表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見知らぬ世界で、ほんの少しの幸せを  作者: すえゴハン
第十章 街へと続く道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/12

第十章 街へと続く道


森を抜け、二人は踏み固められた街道に足を踏み出した。


正面に広がるのは、塔がそびえる大きな港湾都市。

遠くまで見渡す屋根の列に、街の活気がちらりと覗く。


足元の里は点在し、街に近づくほど家が増えていく。


左手には低い丘と小川が続き、その周囲には畑が整然と並んでいた。


右手を見ると、平野の先に山が始まり、

さらに進むと雪を頂いた峰が静かに街を見守っている。


男――唯一残った男が指をさしながら、


「あれがカラムの街です、……白く見える山が、ブレス山ですね」

「あの塔が街のシンボルで、灯台にもなってますよ」


「……わぁ」


私――綾子は大きく息を吸って、深呼吸した。


「……街が、近い……」

(……今の私にこんな景色を見る余裕があったんだ)


開けた場所に出てから、

空から響いていた低い轟音は、いつの間にかさらに遠ざかっていた。

男が、ふと空を仰ぐ。


「……あの小さい影、白銀様ですね。ちゃんと、俺たちを見てるみたいです」


私も上を見上げて目を凝らしてみる。

青空の彼方に、かすかな点が揺れていた。


(……ありがとうございます)


胸の奥で、そっとそう呟いた。

――――――――――――――――――――


街道を歩き始めた二人。

足元の砂利を踏みしめる音に、私の肩の力が少しだけ抜ける。


男が横顔をちらりと見て、くすりと笑った。


「落ち着きましたか?」


私はは小さく頷いた。


「ええ……でも、まだちょっと、緊張してる」


「無理もありません。街道は人も多いですが、

皆善人ってわけじゃありませんから、用心だけはして下さい」


男はそう言って顔を私に向ける。

私はわずかに眉をひそめて、嫌み交じりに返した。


「そうね、良く知ってるわ」


「疲れてませんか?…休憩、入れましょうか」


気を利かせた男が話題を変える。

私は小さくうなずいた。


(……でも不思議と疲れてない)


男が水袋を差し出す。

私はそれを受け取り、一口含み、上を向いて少し考えた。


「白銀様が水袋を膨らませたの、あれは何?」


「多分、魔法だと思いますが、実際のところは分かりません」


男は軽く肩をすくめる。


「魔法?」


私は、思わず身を乗り出して聞き返した。


「この世界には、空気や石ころ一つにも力が混じっていて、

生き物はそれを体に取り込むことで、色々なことができるそうです」


男はゆっくりと説明する。


「あなたも出来るの?」


私が問いかけると、男は少し微笑む。


「俺は、少しだけ体を頑丈にできて、力持ちになる程度です」


「私の昨日のあれも、そうだと思う?」


「一発であれですからね。とんでもない事だと思います」


私が水袋を返すと、男は手慣れた手つきで、腰に付け直した。

男は解説を続ける。


「他にも、火や水を出したり、

風を起こしたりできる人もいます。

普通の人じゃ到底無理で、凄い人は国に召し抱えられるほどです」


「呪文とか唱えるの?」


私は思わず聞き返した。


「いや、違います。踏ん張る感じですかね。

目を瞑って踏ん張る人もいるようです」


私の口から小さなため息が出た。


「……だからあんなことができたんだ…」

(疲れてないのも同じなんだろうな……)


男は、微かに目を細めて頷く。


私は頷き返すしかなかった。

――――――――――――――――――――


休憩を終え、二人は再び街道を歩き始めた。


「野犬や獣の類は、空の旦那のおかげで出てこないと思います」


男は、足元を見ながらゆっくりと告げる。


「冬ですし、大きな虫も出てきません」


私は驚きを隠せずに、聞き返した。


「大きな虫…?」

(嫌な予感がする…)


男は苦笑いしつつ、話を続ける。


「さっきも言いましたが、誰が悪人か分かりませんから、

身を守ることだけ考えてください。出来る限り、俺が助けます」


私は小さく頷きつつも、ふと疑問が湧いた。


「ねぇ、どうしてあなたたちは、あんなゴロツキみたいな真似を?」


男は少し肩を落とし、視線を前に向ける。


「それは、盗みの濡れ衣で刑に服したからです。

出られても、ちゃんとした仕事に就くのは難しかったんです」


彼の言葉に、私は唾をごくりと飲んだ。


「まだ衛兵を見ると、体が…」


過去に散々殴られた記憶が甦るのだろう。

男の表情がわずかに強張る。


「あの二人は服役中に知り合ったのですが、また指名手配されてましてね。

だから白銀様に服と靴を持って来いと言われて…もうどうしようかと」


「……そうだったのね」


私は、犯罪は許せないと思いつつ、彼の境遇にも同情を覚えた。


(ここは日本じゃない……)


