第8話『昇級試験』
母から聞いた昇級試験の内容はこうだ。
ワイバーンをソロで討伐すること。それがCランク試験の内容らしい。思ったより普通の冒険者たちには、難易度が高そうだとは思うが、俺からしたら楽勝だ。
それよりも、俺がワクワクしている理由はそこではない。だってワイバーン。つまりドラゴンの亜種だよ? 現実世界でアニメや漫画の竜に憧れを抱いていたため、ワイバーンに会うのが、今から楽しみで仕方ない。
俺はハラグロード村から少し離れたところにある、西の山付近まで来ていた。原作知識では、ワイバーンと接触するには、もう少し先のエリアまで進まないといけない。
それよりも、もう昼過ぎだ。腹が減ってはゲームが出来ぬというし、この辺で腹ごしらえしよう。
俺は義妹から受け取ったポーチの入った包み紙を取り出した。それをむくと、中身は美味しそうな肉サンドだ。
きっと先日討伐したキマイラの肉で調理しているに違いない。それに以外だが、キマイラの肉はわりといける。牛肉と同じ味なのだ。モンスターの肉とかなり抵抗のある人も多いとは思うが、俺は断言したい。
モンスターの肉はガチのマジで美味いから異世界転生したら絶対に食ってみろと。
まあ。キマイラしか食ったことがないからな。流石にオークやゴブリンみたいに人型種のモンスターの肉には抵抗があるかもしれん。
俺は兎にも角にも、キマイラの肉を挟んだ肉サンドを食った。
「うっまぁ!」
俺は感動して、肉サンドを三秒で平らげてしまった。我ながら食うのが早い。何せリアルの早食い大会で、優勝した経験があるからな。ゲームを買う金を貯めるためなら、俺は陽キャしかいない大会にだって出場するのだ。
さて、腹ごしらえは終わった。これからクエスト開始だぜ。と行きたいところだが、次のエリアまでまだまだ時間がかかりそうだ。
「ええい。面倒臭い。もう【魔力強化】して速攻で向かうか!」
俺はすぐに【魔力強化】を発動させて、猛ダッシュで次のエリアに向かった。しかし、途中でモンスターの群れを発見して、足止めした。
「うっほぉ♪ 経験値発見♪」
俺はつい悪い癖で、またバーサーク状態でモンスターの群れをせん滅した。ちなみにゴブリンだった。大人な漫画をよく見ていた俺からしたら、ゴブリンは女性の敵だ。
妹や幼馴染のレビアが被害に遭わないように駆逐したのだ。別に自分が戦いたかったわけじゃないんだからな。
俺は再び【魔力強化】を行い、猛ダッシュすると、またモンスターの群れに遭遇した。
「いやっほう♪ 戦闘じゃあ!!」
俺はまたしても、自分の三大欲求と同じか、それより強い四大目の欲求に敗北して、またバーサークしちまった。てへっ。
そんなこんなで、俺はモンスターの群れを発見する度に、バーサークしてしまい、もう全然、次のエリアに進めなかった。
辿り着いたのは、夜遅く。俺は空を見上げる。そこには紫色の飛竜が空を悠々自適に飛んでいた。
「ワ、ワイバーンだぁぁぁっ! 本物だ! すっごっ♪」
俺は興奮が止められなかった。だってワイバーンだよ。ドラゴンの亜種だよ。そんなの実物で見られるならゲーマーなら誰だって感動するだろう。
俺はワイバーンの注意を惹くために、軽く【魔力強化】で魔力を放出してみた。すると、ワイバーンはきゅるんと情けない声を出して逃げ出した。
「な、何故逃げる? ここは興奮して襲い掛かってくるとこじゃないの? え? なんでぇぇぇ?」
信じられない。この世界のワイバーンって、もしかして人間が怖い生き物なのだろうか。ゲーム知識ではそんなことはなかったはずだが、ここは異世界だ。ゲームとは少し仕様が違うのかもしれない。
「なんでだよぉぉぉ! せっかく戦いたかったのに……。それに昇級試験どうすればいいんだよぉぉぉぉ!」
