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第81話『勇者視点~魔人王戦前夜~』

 僕たちはあれから自らの傲岸不遜さを反省し、毎日トレーニングに励みながら、魔人軍を次々と倒していった。


 そして、明日、いよいよ魔人の王サタナスがいる魔人王の城へ乗り込むことになっている。今の僕らのレベルは95くらい。


 あの闇動画によるとルシフはもうレベル105になっているらしい。流石は規格外の男だ。しかも、異世界人の伝説のダンジョン配信者はセキュリティをガチガチに固めているらしいので判明していないが、おそらくレベル500想定だと言われている。


 異世界に飛ばされて十年の歳月で積み上げてきた結果らしい。


 つまりあの旅立ちの日から、ルシフは一年で105に到達している。これはもう異常な数値だ。間違いなく、あと数年でルシフは伝説の動画配信者に追いつくだろう。


 もし仮に僕らが敗北して魔人軍に殺されても、彼がきっと世界を救ってくれるだろう。


 しかし、伝説の動画配信者は女神と邂逅を果たしているため、世界の改変には直接は関われないらしい。間接的には可能だが、自分が魔人軍を倒すなどは止められている。


 でも伝説の動画配信者がいなくてもルシフがいる。僕は彼こそが真の英雄だと認めざるを得なかったのだ。


 だからこそ少しでも彼が戦いやすくなるように魔人王の片腕の一本でも持っていけたらと思っている。


 僕は宿のテラスで夜風に当たっていると、ふと聖女が隣にやってきた。


 そして、聖女は僕の隣で同じように夜空を眺めている。


 なんとなく話しかける気にもなれないので、そのままふたりで夜空の月の美しさに見惚れていた。


 その時、ふと聖女がこう告げた。


「ミカリス。わたくしと逃げませんか? 一緒に田舎にでも?」


 唐突な話しに僕は困惑した。


「どうしてだい? いよいよ明日が世界を救う決戦じゃないか!」


 すると、聖女は自分のお腹に手を当てた。


「実は子供ができたのですわ。貴方の……」


 まさかの事態に僕はとてつもない衝撃を受けた。


「そ、それじゃあ、僕は、父になるということか? でもそんな急にどうして……」


 すると聖女は呆れたように手を掲げた。


「そりゃあれだけ夜に甘えられたら出来ない方が不自然ですわ!」


 それを聞いた途端、僕は自分の節操の無さが恥ずかしくなって謝罪した。


「す、すまない……」


 その途端聖女はぎゅうっと僕を抱きしめた。


「わたくしは死にたくありません。ましてやお腹に子供がいるのです。まだ妊娠して一か月も経っていませんが、確かにわたくしと貴方の愛の結晶がこの身に宿っているのです……。絶対に死にたくありませんわ……」


 聖女は泣きついてきた。本来こういう時は男としての責任を取るために冒険者を引退して、田舎で細々と農家でもやって暮らすべきなのだろう。


 しかし、僕は父親としての責任より、勇者としての使命の方が勝った。僕は人として世界一無責任で、勇者として世界一の覚悟を示した。


「ごめん。できないよ。君は明日ここに残ってくれ。僕と剣聖と賢者だけで戦ってくる」


 すると、聖女は僕の頬をぱちんと引っ叩いた。そして、泣きながらも強い眼光でこう告げてきた。


「わたくしとこの子だけ残して自分だけ死地へ赴くというのですか? この子を父親のいない可哀そうな子にしてまで、そうしてまで勇者としての使命が大事なのですか? 答えなさい! ミカリス!」


 今まで僕をたくさん甘やかしてくれた聖女の物とは思えない形相だった。彼女は僕に男としての責任を取れと迫っているのだ。


 そりゃ当然だ。愛する人との愛の結晶ができたのに、家族の幸せより世界のために死んでいくなんて、夫として失格だ。


 だが、それでも僕の決意は揺るがなかった。僕は剣を抜いて彼女に突き立てた。


「なら僕は君とそのお腹の子供を殺してでも魔王と戦うよ。それだけ僕にとって勇者の使命こそが生きる全てなんだ! 分かってくれ! ガブリエラ……」


 すると、ガブリエラは諦めたような表情になり、またしても呆れながら手を掲げた。


「本当に貴方という人は真の勇者なのですね。分かりました。明日はわたくしも魔人王戦に挑みます!」


 僕は彼女の瞳を見つめた。その眼には一切の迷いもなかった。だが、それでも一応、子を身籠らせた者の責任として、彼女に問うた。


「正気なんだな? 下手をすれば、その子供も一緒に魔人王に殺されるかもしれないんだぞ?」


 聖女ガブリエラは強い眼光で頷いた。


「覚悟の上です。だってわたくしがいなきゃ勇者パーティーは機能しないでしょうに!」


「うっ!? 確かに……」


 聖女は優雅に杖を俺の前に掲げた。


「生きて帰りましょう。生きて帰って結婚して、この子を世界一幸せな子にしてあげるのです!」


 僕も剣をくっつけて頷いた。


「そうだな。一緒に最後まで戦おう! そして、生き残ってこの子に自慢するんだ。君のパパとママは世界を救った英雄なんだってな!」


「ふふ。それでこそミカリス。わたくしの惚れた男ですわ!」


 聖女はそう言い切ったあと、申し訳なさそうに俯いた。


「実は最初から着いていくつもりでしたの。でも逃げたかったのも半分本音です。カマをかけてしまいましたね。申し訳ありませんわ!」


 僕は首を振った。


「いや。君の判断は人の親として正しかった。僕はどうやら真の勇者かもしれないけど、父親としては失格のようだ」


 聖女はくすくすと可笑しそうに笑った。


「くすくすくす。そうですわね。わたくしにあんなことやこんなことまでして、子供まで作っておいて、一緒に死地に赴こうだなんて、人の親のすることではありませんわね!」


 僕も豪快に笑った。


「あっはっはっは。それは君だって同じだろう!」


「くすくす。そうですわね」


「全くだ。あっはっはっはっは!」


 そして、僕と聖女はもう一度武器を互いに交差させた。


「ミカリス。生きて帰りましょう。わたくしたちの幸せのために!」


 僕もその宣言に同調した。


「そうだな。生きて帰ろう! そして、僕たちの子のために、世界を救ってやろうじゃないか!」


 こうして僕ら夫婦の覚悟の誓いの夜は終わった。そうこれこそが、異世界人の言う、地獄を招いてしまう死亡フラグだと気が付かずに。


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