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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第八章 焚き火の守護者

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第八章 焚き火の守護者


焚き火を見下ろしたまま、ドラゴンは静かに告げた。


「元の世界へは、戻れぬ」


断定だった。

迷いも、慰めもない。

綾子は喉の奥が詰まり、言葉を失う。


ドラゴンは続ける。


「ならば、まず生きよ」


「住を得てもよい。糧を求め、職を得て日銭を立てるのも一つだ。

旅に出て、世界を巡るのも悪くはない」



焚き火の火が、ぱちりと弾ける。



「どう生きるかは、お前が選べ。

だが、生きねば何も始まらぬ」



その言葉は命令ではなく、当然の理のように落ちてきた。

綾子は膝の上で、きゅっと指を握りしめる。


生きる。

帰れない世界で。


その事実が、ようやく現実として胸に沈み始めていた。


―――


綾子は焚き火から顔を上げ、少し俯きながら静かに口を開く。


「……あの、私、元の世界では……生活も、

お金のことも、ずっと苦労していました」


ドラゴンはじっと綾子を見つめ、しばらく無言で頷く。

その瞳には、静かな喜びが滲んでいたが、声には出さない。



「……よかろう」



低く重みのある声。爪先が光を反射し、幾つかの宝石がゆっくりと差し出される。



「これを持て。大切に使うがよい。一つずつ、丁寧にな」


「そして……一つは、必ず身に付けておけ」



綾子は手を差し出し、宝石を一粒ずつ受け取る。

(こんなに沢山……)


焚き火の光に反射し、瞳がきらきらと輝く。

わずかに胸が高鳴る。



「……ありがとうございます。大切にいたします」



ドラゴンは微かに頭を傾け、無言で微笑む。


その姿を見上げる綾子の胸には、畏怖が畏敬に変わる感覚が静かに満ちた。



「少し、寝てもよいぞ」



綾子は頷き、膝を折って体をそっと預ける。

炎の揺らめきが綾子を柔らかく照らす。


ドラゴンはその小さな背を見守り続けた。

――――――――――――――――――――


遠く森の中から、

疲労困憊の男が足音を響かせながら戻ってくる。


手には荷物を抱え、汗と埃で髪は乱れ、

全身が重そうに揺れていた。


男――唯一残った男は火のそばまでたどり着き、

深く膝をつき頭を下げる。


「……お言いつけの物、揃えてきました」


ドラゴンは眠る綾子をちらりと確認し、その存在感だけで男を圧する。

男は視線を逸らし、平身低頭のまま息を整える。


ドラゴンは炎の揺らめきの中で、静かに綾子の横へ頭を寄せる。

低く、重みのある声で、しかし柔らかく告げた。



「そろそろ、起きるがよい」



綾子はまだ眠気に揺らぎながらも、ドラゴンの声に自然と目を開ける。


火の光に照らされた白銀の瞳が、優しく揺れる。


綾子を見守るその姿に、胸の奥がほんのりと暖かくなる。


ゆっくりと手足を伸ばし、膝を折って体を起こす綾子。

風で乱れる髪を軽く揺らし、穏やかに息をつく。


綾子は立ち上がり、脇に置かれた衣服に手を伸ばす。


「……着ます……」


小さな声で呟き、慎重に服を広げ、靴を見る。


綾子は服と靴の匂いを軽く嗅ぐ。

ほんのり温かい香りに、思わず小さく息を吐く。


(……これなら、大丈夫か……)


そう心で呟き、

前立てに少し戸惑いながらも、

手元を確かめつつ慎重に着ていく。


ドラゴンは黙ってその動きを見守る。

焚き火の光が手元を柔らかく照らしていた。


男がそっと頭を上げ、綾子を覗こうとする。


「おい、貴様……!」


怒りを帯びたドラゴンの声に、男は思わず飛び退いた。


ドラゴンの瞳がぎらりと光り、

空気が一瞬で張り詰めた。



「我の娘になにをする!」



男は全身で平身低頭し、手を組んで震える。


「は、はい……申し訳ございません……」


ドラゴンは深く息を吐き、肩の力を少しだけ緩めた。


綾子は前立てを合わせ、最後のボタンを留め、靴を履く。


「……これで大丈夫です……」


軽く胸の前で手を合わせ、ほっと息を吐いた。


男は小声でそっと焚き火のそばへ向かい、

用意してあったパンと干し肉を差し出す。


「……良ければ、召し上がってください。……水もあります」


ドラゴンは何も言わず、ただ目を細めて頷く。


綾子は静かに感謝を告げ、パンと干し肉を手に取る。

手にしたパンを見つめながら、不思議な感覚に戸惑い、目を上げる。


(……あれ……今の言葉……

ちゃんと、意味として分かってる……?)


ドラゴンは静かにこちらを見つめた。


「気づいたか」


その低く響く声に、綾子は頷くしかなかった。



「そなたは、この世界に来た時点で、既にその力を持っている。


 言葉を理解し、意思を伝え、受け取ること――


 すべては、そなたの内にあったものだ」



「……そ、そうなのですか……?」


綾子は釈然としないながらも、頷く。


―――


男が思わず小さく口を挟む。


「……あの、その……この世界に……来たとは……?」


その瞬間、焚き火の音が遠のいたかのように場が静まる。


ドラゴンはゆっくりと男へ視線を向ける。

柔らかさはなく、冷えた威圧感だけが場を支配する。



「――貴様は、何も聞くな。要らぬことを口にするな。


その話題に触れれば、命は無いと思え」



男は言葉を失い、地面に額を擦りつける。


「も、申し訳ありません……っ!」


ドラゴンはそれ以上男を見ず、静かに言葉を継ぐ。



「朝になったら、この娘を街まで送れ。


途中で何かあれば、貴様の責は重い」



男は震える声で即座に応じる。


「は、はい……必ず……!」


低く重みのある声で続ける。



「街に着いた後もだ。我が許すまで、この娘の傍を離れるな」



綾子は二人のやり取りを呆然と見つめ、胸の奥でそっと理解する。


(……別の世界から来たことは、話さない方がいいんだ……)


火の揺らめきだけが、何事もなかったかのように三者を照らしていた。

――――――――――――――――――――


火の揺らめきは穏やかになり、

ぱちり、ぱちりと小さな音だけを残して夜を深めていった。


綾子はドラゴンのそばに身を寄せ、

いつの間にか瞼の重さに抗えなくなっていた。


冷え切った体はじんわりと温もりを取り戻し、

張り詰めていた心も少しずつほどけていく。


不安も疑問も、まだ胸の奥に残ったまま。


それでも今は――考える余力すらなかった。


ドラゴンは動かない。

ただ静かに、その小さな寝息を感じ取りながら、


夜が明けるまで見守り続けた。



第八章 終わり

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