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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第七章  まだ背負わぬ選択

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第七章  まだ背負わぬ選択


ドラゴンは低く唸ると、綾子に向かって静かに告げた。



「少し、後ろに下がれ」



綾子は一瞬ためらい、

それでも言われるままに一歩だけ距離を取る。


その様子を確かめると、

ドラゴンは軽く息を吸い込み、地面へと視線を落とした。


次の瞬間――

青白い火球が、地面へと吐き出される。


火球は落ち葉と土を一瞬で焼き払い、地面そのものを焚き火に変えた。


じわりと広がる熱が、冷え切った空気を押し返す。

綾子は思わず、その温もりに身を寄せた。


「……あったかい……」


(……生きてる)


漏れた呟きに、ドラゴンはわずかに頭を傾ける。



「……冷えただろう」



低く、重みのある声。

だが不思議と、威圧よりも気遣いが先に伝わってきた。


―――


綾子は、あらためてその姿を見上げる。



白銀に輝く鱗。

折りたたまれた大きな翼。



太く力強い二本の脚に、長くしなやかな腕、鋭く伸びた指先。

一つ動くだけで、空間そのものが支配されるような存在感。



綾子の背筋を、畏怖が静かに駆け上がる。


それでも――

ドラゴンの瞳には、確かに柔らかな色が宿っていた。



ドラゴンはゆっくりと身をかがめ、

威圧することのない高さまで視線を落とす。



「そなたの名は……?」



綾子は一瞬、喉が詰まった。


だが、

恐怖よりも先に、助けられた事実が胸に浮かぶ。


「……助けてくださって、ありがとうございます」


そう言ってから、深く息を吸った。


「綾子と申します」


綾子が名を告げると、ドラゴンは一瞬だけ目を細めた。



「……綾子、か」



その名を口にする声音は、確かに覚えた、という響きだった。


綾子は少しだけ勇気を振り絞り、問いかける。


「……あなたの、お名前は……?」


ドラゴンは、わずかに首を振る。



わしは名を持たぬ」



即答だった。

だが、続けて低く言葉を継ぐ。



「巷では、

……白銀竜、白き災厄、空を制す者――好きに呼ばれている」



どれも穏やかとは言い難い呼び名だった。


綾子は思わず息をのむ。


(……全部、二つ名……)


それが、この存在の“距離”を物語っている気がした。


「……じゃあ……」


言葉を探す綾子を見て、

ドラゴンはわずかに口角を緩めたようにも見えた。



「名など、必要になれば授けられよう。今は、それでよい」



不思議と、拒絶された感じはしなかった。



少し間を置いて、綾子はもう一つ、どうしても聞きたいことを口にする。


「……どうして、助けてくださったんですか?」


自分でも不思議なくらい、落ち着いた声だった。


ドラゴンは焚き火と化した地面に視線を落とし、ゆっくりと言う。



「通りすがりだ」



あまりに素っ気ない答えに、綾子は一瞬きょとんとする。

綾子は、しばらくその言葉を反芻し、ゆっくりと小さく首を傾げた。


「……通りすがり、…ですか」



ドラゴンは答えない。


ただ、焚き火の火勢が弱まらぬよう、無言で視線を向けている。

それだけで十分だった。


この場所で、独りではない。

その事実が、胸の奥に静かに染み込んでいく。


綾子はもう一度、火に手をかざした。


―――


白銀の鱗が焚き火の光を受け、静かに瞬く。


綾子はため息混じりに、小さく問いかけた。


「……私は、どうしてここに?」


焚き火の揺らめきに目を落とすドラゴンは、しばらく無言だった。

そして静かに、しかし確かに言葉を紡ぐ。



「理由を知るには、まだ早い」



ドラゴンが続ける。



「まずは、この世界を知れ。人を、街を、国を――目で確かめろ。


困っている者がいれば助け、悪事を働く者がいれば正せ。


そうしているうちに、道は自然と示される」



言葉は断片的で、押し付けがましさはなかった。

けれど綾子には、その奥にある強い意志のようなものが伝わってきた。


綾子は肩を落とし、弱々しく呟いた。



「でも……私には、

そんな力も……何も……ありません……」



ドラゴンはゆっくりと顔を上げ、低く言った。



「いや、ある。使い方をまだ知らぬだけだ」



ドラゴンは静かに右側を指差した。



「……あの亡骸を見よ」



綾子は一歩後ずさり、目を見開いた。


そこに見えたのは、

自分を襲おうとして殴り飛ばされた男の姿だった。


「えっ、あれって……あなたがやったんじゃ……?」


言葉に詰まりながらも、自然と眉がひそむ。

胸の奥に、困惑と恐怖が混ざり合った。


ドラゴンは低く唸り、首をわずかに振った。



「我ではない。あれは……環境が決めたことだ」



綾子は左側を見て、男の亡骸を見つめた。

胸の奥がぎゅっと締めつけられ、思わず背を丸める。



「……私……こんなこと、


…したくなかったのに……」



声は震え、言葉に詰まる。


初めて、自分が人の命に関わった――

その重さに、心が押し潰されそうだった。



ドラゴンは憂いを帯びた瞳で綾子を見つめ、

低く、しかし柔らかい声で言った。



「恐れるな。


お前が望んだのではない。


その亡骸の行いの結果だ」



綾子は少し肩を落とし、深く息を吐いた。


焚き火の光が揺れる中、

ドラゴンの存在が、ほんの少し心を落ち着かせる。



ドラゴンは焚き火から視線を外し、湖の先へと向けた。

その先に何があるのか、綾子には分からない。



「もうお前には力がある」



唐突な言葉だった。


―――


綾子は思わず顔を上げる。


「……そんなもの、ありません」


即座に返すと、ドラゴンは否定も肯定もせず、低く続けた。



「力とは、生まれついた才だけを指すものではない。


望み、選び、踏み出す意志――それもまた力だ。」



焚き火がぱちりと音を立て、火の粉が舞う。



「この世界は、優しくはない。


 善い者だけが報われる場所でもなければ、


 何もしなければ守られる場所でもない」



言葉は淡々としていたが、重みがあった。



「時には、人を止めねばならぬこともある。


――それが、殺めるという形になる場合もだ」



綾子は、はっきりと首を振った。


「……嫌です」


綾子は無意識に両手を握りしめていた。


絞り出すような声だった。



「誰かを傷つけてまで、生きたくない。

そんな力なら……要りません」



焚き火の揺らめきが、二人の間を照らす。


ドラゴンはしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。



(((……まだ、早いか)))


「ならば、今はそれでよい」



低く、しかし否定しない声音だった。



「望まぬなら、今は背負わずともよい。だが、


この世界では、いつか避けられぬ時が来る」



綾子は静かに頷き、焚き火の揺らめきを見つめる。

胸の奥で、言葉の重みがゆっくりと染み渡った。



いつか、避けられない時が来る――その現実を、少しだけ覚悟した。



第七章 終わり

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