「大変だったのね…」


男は小さく息を吐き、足を止めて視線を逸らす。


「……あっしのことは、マルキーと呼んでください」


私は、少し意地悪に返してみた。


「じゃあ、マルさんね…マルちゃんかしら」


「よ、よしてくださいよ…」


マルキーは頬を赤らめ、照れくさそうに俯く。


「私は綾子よ、姐さんじゃなくて、綾子でいいわ」


「と、とんでもないです。白銀様に叱られます」


そう言って、マルキーは困ったように笑った。

その笑みはどこか力がなく、街道の先を見つめる目は落ち着かなかった。


「白銀様が俺を消さなかったのは、……利用するためだったんでしょう」


独り言のような呟きに、私の足取りが緩む。


「……そう思うほど、怖かったのね」


マルキーが話を続ける。


「逆らえば終わりですし、使えなくなったら切られる。

どうせ俺みたいなのは、使い捨てなんでしょうね」


自嘲気味な声音に、私は思わず唇を噛む。


「……もしもの時は」


マルキーは振り返らずに言った。


「俺のことは置いて、逃げてください」



少しの沈黙。

街道を踏みしめる足音だけが続く。



私は、静かに首を横に振った。


「私があなたを必要としている限り、白銀様も簡単には切らないと思うわ」


マルキーは意外そうに目を瞬かせる。


「……そうですかねぇ」


「ええ、もしもの時は、助けてくれるかも」


私は、男を元気づけようと、続けた。


「でも、調子に乗りすぎたら――白銀様に叱られるわよ」


その言葉に、マルキーは苦笑いを浮かべた。

――――――――――――――――――――


街道を歩く足取りは、森の中よりもゆったりとしていた。

丘をひとつ越えるたびに、見える景色が少しずつ変わる。


畑の向こうに水路が見え、家々の屋根が連なり、揺れる木々が風にそよぐ。

街が近づくにつれ、私の心に期待と少しの緊張が混ざった感情が広がった。


「この辺りまで来れば、街の衛兵が見回りをしてますんで、安心です」


マルキーは足元を見ながら、ゆっくりと告げる。


私は、心の中で男の振る舞いを思い返した。

そうしてるうちに、自然と口元が緩んでいた。


(マルさん……本当に、ここまで支えてくれて、ありがとう)


二人の呼吸は、いつの間にか無意識のうちに揃っていた。


やがて街の門が近づく。

活気ある声や馬車の音、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


私は一度立ち止まり、大きく深呼吸した。


(……世界が、変わった……)


そして、ふと思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ。これ渡しておくわ」


私はドラゴンの宝石三つを慎重に取り出し、マルキーの手に渡した。


「い、いいんですか?

これ……普通の宝石じゃないですよね……?」


マルキーは驚き、目が大きく見開かれた。


「ええ、白銀様が仰ってたわ。

一つは身に付けて。残りは保険に。

あと……お金も必要でしょ?」


マルキーの顔を見ながら、話を続ける。


「街に着いたら、身なりを整えましょ。

……あなた、汚いし臭いわ。人のこと言えないけど」


「あと、美味しい物も、たくさん食べたい」


「はい、わかりました。あとは宿ですね」


マルキーは小さく頷く。


「……あー、お風呂入りたい」


私は小さく笑った。


ふと上空を見ると、ドラゴンの影はもうなかった。

しかしその言葉だけが、静かに耳に届く。


「我はまだ行く所がある」


「おい、貴様……大義であったな」


ドラゴンの穏やかな声が続く。

マルキーを褒める言葉に、彼は思わず目を潤ませた。


「も、勿体ないお言葉で……ありがとうございます」


マルキーは言葉を返しながらも、胸の奥で少し誇らしい気持ちが芽生えた。



少しの静けさが流れる。


「……綾子よ」


その呼びかけに、私は思わず顔を上げた。


「健やかにな」


短い言葉。

けれど、不思議と胸の奥にすっと染みていく。


「……ありがとうございます。白銀様も、お元気で」


言葉を返しながら、胸が少しだけ熱くなる。


「……また、お会いできますか?」


ほんの少しの間。


「またいつか、だ」


穏やかな声が、風に溶ける。


「精進せよ」


別れの言葉と共に、ドラゴンはゆっくりと飛び去っていく。

消えていく轟音に、綾子は僅かな寂しさを覚える。


寂しさを胸に抱えつつも、綾子は小さく息を整え、

足元の砂利を踏みしめて前へ進む。


街の門をくぐり抜け、カラムの街に二人の小さな足跡が刻まれる――。


第十章終わり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