なんて幽霊ですよ?そんなもの既に存在しませんから。
『では、出て行くとなるとこれが最後の会話になるのですね?それならば「私」の為に一曲弾いて欲しいのですが?出来ますか?』
「私」の言葉を聞くと彼は下げていた茶色の頭を持ち上げた。「いいですよ。どの曲がいいですか?」と泣きそうな表情で小さく言った。ああ、彼はこの屋敷から出て行くつもりなのだ。せっかく「私」の声を聞くことが出来る人間が現れたのに、なんて短い時間だったのだろう。次に現れるのは一体どれだけ先なのだろうか…
まあ幽霊なんで、どれだけでも暇な時間の潰し方を知ってますからいいですけど?
『では「私」の知ってる曲を弾いてはくれないだろうか?』と尋ねれば彼は「私の知っている曲ですか?」と訊いてきた。『いや、あなたは弾いた事はないね。』と素直に答えた。すると急に彼は顔を勢いよく上げ「いつも聴いていたんですか?まさか知らない曲?どうやって弾けばいいんです?楽譜は?」と質問攻め。
『楽譜は無いし、書けない。そうだなあ、どうしたら…』「私」の頭の中の曲を彼に伝えたいのに仕方が分からない。「私」には少しの魔力はある。しかし使えないし使い方が分からない。転生時に神様にも会ってないしチュートリアル的な事もなく最初から幽霊だ。屋敷の人達が魔力を使っているのは見たし知っている。ただ教えてもらうのを見ていても自分では出来ないのだ。
試しに何も言わずに魔力を指先に流す様なつもりで彼の頭に触れてみた。まあ 触れませんから流したつもりの魔力も指先で溜まるような感覚があるだけ。
『聴きたかったのにな…あの曲。』
そう呟いた時、窓の外に散歩中のブラッキーを見つけた。そういえば前世の記憶で黒猫は魔力を持ちやすく魔女の傍にいるって聞いた事があった様な…
彼に「私」の魔力が少なくブラッキーの事と伝えると彼は素直に窓を開けた。「怒られても怖く無いです。だって何をしても出て行くんですから。」そう言いながらブラッキーを両手で抱えてピアノに戻ってきた。『そのまま抱いて座っていて。』椅子に腰掛けてブラッキーを撫でる彼と警戒の色を崩さないブラッキー。その様子を見て彼は言う。「今この子の前に居るんですね。」
返事はせず魔力を指先に溜めブラッキーの真っ黒な頭に指先を当て様とした。すると何かとても柔らかい感触が指先に伝わった。久しぶりの感覚。これが(触れる)だ。久しぶり過ぎて泣きそうだった。しかし目的は記憶の中にある楽曲をブラッキーを通して彼に伝える事。落ち着け、「私」。
そして、何と!出来たのだ!記憶の伝播が。一曲だけ。物凄い疲れた。伝播直後にはブラッキーはすぐさま彼の膝から飛び降りて庭に走り去ってしまった。
幽霊でも疲れるんだなあ…と感慨に耽っていると徐に目の前の彼が天井を見上げていた。何を見ているんだろうか?意味のない動作ではあるが彼の顔の前で手を振ってみる。これは人間だった時の名残りなのか?と苦笑いしているとゆっくりと息を吐いている彼の表情が次第に変わってきた。青白い頬は紅潮し茶色の瞳は大きく開き、そしてゆっくりと口角が上がった。次第に息遣いが荒くなってくる。
「はあ………何…だ?。今のは…凄い…」
小刻みな吐息と共に彼はなんとか言葉を出そうとしているようだった。ああ、なんて珍しいものを見せてもらっているのだろうか。人って外から(幽霊)から見るとこんなに興味深いものなんだ。彼にとってブラッキーを通して魔力を伝えたのが初めてなので驚いたのか?感覚が違うのか?ピアノ曲ではない事に戸惑ったのか?聞きたい事はいっぱいあるが、ひとまず彼の動きを待つ事にした。
無意識なのか彼の指先が動いている。それは鍵盤を探すかの様だった。下を見れば鍵盤はあるのにいつまでも天井を見上げている。彼は恍惚とした表情をしている。
思い出した。この状態は前世でいう【降りてきた!】ってやつだ。まさか目の前で見る事ができるなんて幽霊の役得かも。ピアノの上でごろ寝をしながら彼の満足気な様子を見ていると正気に戻った彼が話し出した。「あなたは神様ですね。」幽霊になんてことを言っているんだか。『違います。それより今の曲を演奏出来ますか?』と聞いてみた。「少しお待ち下さい。」丁寧な口調でそう言うとしばらく黙り込んだ。
その後 バートを窓の外で見つけた「私」は大きく手を振ってみる。しかしいつも通りのクール対応なバートは大きく羽を広げてひと鳴きした後飛んで行った。もしかしたらバートにも触れる様になるだろうか…と耽っていると「神様、まだいらっしゃいますか?」とお声が掛かった。幽霊だってば。
そこからは面白い事になっていった。
彼は一度聴いた曲をピアノ用に編曲し、今まで見たことのないくらい自信に溢れて演奏してくれた。まさに彼が神だ。あんなに聴きたかった曲は彼に出会う事で叶った。もしかしたら成仏してしまうかと思ったくらい(本気)。しかし成仏はしなかった。そこへ曲を聴きつけた使用人が次から次へと集まった。そしてご主人様と奥様も現れ何度もアンコールをしていた。もちろんパトロンは続行となった。
彼は真っ赤な顔で何度も夫婦にお礼を言い、奥様はあなたで良かったと褒め称えた。
良かったな、青年。優雅でそのくせアップダウンもある曲を皆んなに認めてもらえて。幽霊の「私」も嬉しいよ。これからも私の聴きたい曲を弾いておくれ。
ただ、その曲は
前世で見た
馬の競争の時の曲なんだけどね。
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拙い作品に目を向けて頂きありがとうございます。