俺は軽くパニック状態になった。どうしよう。このままではCランク試験失敗だ。俺はあたふたとその場で頭を抱えていると、ワイバーンたちの群れが何故か戻ってきた。
「へ? どしたん?」
意味が分からない。もしかして、人間相手に逃げたのが、プライド的に許せなかったのかもしれない。どちらにせよ。ようやく戦闘開始だぜと思っていると、ワイバーンの群れの奥から一際というか、めっちゃ巨大な黒いワイバーンが現れた。
「あれは……」
間違いない。あれはBランクモンスター【ワイバーンキング】だ。ちなみにワイバーンキングは、クリア後に登場する隠れボスモンスターの一匹だ。つまり俺が異世界に転生してきたエンドコンテンツ級の敵と手順をすっ飛ばして、いきなり戦闘できるのだ。
「ひ、ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおい♪ やったぜ。これでようやくエンドコンテンツ級のボスと戦える!」
俺は持ち前の四大目の欲求。戦闘欲求が暴走して、またバーサーク状態に陥った。
「行くぜ! ワイバーンキング。お前にゲーマーのプライドを思い知らせてやる!」
俺は無の刀を取り出し、早速戦闘を開始した。まずはこちらからジャンプして袈裟斬りをしかける。
二度攻撃判定が入ったが、ワイバーンロードはその攻撃を全て自前の爪でパリィした。俺はすかさず右足を回転させて、まわし蹴りを食らわせる。それがワイバーンの顎にクリーンヒットして二回判定が入る。
ワイバーンは「ぎゃおおおおおおおおおおおおん」と吠えた。そして、再び爪を振りかざし、俺の腹部を引き裂こうとしてきた。
俺はすぐに剣で腹をブロックして、攻撃を防御。流石にエンドコンテンツの敵だけあってけっこう強い。俺はすぐさま、攻撃魔法へと戦闘スタイルを切り替えた。ほとんど溜めなしで、速攻で魔法を発動させる。
「マジックバスタァァァァァァァーッ!!」
俺の魔力砲撃はワイバーンロードの肉体に大きなダメージを与えたようだ。四連続で砲撃が爆発した。向こうもムキになり、本気を出したのか口から炎のブレスを吐き出した。
「ぐごおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
猛烈の炎を俺は寸でのところで回避して、攻撃魔法から奥義へとバトルスタイルを切り替えた。ついに異世界に来て、初めて奥義を放つ時が来たのである。俺はエンドコンテンツ級の誇り高き黒き飛竜に敬意を払い、己の全身全霊を以てして応えることにした。
「行くぞ! ワイバーンキング! ゲーマーのプライドを思い知れ! 奥義ぃぃぃ! エクストラブレイクゥゥゥゥゥ!」
俺は無の刀に強力な無属性魔力を付与して巨大化させた。その巨剣で【ワイバーンロード】の胴体を四つに斬り裂いた。
「ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」
敵の断末魔が甲高く響き渡り、勝負は決した。
「俺の勝ちだ!」
俺は比較的冷静にそう告げると、死に際のワイバーンロードは最後に穏やかな表情で目を閉じた。俺は死にゆく命に手を合わせて、お祈りをした。戦ってくれてありがとう。
そのあと、ようやく実感が沸いてきて、喜びのあまり興奮してしまった。
「やった。ついにやったぞ。俺は、俺は、俺は、エンドコンテンツ級のボスモンスターをソロ討伐出来たんだぁぁぁぁぁぁ!」
ただのCランク試験どころか、もうBランク試験に合格しても、可笑しくないくらいの成果を挙げてしまった。
でもあまり目立つと面倒なので、家で母にこっそり教えておくことにしよう。うん。そうしよう。
俺は異世界初の強敵への勝利に戦闘欲求が激しく満たされて、心地よく、とても幸せな気持ちでいっぱいだった。こうして、俺はCランク試験に合格した。