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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第五章 もう一人の転移者

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第五章 もう一人の転移者


――男が異世界に足を踏み入れたその頃――



綾子は、冷たい地面に体を横たえて目を覚ました。


思わず震えが走る。


「寒っ!」


服はなく、素肌が湿った草や土に触れる。


周囲を見回すと、森の中。


(……え、ここ、どこ……?)

(体も…、痛くない…?)


とっさに立ち上がろうとするが、足元の感覚が頼りない。


枯れ枝や落ち葉を踏み分け、慎重に歩き始めた。


だが、寒さは容赦なく肌を刺す。


遠くで、

空気を押し潰すような低い轟音が響いた。


(……飛行機?)


少しだけ、安心しかけた。

だが寒さが、その考えをすぐに打ち消す。


(寒い…寒すぎる…服が、服が欲しい…!)


心の中で何度も呟きながらも、目の前の状況はそれどころではない。


裸で、何もない場所で、どうして自分は生きているのか。

頭の中で繰り返し、信じられない現実を反芻する。



(トラックに…ぶつかったはず…なのに…どうして……?)



混乱した思考を整理しようと、足元に集中する。

落ち葉や枝を踏み分けながら、ゆっくりと森の端を目指して歩く。


飛行機のような轟音が、はっきりと大きくなっている。



やがて、木々の間にわずかに明るい空間が見え、先が開けていることに気付く。

静かに光を反射する小さな湖が視界に入る――


(ここからなら誰か助けてくれる人が居るかも……)


綾子は足早に湖畔へと向かった。


――――


湖畔に出ると、周囲を見渡しながら水辺を歩き始めた。


その先に、人影を目にして、思わず足を止めた。


(……人?)


反射的に、身を屈める。

――その瞬間、自分が裸だという事実が、遅れて突き刺さった。


(やば……!)


慌てて木の陰に身を隠し、胸を押さえて息を殺す。


――――


しかし――

湖畔の向こうに見えた人影は、ゆっくりと、だが確実に距離を詰めてきた。


最初は音もなかった。

だが、輪郭がはっきりするにつれ、

枯れ葉や小枝を踏みしめる微かな音が、空気に混じり始める。


――男たちだ。



その足音は、ついに自分がいた辺りまで迫る。

綾子は思わず息を呑む。



「今のは女だ。匂いがする」


低く、荒れた声。


「女か」


別の声が、愉快そうに笑った。


心臓が跳ね上がる。


「近くにいる。探せ」


枯れ葉を踏み散らす音が増え、足音が四方から迫ってくる。


(見つかる……!)



次の瞬間――



「居たぞ!」


男たちの声が響き、足音が地面を叩いた。


綾子は反射的に木陰から飛び出し、湖畔を駆け出す。

裸の体に冷たい風が突き刺さるが、恐怖がそれを上回った。


(森じゃ……捕まる……!)


考えるより先に、足は水辺へ向かっていた。


「……また追われるの……!?」


(誰か……助けて……)


だが、距離はすぐに詰まる。

数歩もいかないうちに、足の速い男が飛び出し、綾子を地面へ押し倒した。


「暴れるな!」


体重がのしかかり、視界いっぱいに下卑た顔が迫る。


――その瞬間。


借金取りに襲われた、昨夜の光景が鮮明に蘇った。

息が詰まり、頭が真っ白になる。


――ふざけるな。


恐怖と一緒に、何かが弾けた。


「うぉおおおっ!!」


叫びと共に振り抜いた拳が、鈍い衝撃を生む。

足の速い男の体は、勢いよく森との境目まで叩き飛ばされた。



一瞬の静寂。



そして――

その直後、空から一筋の鋭い光が降り注いだ。



剣を構えていた男の体が膨張する間もなく崩れ落ちる。


一瞬遅れて空気が裂けるような音が響いた。


「な、なんだ……!?」


唯一残った男は恐怖で立ち止まり、目を見張る。


綾子は息を荒くしながらも、まだ力が漲るのを感じていた。

目の前で起きた出来事を理解できず、ただ息を呑んだ。


(……え……?)


自分が殴り飛ばした男とは、明らかに違う。



あれは――消えた。

崩れた、溶けた、蒸発した……どの言葉もしっくり来ない。



残ったのは、異様な熱と、焼けた匂いだけ。


「な……なんだよ、今の……」


男――唯一残った男が、引きつった声を漏らす。


顔は青ざめ、腰が引けている。

男の体は、はっきりと震えていた。


綾子も同じだった。

寒さも、裸であることも、一瞬忘れていた。



その時だった。



影が、落ちた。


太陽が遮られたわけではない。

空そのものが、覆われたような感覚だった。


巨大な質量が空気を押しのけ、低く重い圧力が周囲を揺らす。


それとともに突風が叩きつけられ、思わず地面に手をつく。


次の瞬間――



――ドォンッ!!――



衝撃が地面から突き上げ、内臓が跳ね上がった。

湖の水面が押しのけられるように激しく波立ち、風圧で水しぶきが飛び散る。


綾子の目の前に、大地を砕くような衝撃と共に、何かが降り立った。

舞い上がる土埃と水しぶきの向こうに、巨大な輪郭がうっすらと見える。


鱗に包まれた体躯。


背中に力強く広がる翼。


常識では測れない質量感。


男が、喉の奥から掠れた声を絞り出す。


「……ド、ドラ……」


最後まで言葉にならなかった。


綾子は、息をすることすら忘れて、それを見上げていた。


――この瞬間まで、自分が異世界にいるなど、考えもしなかった。



第五章終わり


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