第88話『経営大成功』
あれから一か月経った。俺は最低限の特別指定の仕事だけをこなして、ほとんどの時間をレビアの店の手伝いのために使っていた。
ジンクたちは自分たちの店があるから帰ってしまったが、アルバイトとして、レビアの手足になって懸命に働いた。
好きなことをして生きていくことを信条にしている俺が、地道に働くなど、全ては愛のためであり、愛に帰結するのだ。
レビアはもっと自分のやりたいことやってもいいんだよと言ってくれたが、お前が笑顔で居られるように俺はできるだけ店を手伝うよと気障な科白を吐いたら、愛情たっぷり込めてぎゅっと抱きしめられてしまった。
こんなの男としてやるしかないだろう。推しのためならオタクはどんな辛いことでも頑張れるのだ。ガチ恋していて、彼女ならなおさらだ。
そして、ジンクが言った通り、ある程度店が普通の道具屋として信用され始めてから【ポーションクッキー】を出せ、信用がないうちから斬新なことをしても無視されるだけだ。そこを履き違えるなよとの教え通り、この一か月は安くて高品質なポーションを出し、今まで通り貴族の客を相手にすることで、前以上の稼ぎは得ていたし客も増えた。
だが、大繁盛とまではいかない。
しかし、この一か月である程度の冒険者や怪我人や病人の村人には信用されてきた。
ここでそろそろ行こうかとレビアと話していたのだ。
そう本日より【レビア道具店】は新商品を売り出すのだ。そのプレゼンテーションとして母のコネで村人を店の前まで集めて貰った。これもジンクの戦略である。本当にあいつは天才過ぎる。世界一と呼ばれるのも納得だ。
そして、レビアは俺と並び、村のみんなに挨拶した。
「すみません。みなさん。本日はお忙しいなか当店までお集まりくださりありがとうございます」
レビアはプレゼンを続けた。
「本日みなさんにお集まりいただいたのは他でもありません。当店の新商品を紹介させていただき、無料で試食していただくためです!」
村人は驚いた。
「へぇ。新商品って、食べ物なのか!」
「でも錬金術師が作ったんだから、きっとただの食べ物じゃないのよ!」
皆が盛り上がるなか、レビアは咳払いをして、すぐに次の話しに移行した。
「みなさんのおっしゃるとおり、新商品はお菓子となっております。それでは前置きはこのくらいにして、みなさんにお見せしましょう!」
そのあと小声で「ルシフ」と呼ばれたので、レビアが開発した【収納リュック】から、菓子袋を取り出して彼女に渡した。
そして、レビアはその菓子袋をみんなに見せて、一枚のクッキーを取り出した。
「これこそわたしが開発した新商品。その名も【ポーションクッキー】でございます!」
緑の抹茶色のクッキーを見て、村人は爆笑した。
「ぎゃっはっはっは。そりゃただの抹茶クッキーじゃねぇか!」
「ふふふ。確かに美味しいかもしれないけど。流石にそれで新商品って言われてもねぇ」
俺は内心こいつら全員に【ダークネスブレイカー】をぶちかましてやりほど激怒した。
しかし、レビアは余裕の笑みを崩さず一本のナイフを取り出した。
「みなさん。これはただの抹茶クッキーではございません。それを今証明して見せましょう! えい!」
レビアはなんと、そのナイフで自分の腕を刺したのだ。村人から悲鳴があがる。しかし、レビアは一ミリも笑みを崩さずに、手に持っていた抹茶クッキーを口内に放り込み、咀嚼して、飲み込んだ。
その瞬間、レビアはナイフを取り出すと、腕はなんと治っていた。それに村人は驚いているようだった。
「す、すげぇ。まるでポーションじゃねぇか!」
「あんなに深い腕の傷を治すなんて、凄い効果だわ!」
「あの引きこもりのレビアがこんな根性見せるなんてやるじゃねぇか!」
そして、レビアは営業スマイルを崩さないまま、プレゼンを進めた。
「驚かせてしまってすみません。しかし、このポーションクッキーは腕の傷はもちろんのこと、体力や魔力や気力も回復します。エリクサーと同じ効能を安価な素材を使用することで皆さんがお求めやすい価格まで下げることが可能となりました。なんとその値段は……」
俺はすぐにレビアにポスターを渡すと、レビアはそれを受け取り広げた。そこには絵美の描いたカッコいい戦士が笑顔でクッキーを食べるというコンプライアンスにも配慮されたイラストが使用されていた。今時イラストに対して性的だとか文句つける厄介な奴がたくさんいるからな。絵美はその辺をきちんと配慮している。流石はプロである。そして、その中央に値段が書かれていた。
「銅貨八枚です! 本日はその試食品を村の皆さんにおくばりします。是非ご飲食ください。身体の疲れが吹き飛びますよ!」
まるで翼が生えるエナドリみたいな言い方だが、比喩でもなんでもなくその通りだ。俺の世界のエナドリは血糖値を高めて疲れが取れたように見せかけていただけだが、この世界の【ポーション】や【気力回復ポーション】は本当に体力や気力を回復するのだ。
