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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第三章 見知らぬ風景

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第三章 見知らぬ風景


玄関へ向かい、

恐る恐る扉を開いた瞬間――


視界に広がった景色に、

男は言葉を失った。


そこには、

彼の知っている街の面影が、どこにもない。


「……ハァ?」


思わず、間の抜けた声が漏れる。


山の形も、

空の色も、

空気の匂いさえも違う。


理解するより先に、

「違う世界だ」と直感していた。


――――


吠え続けていた飼い犬は、

ようやく扉を開けた飼い主の姿を見て安堵したのか、

男の足元へ静かに歩み寄った。


そして、

体をそっと寄せ、

まるで「大丈夫だよ」と言うように、

見上げてくる。


男は戸惑いながらも犬の頭を撫でる。


その温もりと、

変わらない体温に触れて、

胸のざわつきが、ほんの少しだけ和らいだ。


犬はそのまま、

男の側に寄り添い続けていた。


――――


そして男は改めて、変わり果てた外の景色を見つめた。


空気の色も、光の質も、遠くの山並みも、

すべてが、いつもと違う。


「……ナニコレ……」


間を置いて、ぽつりと続ける。


「ひょっとして……異世界転移……ってやつか?」


言い終えた直後、

男は自分で自分の言葉に唖然とした。


(……何言ってんだ俺)


現実感のない状況に、

思考が追いついていないだけだと分かっている。


それでも、

この異常さを説明できる言葉が、

他に見つからなかった。


「……まさかとは思うけど、……ス……ステータス、オープン」


小声で、男は呟いた。


――だが、何も起こらない。

沈黙だけが返ってくる。


「……ですよね……」


男はごまかすように、足元の犬へと視線を落とした。


――――


外に出た男と飼い犬は、変わり果てた景色を見渡した。


ご近所の家々が、どこにも無い。


代わりに差し込む陽の光は、

見慣れた朝のそれよりも、どこか違って感じられた。


足元に目を落とすが、

地面の色も、見覚えはあるのに微妙に違う。


そんな中で、

家庭菜園のプランター群だけは元のままで、

男は思わず、ほっと息を吐いた。


男はスマホで時間を確認した。

まだ八時を少し過ぎたところだ。


太陽の位置に目をやるが、明らかにおかしい。

正午近くにしか見えない。


(時刻と、太陽の位置が合ってない)


そう考えながら、男は歩いて家の周囲を一周する。

ここが本当に「どこ」なのかを確かめるためだった。


北側には、以前と同じ様に小川が流れている。

その向こうの林や森の茂り方が違う。


西にある山も、高さや形が以前と大きく異なる。


鳥の鳴き声が耳に届く。


林や森の鳥たちが行き交い、

中には見慣れない、鮮やかな羽の鳥も混じっていた。


それらの動きが、

ここが現実であることだけは、否応なく突きつけてくる。


南にあった住宅街は影も形もなく、

代わりに丘が連なっており、その先は見えない。


東に、うっすらと街らしきものが見える。


一番近くにある建物が、南東800mほど先にあるログハウス。

その先には町らしき建物群がある。


(まずは人のいる場所だな)


男は再度、家や土地の境界線を確かめるように歩く。


どうやら家や庭ごと、

この世界に取り込まれたらしい。


見慣れた色と、見知らぬ色が混じる足元の土は、

家から離れるにつれて、

見慣れない土の割合が増していく。


(……どうなってんだ、こりゃ)


――――



突然、



――バッ、バッ、バッ――



空から、鋭い羽音のような振動が降ってきた。


男は反射的に顔を上げ、北の空を見上げる。



――ビシッ、ビリビリッ、バキバキッ――



振動は一気に強まり、

空気そのものが裂けるような衝撃が、

顔や肩を叩き抜ける。


次の瞬間、

西の空から飛来した“何か”が、

視界を横切った。


思わず腕で顔を庇う。


ほんの一瞬だけ捉えたその姿は、

形を認識する前に、

東の空へと抜けていった。


速すぎる。

速すぎて、何だったのか分からない。


残されたのは、

遅れて押し寄せる轟音と、

腹の奥に残る重い振動だけだった。


「……な、何だアレ……?」


言葉が、遅れて口から零れる。


戦闘機――


そんな単語が頭をよぎるが、

体が否定していた。


初めて体験する衝撃と風圧。

胸の奥が、理由もなく熱く高鳴る。


時間の流れさえ、

一瞬歪んだような感覚。


誰もいない空を見上げたまま、

男は立ち尽くす。


心臓が、まだ早鐘を打っていた。


(……にしても、音速出して低空飛ぶなよ)


