第85話『錬金術師の苦悩』
俺はレビアの彼氏としての責任を果たすために、レビアの店を手伝っている。いや。彼氏じゃあ、そこまでする義理はないと思う。
今時、夫婦ですら共働きで互いの仕事に干渉しない世の中だ。
でも俺は将来レビアと結婚すると決めているので、やはり未来の夫としていいところ見せてやりたい。
そうやって彼女や妻の前で恰好つけたがるのが、男の馬鹿なところなんだよな。
理解していても、やっぱり格好つけたくなる。それが男の性なのだから仕方ない。
なんて今まで恋人すらできたことないオタクの癖に、そんなことを抜かしても説得力なんてないのだが。
とは言っても、店はそこまで繁盛していなかった。いや利益率だけで言えば儲かっている。つまり金持ちにだけ売れる店と言った感じだ。
売れ筋の【レア・エリクサー】ですら金貨五枚もするのだ。そうしろと国から指令が来ているのだから仕方がない。
よって金持ち冒険者や他所の街の貴族しか買わないという有様になっている。
儲かっているのならそれでいいのではないかと思うのだが、ウチの店の店主はそう思っていないらしい。
そして、今日も憂鬱そうにぼやいている。
「ああ……。今日もお客さん。来ないな……」
こんな風に今日も嘆いてらっしゃるのだ。俺はいつものように彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。絶対に村一番の人気店になるって、俺が保障してやるよ!」
レビアはちょっと泣きそうな表情で俺の手を握り返した。
「……うん。そうだといいね……」
この調子なのだ。せっかく夢を叶えたのにちっとも楽しそうにしてないのだ。こんなのあんまりだろうと思う。
夢を叶えた途端、村では一番儲かっているのに、肝心の客が滅多に来ないのだから。
これは彼女の望む物ではない気がする。レビアは誰かの役に立ちたくて、錬金術師を目指したのだ。
なのに、道具屋まで開いたのに、誰の役にも立てた実感がない。
これは彼女のメンタルを蝕むのに十分過ぎる理由だ。
かつて絵美も同じことで悩んでいた。夢を叶えても自分の好きなことを好きなようにできるわけじゃないんだねって悲しんでいたのだ。
どの世界でもその道を極めるということはそういうことなのかもしれない。
夢は叶えたあとより、追いかけている最中が一番楽しいとネットで誰かが言っていたような気がする。
とにかくこの状態は良くない。近いうちにレビアは壊れて、メンタルが崩壊しそうな気がする。それはつまり闇堕ちを意味するわけだ。
俺の目的は自分だけじゃなくて、自分以外の身近な大切な人を闇堕ちさせないことも含まれている。
だからこのまま彼女のメンタルを不安定にさせてやりたくない。そう言えば今日があの客たちが来る日だったことを思い出す。
そういうわけで、俺はレビアにひとつの提案を述べた。
「なあ? レビア? 母さんと絵美に客が来るようになる秘訣を聞いてみないか? 母さんはギルドマスターや領主という、ある意味で国家民間も問わずに商売をしているし、絵美だってレビアと同じような気持ちで悩んでいたんだ? だから明日ふたりに話しを聞いて貰わないか? あと意外な客が来るかもしれないぞ?」
俺の提案にレビアに頷いた。
「うん。そうだね。そうしてみるよ」
「ああ。きっと力になってくれるさ!」
「そうだといいね……」
またしても自信なさげに落ち込む彼女を見て可哀そうと思うと同時に、現実の厳しさって本当に理不尽だなって改めて思い知った。
だからこそ俺ははっきりと言ってやった。
「俺が保障する! 絶対になんとかしてやるから! だって俺はレビアの彼氏だからな!」
そう強く言い放ち、俺はにこりと笑った。すると、レビアは今まで我慢していた不満が爆発したのか、俺に抱き着き、泣き始めた。
「うん。うん。ありがとうね……。ルシフ……。ううぅ、うわああああああああああん!」
俺は強く、強く、レビアを抱きしめた。惚れた女のため、いや世界一ガチ恋している推しのためだ。
俺は死んでも彼女の願いを叶えてやると誓ったのだった。




