第69話『覚悟と出発』
とろとろと街中を歩いていた俺は命の重みに耐えきれずその場に蹲った。
「あ、あああああああ……!!」
覚悟はしていた。していたのに、このざまだ。俺の手は汚れてしまった。人として決して犯してはならない大罪を犯してしまった。
もちろんそれは日本での話しで、異世界では関係なく、むしろ魔族を討伐した事は人に喜ばれることだと理解している。
でもたったひとりの不器用に自分の好きなことを貫いた、ちょっと意地悪でクズでダサいけど、それでも一生懸命生きようとしていた人を、俺はこの手で殺してしまったのだ。
舞花に言われていたことをようやく理解した。これが殺し合いだ。これが異世界での戦いなのだ。
そのあまりにも強烈な過酷さに俺は心が震えて涙が止まらなかった。
「あああああああああ……!!」
そんな時、誰かが近づく音がした。そして、その人物は俺を抱きしめた。
「見てたよ。ルシフ。そうだよね。優しいルシフは人を殺すなんてこと悲しむに決っているよね……」
俺は心の雫がとめどなく溢れ出した。
「ああ、ああああああああああ……!!」
レビアはさらに抱擁する力を強めて言った。
「その涙はね。ルシフが優しくて誰よりも強く証なんだよ。大切な者を守るために戦ったんだよね? きっと村の人のことや、お母さんのことを心配して倒すしかなかったんだよね?」
「ああ、あああああああああああ……!!」
泣きじゃくる俺をレビアは優しく何度も何度も力を強めて抱きしめた。
「いいよ。泣いてもいい。わたしがいるから。その罪もわたしが半分背負うよ。だから気が済むまで泣いたらいいよ。その涙はルシフが誰よりも真剣に生きてる証だから」
「あああああああああああああああああああああッ!!」
俺は何十分もレビアの胸の中で涙を零した。ようやく気持ちが収まり、レビアの胸から離れると、周囲には人だかりができていた。
そして、みんな涙して拍手していた。
そこへ舞花が近寄り俺にこう告げた。
「見なさい。卓也。この人たちはあんたが救ったのよ?」
「俺が……」
舞花は強く俺に説いた。
「そうよ。あんたは確かにひとりの人を殺したかもしれない。でもそれと同時にこれだけ多くの人の命を救ったことにもなるの! いい? よく聞きなさい!」
レビアの前に座る俺の頬を両手で抑えて舞花は力強く説いた。
「剣士って言うのは誰かの命を奪う者なの。でもそれと同時に誰かを守る人でもあるのよ。殺した命を抱きしめて、救った命を尊ぶ、それこそが真の剣士たるプライドよ!」
舞花は続ける。
「あんたのゲーマーのプライドだって大切な誰かを守りたいと願った優しい心の証でしょ? 誰からこれからは奪った命に罪悪感を抱くことを辞めなさい。奪った罪を背負い、それでも前に進む強く覚悟を持ちなさい! それが同じ剣を習った仲間として、あんたの親友としての激励よ! ありがたく思いなさいよね!」
その言葉に俺は胸を打たれた。そうだ。俺は大切な仲間を守るためならどんなに罪を背負っても強く生きると決めたじゃないか。こんな原作へのリスペクトすら感じられない世界にした神的な存在に、ゲーマーとしてのプライドを思い知らせてやるとそう願っていたはずじゃないのか。
俺は涙を服の袖で拭いて立ち上がった。
「ありがとう。レビア。舞花。みなさん。俺はもう泣かないし、振り向かない。ただ前だけ見て自分の生き様を貫くよ! そうやって何処までも誇り高く、何処までも気高く生きてやる! それが俺のゲーマーとしてのプライドだ!」
その瞬間歓声が沸いた。あまり目立つのは好きではないのだが、それでも自分がしたことでこれだけの人が応援してくれるのなら、俺は大丈夫な気がする。
これからは手を汚しても立ち止まらない。そんな強さを持とう。俺は改めて心に誓った。
☆☆☆
ダッサイの一件が終わり、俺たちはレイルズの街のギルドから金貨二十枚ずつを受け取り、翌朝レイルズエクストラダンジョンへ向かった。
道中に幾度となくモンスターと遭遇したが、もう俺たちのレベルで苦戦するような敵ではないので、何の苦戦もすることなく、淡々と旅路を進められた。
そして、約六時間後、ようやく俺たちはレイルズエクストラダンジョンの前まで辿り着いたのだが、動画で見た通りの派手さ加減に言葉を失うというか、圧倒されていた。
「金ぴかだな」
「金ぴかだね」
「金ぴかね」
「金ぴかですね」
そう四人それぞれ同じ感想を口にした。レイルズエクストラダンジョンの入り口は装飾過多な飾りつけで彩られていた。
