第73話『レイルズエクストラダンジョン中層』
中層はさらに敵が増えた。しかもAランク上位モンスターが数千匹。こんなの並みの冒険者なら絶対に死んでいる。
虚飾の魔王の鬼畜さは尋常じゃない。これで何人殺してきたのかと思うと少し腹が立つ。だが、それ以上に俺はこの状況にゲーマーとしての好奇心が刺激されていた。でも今までみたいにテンションで突っ込むことはなく、冷静に落ち着いて魔力を最小限に抑えて斬り倒す。
おそらくレベルも1か2は上がっているだろう。現在がレベル86だから88くらいか。
俺は目の前の【ストロングコボルト】に秘剣――微塵斬りで斬り刻む。続いて回転斬りで一掃して、次の敵には秘剣燕返し。他のルシフたちも絵美が四人フルで出してくれているので大分楽だ。
分かっていたが、これをソロ討伐した伝説のダンジョン配信者のレベルはゲーム原作のカンストであるレベル99を通り越して、レベル150くらい行ってそうだ。
とにかくこんな敵だらけの状況で俺一人だけなら死んでいただろう。特に母さんの見立て通り絵美を仲間に入れたのは正解だ。
彼女がなしではこの結果は無理だった。俺たちはひたすら【ストロングコボルト】の群れを倒しまくる。
「てやぁ!」
俺は群れのボス格の奴に虎乱刀を浴びせた。ユニークスキル【傲慢】の効果で二太刀の判定が入る。
群れのボスは「ぐぎゃ」という断末魔と共に倒れた。俺たちは聖水を振りまきまくる。
「そろそろ休憩ポイントが見えてくるな。みんなもう少しの辛抱だぞ?」
「そうね。あともうちょっとよ。絵美もレビアも頑張って!」
「はい。わかりました!」
「了解だよ!」
俺たちは四人で上手く連携を取りながら新たな敵の群れに対処する。俺と舞花が秘剣や持ち前の剣術センスで敵を斬り倒し、絵美のルシフ四人が同じく原作剣術で敵を薙ぎ払い、レビアが魔法札でバフや回復を担当する。
この連携のおかげで一切の負け筋もなくガンガン進めた。
そして、ついに休憩ポイントが見えてきた。
「よし! ラストスパートだ!」
俺たちは一気に敵をせん滅し、ちょうど敵の群れを倒し切って休憩ポイントに足を踏み入れた。
「よっしゃ。ようやく休憩ポイントだな!」
舞花が溜息を吐いた。
「ホントここまで大変だったわ。ハラグロードダンジョンとは偉い違いね!」
絵美も同意する。
「全くです。こんなのもう無理ゲーですよ。普通の方々なら」
そして、レビアは文句を言った。
「本当に虚飾の魔王って意地悪だよね!」
そこで上からアナウンスが聞こえてきた。
「お前ら! 全部聞こえてるからな! 俺っちは寛大だから咎めないが、次に俺っちの悪口言ったら、休憩ポイントに制限時間つけてやるからな!」
これはどうやら文句すら言えない状況のようだ。俺は様子を伺いつつ謙虚に魔王に謝罪した。
「それは悪かったよ。流石に休憩ポイントに制限時間付けられたらやっていられないからな。もうあんたの悪口は言わねぇよ」
虚飾の魔王はけらけら笑った。
「そうだ。傲慢の魔剣士よ。そうやって最初から謙虚で居ればよいのだ。俺っちは待っているぞ! お前らがここまで来るのをな!」
なんていうか。案外この虚飾の魔王って根は悪い奴じゃない気がした。ちょっと野心とエスっ気が強いだけで、実はお茶目で憎めないのかもしれない。
そりゃ勇者が命を見逃すわけだ。こんなギャグ要員の命を奪うなんて俺にだって出来そうもないしな。
だがここはダンジョンだ。攻略のためなら俺は虚飾の魔王を倒すことに躊躇ないはない。
張り詰めた空気感でレビアが例のクッキーをみんなに配った。
「さぁさぁ。みんな落ち着いてこれ食べて元気そう! ダンジョン攻略はまだこれからなんだからさ!」
舞花も同意した。
「確かにレビアの言う通りね。とにかく今は英気を回復させるとしましょうか!」
俺たちはレビアからクッキーを受け取り、その中身を食べ始めた。
「いや。このクッキー本当に美味いな!」
絵美も頷いた。
「確かに絶品ですね! 流石はレビアたんですぅ!」
絵美は暴走して、レビアに抱き着いた。
「も、もう! 辞めてよ! そんなことしたら今度からクッキーあげないからね?」
その言葉を聞いた瞬間、絵美はさっとレビアから離れた。
「うむむ……。流石にクッキーなしはきついので我慢します……」
本当に絵美の暴走っぷりには困ったもんだ。それはそうと俺は四人に指示を出した。
「クッキー食ったら、熟睡しない程度の仮眠をとっておけよ? まだまだ先は長いんだからな!」
舞花が何故か少し怒った。
「そんなことあんたに言われなくても分かっているわよ。いっとくけどアタシたちが寝ているからって変なことすんじゃないわよ?」
俺はクッキーがむせそうになりながら、必死に反論した。
「そんなわけないだろうが。バカなこと言ってないで、早く食って寝ろよ!」
舞花は怪しむ視線を向けた。
「まあいいわ。信じてあげる。だってアンタは昔からこんな可愛い美少女二人を近くに侍らせておいて手出しすらしなかった朴念仁だしね!」
舞花が悪戯っぽく笑うと、俺はクッキーをむせて、けほけほ咳しながら、ちょっと激怒した。
「誰が朴念仁だ! あの時は恋愛よりゲームが大切だったんだよ!」
今度は絵美が呆れたように溜息を吐いた。
「本当にゲームばっかりでしたよね。ワタシや舞花ちゃんという最強レベルに可愛い幼馴染が居て手を出さないとか男として恥ずかしいですよね!」
俺はちょっと本気で怒りそうになり、はっきり文句を言った。
「からかうこと言うなよ。お前らだって俺に気なんてなかった癖に!」
その瞬間に空気がどんよりした。
「鈍感ね」
「鈍感ですね」
「鈍感だね」
俺はちょっと慌てて、言い返した。
「だからレビア以外その気がない癖にからかうなってばぁ!」
俺はなんか弄られポジションになっていることにちょっと不満を抱いていた。弄られるのといじめは表裏一体だからね。
あまりにも失言が過ぎたら、今度言い返してやろう。
とにかく俺はもうクッキーを食い終わったので、強制的に話しを終わらせた。
「もう俺は寝る。本当に人をからかいやがって……」
俺が少し微睡の中にいると、女性陣はなんか色々文句をつけていた気がするが、もうそんなことなんざどうでもいい。
俺はゆっくり熟睡し過ぎないように気をつけながら仮眠を取った。