つまり安価な素材でその効能を最大限発揮し【コピー】の魔法で大量生産。これにより銅貨八枚で提供できるというわけだ。
もうジンクとルイナには頭が下がりっぱなしだ。
俺や家の使用人たちはレビアの指示通りに列を作らせて【ポーションクッキー】を村人全員に配った。
すると、村人は驚きを隠せない表情を見せた。
「凄い! これが【ポーションクッキー】か! 確かに疲れが吹っ飛ぶぜ!」
「しかも味も凄く食べやすくて美味しいわ。こんなのぼりぼり食べちゃうでしょ!」
「やばいのう。これは年寄りでも今夜はハッスルできそうじゃわい!」
まさに大絶賛されていた。みんなが食べてくれたことをレビアは本当に嬉しそうに見守ると、プレゼンを締めくくった。
「これが当店自慢の【ポーションクッキー】です。ご堪能いただけましたでしょうか? そして、このあとすぐにこのクッキーを本日だけ赤字覚悟の大決死で半額の銅貨四枚で提供されていただきます」
村人は半額ってマジかよと大興奮していた。よりこれもジンクの戦略通りだ。初日はリピーターを増やすべく、半額提供。そこから通常価格に持って行き、定期的に店の割引券などを出す。店で購入したら福引券を配り、そこに一等で高級アイテムが当たるようにして、さらに購買意欲を促すという戦略まで練られている。
もう現代社会でも大手コンビニの経営者ばりの手腕だ。やはりジンクに頼って正解だった。
そして、レビアはプレゼンの終わりを告げた。
「それでは、これにてプレゼンテーションを終了とさせていただきます。【ポーションクッキー】はこのあとすぐに販売致しますので、是非ともお買い上げください。それでは本日はお時間をくださり誠にありがとうございました!」
レビアが台座から降りるとわぁっと客が殺到した。
「列をお作りください。本日はおひとり様三つまでとさせていただきます!」
なんとベルゼナも手伝ってくれているのだ。せっかくの休みなのに、なんだかんだレビアのこと大好きだよな。こいつも。
俺も執事服。舞花だけじゃなく、ベルゼナや絵美もメイド服を着ている。レビアは店主の新たな赤基調の素朴さと高級感を出したミニスカートドレスへと着替えている。
ちなみに母さんは領主の男装だ。母さんほど男装の似合う女性はいないだろう。
ただ父さんだけやレビアの父さんだけは執事服はあまり似合っていない。優男のオタクが無理して執事服着ているみたいで少し笑えてくる。
そのみんなが接客を行ない【ポーションクッキー】はあっという間に完売した。
そして、定時になり店を閉めて、みんなで会食を行なっていた。
父さんも絵美もベルゼナもいつも以上にはしゃいでいる。
俺は彼らを残して、店のテラスでひとり葡萄ジュースをちびちび飲んで、黄昏てるレビアに語りかけた。
「大成功だったな。レビア!」
俺が語りかけるとレビアは嬉しそうに俺に抱き着いて「うん」と笑っていた。
彼女の頭を撫でながら、なんと声をかけた物かとコミュ障ぶりを発揮していたが、なんとか声を絞り出した。
「その、良かったな。報われて」
俺がその言葉を出すとレビアは嬉しそうな顔から一転して涙を浮かべて泣きだした。
「うん……! うん……! これもルシフのおかげだよ! ありがとう!」
そう言ってレビアは口づけしてきた。俺も驚いたがそれを拒まずに引き受けた。
しばらく甘い時間が流れたあと、唇を離すと、レビアはこう言ってきた。
「ルシフ! わたし、今回のことで分かったよ。ひとりぼっちじゃ、世界一の錬金術師になれないんだって! 大切な仕事仲間や友達や家族がいるから成し遂げることができるんだなって実感したよ!」
その言葉を聞いて俺も泣きそうになった。あの引きこもりだったレビアがよくぞここまで立派になったものだ。
俺は気持ちを抑えきれずぎゅっとレビアを抱きしめた。
「レビア。俺お前を守るから。どんなことがあっても、俺がお前を守るから!」
レビアは俺の背中をとんとんと叩いてくれた。
「うん。ありがとう。わたしもルシフのこといつだって助けるからね。またダンジョン子y略とかだって手伝うから!」
「ああ。ありがとう。レビア!」
俺たちは身体を離すと互いを見つめて笑いあった。
そんな時、この幸せをぶち壊す不穏な情報が通りがかりの冒険者たちの会話から聞こえてきた。
「あの勇者ミカリスが堕天して魔王になったらしいぜ! なんでも仲間が魔人王サタナスに皆殺しにされて堕ちちまったらしい!」
「マジかよ。新たな世界の敵の出現か。こりゃあいよいよ異世界人を頼るしかなくなってきたな!」
俺はすぐにレビアから身体を離し、冒険者カードで、ギルドの情報開示欄を見つめた。そこには確かに『新たな脅威。魔王ミカリス誕生。魔王を倒すため異世界の勇者を集う』と書かれていた。
「と、とんでもないことになったな……」
俺は破滅フラグを初手からぶっ壊したせいで、新たな世界の敵が誕生したことに罪悪感と同時にこれも女神の思惑かと、世界を統べる女神への反逆心が生まれたのであった。