ここまで派手なダンジョンは自立型のダンジョンとは言えない。ダンジョンには元ハラグロードダンジョンのような自立型のダンジョンと、ダンジョンマスターが運命する手動型のダンジョンが存在する。
そして、このダンジョンは間違いなく手動型のダンジョンであり、運営しているのはかつて世界を混乱に導き、勇者に負かされたあと、温情で永久にダンジョンマスターとして働かされている虚飾の魔王ベリアスがいる。
そのユニークスキル【虚飾】は自分の好きな対象に様々は付与を与えるという物で、この能力でまるで神話のベルセルクの呪いのような無敵の狂戦士を何人も増やし、最強戦力の魔王軍によって当時の時代の人たちは大変苦しんだという。
そんなやばい奴だが、勇者は自分が戦う中で、この能力を利用すれば、人類の利益になるのではないかと、わざと生かした上でダンジョンマスターをやらせているのだ。
これはゲーム原作の設定通りで、異世界人によって歪められたからではない。
しかも踏破できないダンジョンというのはそれだけで金になる。
何故ならダンジョンマスターが存在するダンジョンには金を支払う必要があり、負けて死んだ場合はその人物たちの持ち物も国や街に還元されるという空恐ろしい仕組みの裏闘技場のような闇の娯楽施設なのだ。
つまり人や魔族が運営しているか、自動で勝手に動くかで、その厄介さは異なってくる。
まだ国や人や魔族が管理しているのなら、人類に脅威を及ぼす可能性は低い。外のモンスターが漏れ出ることがないからだ。
ただ自立型のダンジョンは神が運営していると言っても過言ではなく、人が増えすぎた場合それを減らすために凶悪なモンスターを外へ放つ場合もある。
だから原作のミカリスやルシフは最近活発化しているハラグロードダンジョン上層を共にクリアしたというわけだ。
その点このダンジョンの心配は要らない。むしろ俺たちが死んで武器や装備や金が還元された方が国や街の人たちは助かるのだ。
しかも生きて踏破できても、その宝を持ち帰ることができるので、それもそれで人類の発展に役立つ。
最初に考えた王は天才だろう。まあ。それもクリエイターの皆さんが考えた設定なのだが。ちなみに絵美もその一人だが、意外と絵美はこのゲームについてそこまでガチで把握しているわけではないらしい。
クリアまでプレイしたのも数回ほどで、他のゲームやラノベイラストの仕事が忙しく、この作品をプレイするのに費やせるリソースが少ないのだ。
しかも頭も良く、勉学も疎かにせずに、神絵師をしているのだから、本当に凄いと思う。
話しは逸れたが、とにかくこのダンジョンに挑戦するということは死んでも自己責任でしかも金払ってまで命と持ち物をベットしてくださいというイカレた倫理観で運営されている。
それでも俺はやはり挑戦したくてうずうずしていた。いくら見た目が派手でちょっとアレだろうとも、見掛け倒しではなく中身は本物だ。
俺はみんなに声をかけた。
「とにかく先へ進むぞ!」
「そうだね。気圧されている場合じゃないよね」
レビアの言葉に舞花が同意した。
「その通りよ。これをクリアしなきゃあんたの夢は叶わない。そのためにみんな頑張ってんだから、がんばんなさいよね!」
そこですかさず絵美が舞花の耳を引っ張った。
「こら! 舞花! ワタシのレビアたんにきつい言い方をするのは許しませんよ!」
「痛い。痛いってば。もう。レビアは絵美の描いたキャラだけど、ここに存在しているのは作り物じゃなくて生きた人間なのよ? それくらい自覚しなさいよ!」
すると、絵美はまた暴走し始めた。
「だからこそいいのです。自分の描いたキャラが本当に生きた人間とか創作者として浪漫の塊じゃないですか!」
「あんたね……。はぁ……。こんなんで大丈夫なのかしら……」
なんかしっちゃかめっちゃかな会話になり、俺は手をぱんぱんと叩いた。
「はいはい。無駄口はそこまでにして早く中に進むぞ? あと金は俺が奢ってやる!」
俺は恰好をつけて、そう言うと、三人は百八十度態度を変えた。
「流石はルシフですね。懐が深いですぅ♪」
「全くほんっとあんたって気前がいいわね♪」
「やっぱりルシフは男らしくてかっこいいね。わたしの自慢の彼氏だよ♪」
「ははは……」
俺は思った。女の前で恰好をつけることは辞めよう。利用されて摺り取られるだけだと。
そして、俺たちはダンジョンの前にあるコイン投入機に金貨四枚を投入して、ゴゴゴと開かれた扉の奥へと進んでいった。




