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見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第二章 小さな安らぎ

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第二章 小さな安らぎ


咄嗟の叫びと同時に、男はブレーキを踏み抜いた。

反射的にクラッチを切り、アクセルをあおってシフトダウン。

制動力を最大まで引き出そうとする。


――だが、間に合わなかった。


鈍く、重い衝撃。


人影――綾子の身体が宙を舞い、

夜の冷たいアスファルトへ叩きつけられる。


一瞬、時間が引き延ばされたように感じた。


男の胸が強く脈打つ。

頭が理解に追いつかない。


「……マジか……マジかマジか……!」


喉から漏れた声は、かすれていた。


男はトラックから飛び降り、

無我夢中で倒れた身体へ駆け寄る。


迷いはなかった。

考えるより先に、身体が動いていた。


肩に手を掛け、そっと抱き起こす。

力を入れすぎないよう、慎重に。


「大丈夫か……っ!?」


必死に呼びかけながら、

耳を寄せて呼吸を確かめる。


――微かだが、ある。


それだけで、胸の奥に張りつめていた何かが、

ほんの少しだけ緩んだ。


冷たい夜気の中で、

男はただ、その身体を支え続けていた。

――――――――――――――――――――


男は慌てず携帯を取り出し、

緊急通報ダイヤルに電話をかけた。


救急車と警察を手配する間も、

腕の中の綾子は意識が定まらない。


周囲では、

急ブレーキの音とクラクションが重なり、

道路は完全に塞がれていく。


ヘッドライトが次々と止まり、

人影が集まり始める。


ざわめき。

低い声。

遠くで誰かが怒鳴る声。


その最中――

綾子を抱き起こした瞬間、

彼女は小さく咳き込み、

口元から血を吐いた。


赤いしぶきが、男の服を汚す。

そして、その喧騒の底で。


きいん、と。


耳鳴りにも似た、

だがどこか心地の良い音が、

一瞬だけ、確かに響いた。

――――――――――――――――――――


男は一旦トラックへ戻り、

愛用の毛布を手にしてきて、綾子を包む。


震える身体をそっと抱き寄せると、

綾子は、かすかに目を開けた。


毛布から漂う、男の匂い。

それはどこか落ち着く、

安心できる匂い――


この世界で味わう、

綾子の、最後の小さな安らぎだった。

――――――――――――――――――――


やがて、

夜道の奥に赤色灯が滲むように浮かび上がった。


サイレンの音が近づくにつれ、

静まり返っていた国道に、人の声と足音が増えていく。


救急車とパトカーが到着し、

道路は一時的に封鎖された。


遠巻きに集まる人影。

スマートフォンを構える者、

小声で何かを囁き合う者。


男はその光景を、

どこか他人事のように眺めていた。


救急隊員たちは迷いなく動き、

意識のない綾子を担架に乗せる。


処置が施され、

そのまま救急車へと運ばれていった。


赤色灯が遠ざかるまで、

男はその場から動けなかった。


警察に促され、

ようやく事情を説明する。


いくつかの質問。

いくつかの確認。


疑いの目も向けられたが、

トラックのドライブレコーダー映像を確認すると、

警官の態度は少しだけ和らいだ。


直前までやや速度を出していたことで、

注意を受けはしたものの、

その場での現場検証は早く終わった。


再びトラックに戻る。

エンジンをかけ、

ハンドルを握る。


……なのに、

手応えが、どこか現実味を欠いている。


しばらくして、

ようやく帰路についた。


(……あの子、大丈夫かなぁ……)


頭の中は、その言葉で埋め尽くされる。


お気に入りの番組が流れているはずなのに、

ラジコの音声は、

まったく耳に入ってこなかった。

――――――――――――――――――――


約2時間後、トラックを降り、


会社で待っていた上司に軽く報告をし、

後の対応を任せる事にして自宅へと帰る。


夜も更け、かすかな朝の気配の中、男は自宅に帰り着いた。


夕食を簡単に済ませ、飼い犬に餌をやり、

洗濯も風呂も後回しにしてベッドに倒れ込む。


(あの子はどうなったかなぁ、回復してると良いけど……)


男はそう考えるばかりで中々寝付けない。


しかし全身を覆う疲労のお陰で、意識は徐々に薄れていった。

――――――――――――――――――――


その頃、病院のICUでは、

救命措置が続けられていた。


機械の無機質な音、

忙しく動く医療スタッフの気配――


すべて綾子には届かず、

僅かに残る意識も徐々に薄れていく。


身体を包んでいた毛布の温もりと、

微かに落ち着く匂い――


その最後の小さな安らぎも薄れていった。


そして――


その瞬間、世界の輪郭がかすかに揺らいだように感じた 。

――――――――――――――――――――


一方、静まり返っていた男の家では、

飼い犬だけが落ち着かず、時折、思い出したように吠える。


男は夢うつつのまま、

「う~るせぇなぁ……」と呟くが、

疲れている男は、

またそのまま眠ってしまった。

――――――――――――――――――――


数時間後、男は重いまぶたを開け、

目を覚ました。


時計は8時過ぎを指している。

家の照明をつけようとするが点かない。


(あれ?ブレーカー落ちたか?)


男は無言のまま、

窓へと視線を向けた。


いつもより、

光が――白すぎる。


カーテン越しに差し込むそれは、

朝の光にしては、どこか均一で、

温度を感じなかった。


男は、

何も考えないようにして、

玄関へ向かう。


ただ外の空気を吸えば、

きっと――


そう思いながら、

男は、ゆっくりとドアノブに手をかけた。


第二章 終わり


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