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後編

告発から四日後の今、わたくしは謁見の広間で跪いています。

広間中央から少し下がった位置に、わたくしと同様に縄を打たれた父と母、幾人か貴族が跪かされて、騎士に威圧されています。左右に分かれた重臣の方々は何事かと囁きを交わしています。


宰相閣下から罪状と処分が発表されると広間がどよめきましたが、減刑を願い出る者はいません。罪人たちは非難と侮蔑の視線に晒されながら広間から連れ出されていきますが、わたくしは残されました。


「さて、其方の処分であるが、逆賊の一族郎党は連座での処刑が常だ。しかしながら今回、其方の忠義ある告発によって最悪は未然に防がれた。誠に大儀である。よって減刑し王都追放としよう。なにかあれば申してみよ」

「厚きご温情を賜り恐縮至極にございます。これからは修道院へ入り民へ尽くすことで罪を贖いたく存じます。どうか、王都から最も遠い北方開拓地区へ送致してくださいませ」

「ふむ、其方の能力はいささか惜しくはあるがな。よい。宰相、よきに計らえ」


北方開拓地区に送られることが決まりました。

やった! わたくしはやってやりました!

やり直す前の生でわたくしを苦しめた者どもと断絶したのです。あぁうれしい!

でもここからです、開拓地区で今度こそ!

あ、馬車にはクッションを忘れずに持ちませんとね。


***


「乗り心地がよいですね、うれしいこと」

わたくしは北方開拓地区へ向かう馬車の中にいます。

今回の旅路は身支度をさせてもらえたし、馬車の質もよいので格段に助かっています。お尻が割れそうなあの痛みがないのです。護衛兵士も丁寧に接してくれるし宿もベッドで寝られました。


修道女に申し送りをした護衛兵士は「では、どうかご健勝で」と敬礼をして馬車で帰っていきました。そうよこれが普通よねと思ってしまいました。


まだ住人は疎らです。皆さん、子供のわたくしを気の毒そうに見てきます。

でも大丈夫。何しろ一度、みっちりやってますから、ここのことは色々わかっていますよ。

親友二人がいないのはさみしいですが、共にあった日々の学びはわたくしの中に確かにあるのです。わたくしの中の二人が今も支えてくれている、もう感謝するばかりです。

これからも力を合わせてここを良くしていきましょう。

二人が親指を立ててニヤッと笑ったように思えました。


川の土手、山手の土砂崩れ、前回の被災場所を避けて村の形を計画していきます。

水捌けを重視しての水路や畑の位置取りを提案したり、崩れやすい場所に土を支えるように根を伸ばす植物を植えたり、獣除けの柵を設ける場所を決めたりと、住人が少ないことも話が早くてよかったようです。


年月を経る中で住人が増え、徐々に健全な開拓地区として知られるようになりました。

篤志家からの援助もいただきながら、ゆっくりとした歩みではあれど、着実、堅実にこの地は変わっていきました。


わたくしも大人になり、縁あって夫を得て子にも恵まれました。


***


ここに来た当初からあの嵐を想定した備えをしてきました。

十日前から、畑の野菜や果樹も多少早めであっても収穫して、避難所の食糧庫に貯蔵しています。

皆には嵐が来ることへの備えを何度も語り聞かせてきましたが、遠くの空、晴れた昼間なのに夜を運んできたようにもくもくと広がる黒い雷雲と稲光を見て、これまで半信半疑でいた住人たちも理解したようでした。