思わず、心の中でぼやく。


そして小さく息を吐き、

男は短く呟いた。


「……よーわからん」


――――


飼い犬は音と衝撃に驚いた様子を見せながらも、

変わらず男の足元に寄り添っていた。


男はしゃがみ込み、

その頭をそっと撫でながら声をかける。


「ありがとな、すえぞう君」


名前を呼ばれた犬は、

男の落ち着きを感じ取ったのか、

少しだけ距離を取り、周囲を警戒するように視線を走らせた。


――――


それを見て、男は現実に引き戻される。


まずはガレージへ向かい、

停めてある車を確認した。


二台とも無事だ。

ガレージの横に置かれた部品取り車も、そのままだ。


だが同時に、

燃料のことが頭をよぎる。


(……いずれ、動かせなくなるかも)


わずかな安堵と、

確かな不安が胸に残った。


――――――――――――――――――――


家の中へ戻り、

一通り確認する。


照明は点かず、

家電も沈黙したまま。


ガスはプロパンのため、

当面は使えそうだが――

長くはもたないだろう。


冷蔵庫の中身を思い浮かべ、

男は小さく息を吐いた。


文明の恩恵が、

静かに、しかし確実に断たれている。


「……マズいな」


ぽつりと零したその言葉が、

やけに重く響いた。


――――


幸い、水は近くを流れる小川から確保できそうだ。


(……まずは、食い物だな)


持続的に手に入るものが必要だ。

果実か、木の実か――最悪、狩りも考えなきゃならない。


(あとは……金、と仕事)


そこまで考えて、男は小さく鼻で笑った。


(……正直、仕事……はしたくないけど)


男は視線を上げて、南東の建物群を見る。

距離はあるが、目標にするには十分だ。


まずは家の周囲を確認しよう。

食べられそうな植物がないか、土地の様子も見ておきたい。


気づけば、犬が車の前でじっと待っていた。

男はその様子に、ほんの少し口元を緩める。


――分かってるねぇ。


助手席を開けると、犬がちらりとこちらを見る。

まるで

「え? こっちで行くの?」

とでも言いたげな顔だ。


男は肩をすくめ、声をかけた。


「すえぞう君、ジムニー嫌いなのは知ってるけどさ。

 しゃーないやん」


犬は渋々といった様子で乗り込む。

男がドアを閉めようとすると、反射的にその顔を舐めた。


男は苦笑しながらステアリングを握る。

こうして、探索は静かに始まった。

――――――――――――――――――――


まずは小川の上流へ。

地面は意外と平坦で、硬めの土が続いている。


冷たい季節のせいか雑草は少ないが、

川沿いには短い草が点々と生えていた。


所々に、人か動物が通ったような踏み跡がある。


(……完全な未踏の地、ってわけじゃなさそうだな)


山の麓まで進み、車を降りて川を覗き込む。

時折、水面に小さな波紋が走った。


(魚は……いそうか)


食えるかどうかはさておき、当面の食料にはなりそうだ。


果実や木の実は見当たらなかったが、

周囲を一通り見て回り、男は大まかな地形を把握した。


そこから南へ車を走らせたが、似たような小川に遮られた。

(この川、下れば……あの一軒家か町の方かな)


来た道を引き返す。

――――――――――――――――――――


一旦自宅へ戻った男は、車を止めて深く息を吐いた。


(……生活、普通にヤバいな)


冷蔵庫、風呂、洗濯。

頭に浮かぶ問題は尽きないが、考えても答えは出ない。


男は気持ちを切り替え、再び町を目指した。


最初に見えたのは、年季の入ったログハウス。


煙突、井戸、畑、リヤカー。

生活の痕跡が、はっきりとそこにある。


(ゴムタイヤじゃない、木の車輪だ)


そして川。

家の脇を通り、町の方角へと流れている。

その横には、人が踏み固めた道らしき筋。


(……ここは、ちゃんと人が生きてる世界だ)


家主の姿は見えなかった。

男は車を走らせ、そのまま町へ向かった。



第三章 終わり


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