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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第四章 未知の街と異国の薬屋

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第四章②  異国の薬屋


男は、二人に招かれて薬屋に入る。

足を踏み入れると、思ったよりも暗くはなかった。


窓には、すりガラスのような素材がはめ込まれ、

直射を避けた日光が、程よく室内を満たしている。


店の奥はランプで照らされ、

室内全体が見渡せる造りになっていた。


天井には、まだ灯されていない照明も見える。

それに気づいた男は、ふっと表情を和らげる。


(……文明は、それなりに発達してる世界みたいだな)


薬草と乾燥植物の匂いが混じり合い、

この世界特有の香りが鼻をくすぐった。


言葉は分からない。

それでも男は、目に入るものすべてを逃すまいと、

店内を静かに見回す。


老女は微笑みながら、棚に並ぶ瓶を指さし、手招きした。


(……意外と若いな)

(……俺と同じぐらいか?)


先入観で“年寄り”と決めつけていた自分に、

男はわずかに気恥ずかしさを覚える。


若い女が、男の手元を指しながら、

薬屋の女――老女に何かを伝えていた。


少女というより、落ち着いた雰囲気の大人の女性。


その瞬間、男の意識が、はっきりと彼女に引き寄せられる。


整った顔立ち。

細くしなやかな体つき。

エメラルドを思わせる、澄んだ緑の瞳。


近くにいるだけで、

不思議と心が静まるような気配。



――美しい。



そう感じた直後、

男はもう一つの違和感に気づいた。


(……耳が、尖ってる)


スラリとした肢体と、柔らかな所作。


ただ美しいだけではない、

どこか人とは異なる存在感。


(……エルフ、だよな)


男は、言葉を失ったまま、

そのエルフ――若い女を見つめていた。


薬屋の女は、穏やかな笑みを浮かべたまま、

棚の奥からいくつかの瓶を取り出し、

男の前に静かに並べた。


どれも黒に近い濃色の小瓶で、

中身は外からは分からない。


薬屋の女が一本を手に取り、

何かを語りながら、男へ差し出す。


言葉の意味は、やはり汲み取れなかった。


男は瓶を受け取り、

目を細めて軽く傾けてみる。


液体の気配はある。

だが、色も粘度も読み取れない。


(……買え、ってことだよな)


男はポケットを探る仕草を見せ、

両手を広げて首を横に振った。


薬屋の女はゆっくりと頷き、

瓶を棚へ戻す。


それを見たエルフは、

わずかに名残惜しそうな表情を浮かべた。


男は軽く頭を下げ、

踵を返そうとして――


ふと、

視界に、尖った耳が入る。


一瞬の迷いのあと、

男は右手を胸の高さまで上げた。


指を、二つに分ける。

言葉は、短く。


「……長寿と繁栄を」


その瞬間、

エルフの瞳が、大きく揺れた。


息を呑み、

ためらいながらも、

同じ仕草で手を上げる。


薬屋の女は、その姿を見て、

驚いたように目を見開き、

そっとエルフの腰を抱いた。


エルフは身を寄せ、

こぼれそうになる感情を、

必死に堪えている。


男は、それ以上何も言わず、

静かに店を後にした。


(……挨拶、間違えたかな)


外に出ると、

待っていた犬がすぐにこちらを見る。


男の足元に寄り添いながらも、

一瞬だけ、

開いた扉の奥へ視線を向けた。


男は小さく笑い、

犬の頭を撫でる。


気づけば、

日が傾き始めていた。

――――――――――――――――――――


車に戻る途中、男は犬に話しかけた。


「あれぇ?いつもは美人さんに目がないすえぞう君なのに、

今日はおとなしかったね」


犬はこちらを見て「知らんがな」と言わんばかりの顔をし、

また歩き続ける。


男は小さく息を吐き、立ち上がる。


「……まあ、いいか」


車へ戻り、エンジンをかける。

ルームミラー越しに、もう一度だけ町の方を見た。


男は、わずかな情報を得ただけで、来た道を引き返した。


(結局、この世界の通貨も見ないままで終わった……)

――――――――――――――――――――


男は犬と一緒に家へ戻った。

車を降りると、夕闇の冷たい空気が一気に肌を刺す。


「……あ、水。出ねぇんだった」


思い出したように呟き、バケツを掴んで小川へ向かう。

汲んだ水を鍋とやかんに分け、溶けかけの冷凍食品を温めた。

犬にも餌を用意し、無言のまま食事を済ませる。


「……眠い」


短く呟き、やかんの湯をバケツに注ぐ。

タオルで体を拭くと、熱さに小さく息が漏れた。


「風呂、入りてぇ……」


愚痴を零しつつも、さっさと体を拭き終える。


(寒い。もう無理だ。寝る)


「すえぞう君、頼む。一緒に寝てくれ」


犬は少し面倒そうな顔をしながら、ベッドに上がった。

寄り添うと、犬の体温がじんわりと伝わってくる。


「……すえぞう君、あったけぇ」


獣臭の混じる温もりが、

思いのほか安心感を与えてくれた。


今日一日、得られたものはほとんど無かった。


(なんで俺が、こんなとこに……家ごと)


天井を見つめ、思考を巡らせる。

だが結論は、どうしても一つに行き着いた。


(……やっぱ、あの子か)


犬の寝息が、静かに耳に届く。

その音に包まれながら、男は目を閉じた。


(……エルフさん、綺麗だったな)


一瞬だけ浮かんだ思考を、無理やり追い払う。


(違う。考えるべきは、あの子だ)


そう自分に言い聞かせ、

男は犬の温もりに身を預けたまま、眠りに落ちた。



――第四章② 終わり

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