恐れていたその時がやってきたのです。


訓練でやったように住人は避難所へ集まり、備蓄の食料を分け合い、助け合って嵐が過ぎ去るのを待ちます。


轟々という風の音、壁や屋根に打ち付ける激しい雨、空気を切り裂いて地を揺るがす落雷。

嫌、怖い、もう止めて許して、気持ちが竦みあがってしまいます。

今、それは皆、同じなのです。それでも皆、不安や焦燥、苛立ちに呑み込まれることなく、冷静にじっと耐えて待っています。

子を抱きしめ、夫と体を寄せ合い、顔を合わせて、気持ちを一つにして。


三日後、嵐は去りました。


いくつかの家が倒壊して、果樹が倒れたり、野菜が駄目になったりしたけれど、住人たちは軽傷程度です。復興に動ける人たちがいます。


よかった。

ありがとう、わたくし、やったわ、がんばったのよ。

あの時、泣けなかった涙がとまりません。今だけ許して。

心の中の親友二人にお礼の祈りを捧げました。


***


わたくしも年を取りました。

夫はすでに亡く、子たちも立派に育ち、可愛らしい孫も見ることができました。生きる力に溢れた小さな命のなんと健気で可愛らしいこと。


もう思い残すこともなく、わたくしは終わりを待っています。

こんなに穏やかな気持ちで終わりを迎えられるなんて。

やり直す機会をもらったことに感謝いたします。


「もう休むわ、ありがとう」

看取りに集まってくれた皆にお礼を言って、わたくしはまぶたを閉じました。


暗くなった視界、耳が詰まるような感覚がしばらく続いた後、急に明るくなったので、何事かとわたくしは驚きました。

またやり直すの? と、思ったのですが違いました。

わたくしはなぜか、穏やかな白い光に満ちた場所に立っていました。

わたくしの体も光をまとったようで形がはっきりとしませんが、若い頃に戻っているようです。


すぐ傍に誰か立っていました。

女性のようですが人を超越した何者か。なんだか畏怖を感じて跪いてしまいたくなりました。

その方は微笑んで「大変、苦労されましたね」と、わたくしを労ってくださいました。


「ここはどこか、ご存知でしょうか?」と、訊ねると

「ここは、あなたのいた地上ではありません。あなたが生きていた世界と繋がってはいますが、生きたままでは来られない場所です」と、教えてくださいました。


「わたくしは死んだと思ったのですが」

「あなたの肉体は寿命を終えましたが、あなたの本質は今ここに在ります」

「わたくしは終わっていない、ということですか」

「はい。ヒトは創造主様の中で永遠です。私たちはあなたのように肉体を離れたばかりのヒトを導く役割と、適宜に地上を調整する役割を持っています」


「わたくしはこれからどうなるのでしょう?」

「あなたは特別な状況の中にあって妬まず、貶さず、盗まず、憐憫に溺れず、感謝し、心を柔軟に保ち、あなた自身を大切にして、多くのヒトを助けました」


「わたくしはどうしようもなく酷い人間で、やり直しの機会をいただいたので少しでも償いたくて」

「私はあなたをずっと見てきました。やり直してからのあなたは立派でしたよ」


***


「あなたのこれからですが、選択肢がいくつかあります。

 一つは、地上で新たな肉体に転生して生きていくこと。

 今のあなたではなく新しい別人格で生まれることになります。

 一つは、私のように導く者としてここで活動すること。

 これは素晴らしく生きたあなたへの特別な褒美です。私に次ぐ階梯となるでしょう。かなり上位なのですよ」


「階梯? 上位? ご、ごめんなさい、お話を遮ってしまいました」

ここにも階級構造があると聞いて驚き、同時にすっと醒めていく心地がしました。上下、格差は支配と搾取につながる仕組みなのですから。


「階梯とは、どんなものでしょう?」

「地上での行いやここでの働きで決まる序列といえばいいでしょうか。創造主様の活力となれば階梯が上がりますね。私があなたにやり直しの機会を与え、あなたが成果を上げたことで、この度私も階梯が上がったのです。皆に賞賛されて誇らしかったですねぇ」

「あれはあなた様が与えてくださったのですね。感謝を申し上げます」


***


「私たちは時々、地上に調整を加えますが、なにをするかは担当次第です。自然の流れに強弱の変化を与えたり、奇跡を起こしてみたり、時には恋人たちに悲劇の訪れを誘ってみたり、悪徳を育て討ち取らせて・・・・・・」


お話はまだ続いていますが、わたくしは愕然として理解が追いつきません。

地上への調整とやらでわたくしたちがどれほど右往左往することか。それがすべて創造主様の活力とやらのため?

仄暗いもやもやとした気持ちが沸き上がってきます。


「おや、驚きましたか? 例えるなら戯曲のようなものでしょうか。喜劇もあれば悲しい破滅や裏切りの物語も、それはそれはたくさん作られますよね? ヒトはそれを大層好むでしょう? わざわざ作られた酷いお話も。そのような出来事をこの地上だけでなく、他の星々、銀河、銀河集団の遍くところで私たちは起こします。創造主様のために」


「そ、創造主様が、そのように望まれて、御命じになるのですか?」

「いえいえ、創造主様は御身の内を感得して在られるのみです。そこで私たちが働くのです。私たちは為すべきことを自ずから知っています。ヒトも楽しみを尊ぶでしょう? 土地の姿を変えて庭園を設え、見目の良い花木を植えて雑草は抜き、枯れ葉を捨てる。主の目を喜ばせるため只管に下僕は尽くすのです」


楽しみを得るために力を使うというのは胸落ちします。ただ、揮われる力の強大さと行使がどれほどの範囲なのか、わたくしには想像もできません。

それを容易く為しえる存在?

震えが止まりません。そのような存在にわたくしが成れる?


「あなたの話に戻りますが、希望はありますか? あなたなら望むがままですよ」

わたくしは気持ちは重く冷え切っていましたが、なんとか取り繕って言葉を絞り出します。

「色々と教えていただきありがとうございました。少し、考えを整理してからご返事したいのですが、よろしいでしょうか?」

「かまいませんよ。他を見回ってきますので用意ができたら教えてください。そう考えるだけで伝わりますからね」

その方はそう告げて消えました。


 頂点に創造主様がおわして、その取り巻きに人を超えたあの方たちがいて。

 創造主様の活力のためにあの方たちは尽くしておられるのね。

 創造主様のお楽しみやあの方たちの階梯のために人の世は好き勝手にされる。

 誰ぞの楽しみのために生まれ変わって死ねと、転生を繰り返せというの?

 生きる意味がそれ? 皆と必死に生きたわたくしのあの日々が?

 世界がこんなにも理不尽で不条理な苦しみや悲嘆に溢れている理由が!

 そんな力と立場をわたくしが得られるなんて。


あああぁ、わたくし、狂ってしまいそう。


***


「わたくし、決めました」

そう言葉にするとすぐにあの方が現れました。


「そうですか。どうしますか?」

「はい。一つ望みますがその前に、ここで心残りに気付きましたので先に地上へ手紙を届けたいのです。こちら、もう書き終えています」

「よいでしょう。では、これをあなたの家族へ送ります。届きましたよ」


「ありがとうございます。わたくしの望みでしたね。今の手紙にも書いたのですが、わたくしは、二度と生まれ変わらず、ここでのお勤めもせず、ただ終わることを望みます」


「?はて、なにもせずに在りたいということですか? そのようなこと」

「いいえ。創造主様の内なる永遠から消え去ることが願いです」

「っ!‥‥‥、そんな。いや、可能なのか? 考えたことがない。分からない、私には。あああぁ、分からないぃ」


「さようなら。創造主様の内にはわたくし、もう戻りません」


本作、これにて終幕です。

読んでいただきありがとうございました。

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