表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/144

第68話『突然の来訪者』

 朝を覚ますと、見慣れない金ぴかな天井が見えた。そうか確かレイルズの街の宿に泊まっていたんだっけ。


 俺はそのまま起き上がろうとベッドに手を置くと、何か柔らかい物が当たる感触がした。何事だと思って確認したら俺の隣にレビアが寝ていた。


 そのとんでもない事実に俺は猛烈に動揺してしまった。いやいやいや。何やってんの。レビアさんと。


 とにかくよく眠っているようなので俺は彼女を起こさずにもう少し寝かしてやることにした。


 部屋から出た俺は待ち計らっていたように、舞花が待機していて、すぐに話しかけられた。


「ようやく起きたわね! 卓也! 大変なのよ! どうやら王都の牢から脱獄した魔族の犯罪者がこの街に潜んでいるらしいの!」


「魔族の犯罪者だって!? それって、もしかして……」


 俺はふと堕天使化したクッズの姿が思い浮かんだ。あれだけ穏やかな顔をして王都へ送られていったのに、まだ懲りていなかったのか。


 クッズが脱走となれば、また幼い子供の奴隷を人体実験の材料とするかもしれない。そうなれば放っておくわけにはいかない。


 俺は舞花に言伝を言い残した。


「俺はいまからその犯罪者を探しに行く。お前は絵美やレビアが起きたら後から救援に来てくれ! たぶんそいつはかなりの強敵だからな!」


 舞花は頷いた。


「わかったわ。あんたなら大丈夫だと思うけど、ヘマして死ぬんじゃないわよ!」


「ああ。留意しておく……」


 舞花の言う通り、クッズが相手なら今の俺でもどうなるか分からない。あいつには天才的な頭脳がある。


 下手を打てばそのままやられるなんて可能性は十分に考えられるからだ。とにかく一刻も早く向かわないと、また同じことの繰り返しだ。


 そうさせないためにも急がなければ、俺は舞花に向けて右手を挙げた。


「じゃあ行ってくる!」


「ええ。気をつけて!」


 俺は少し速足で宿を抜け出し、街中を猛ダッシュで駆け抜けた。ステータスの敏捷性と技術によって鍛えられた俊足と動体視力でクッズらしき男を探し始めた。


 しかし、街中の何処にも堕天使の姿は見当たらない屋根の上も飛び乗って探したが、何処にも堕天使の姿は見当たらなかった。


「もしかしてクッズじゃないのか?」


 魔族が脱走したということで衝動的にクッズを思い浮かべたが、よく考えたらあいつは人間の姿に戻っているはずだ。


 仮にまた堕天使化していたのなら、もっと暴れているんじゃないか。そう思い至った時、急に殺気を感じて、魔装備を取り出し、相手の攻撃をガードした。


「誰だ? クッズか?」


 俺が相手の姿を確認すると、それは確かに俺の知っている犯罪者だった。でもそれはクッズではない。その男は俺にドヤ顔で挨拶した。


「よう! クソガキャア!」


 それは新人潰しの冒険者であり、自ら人の道から踏み外した男ダッサイだった。


「クッズじゃなくて、お前だったのか!」


 そう言いつつダッサイを睨むと、奴は愉快そうに笑った。


「はっはっは。クッズだって。あんなゴミとわしを一緒にするなや! わしはまだ夢を諦めてねぇんだわ! お前というガキをぶっ潰すまではなぁ!」


 ダッサイの執念はどうやら本物らしい。だが、ひとつ疑問に浮かんだことを奴に聞いた。


「お前足はどうやって治したんだよ? あれは相当高位な回復魔法使いじゃないと治せないはずだぞ?」


 ダッサイはくつくつと面白そうに笑った。


「はっはっは。そんなの決ってんじゃろがい! 王都に居た昔にわしが世話してやった貴族のコネを使って治したんだわ! てめぇをぶち殺すためになぁ!」


「クソッ……」


 俺は思わず苦虫を噛みしめるように呟いた。これは完全に誤算だった。まさか王都に庇い立てしてくれるような貴族が存在していたとは。


 これは間違いなく、奴が長年積み重ねきた信用の為す力だ。それを見誤るとはステータスが上がっても知性の低さはどうやら改善されていないらしい。


 そして、ダッサイは俺に新しく新調した矛を向けた。


「さあ。やろうや! クソガキャア! 今度わしを前までのわしとは一味違うぞ?」


 その言葉の意味を俺は理解した。どうやら奴もあの動画を見て修行を積んだらしい。まさか自分が人類の為を、いや、自分がメインルートに関わり破滅ルートを進まないための布石がこんな危機を招くとは思ってもいなかった。


 奴を野放しにしたらおそらくこのまま魔人軍に肩入れするだろう。奴の索敵能力を魔人軍に利用されたら、かなり厄介なことになる。それに母さんに昔の恨みで危害を加えないとも限らない。大切な者を守るためにも、もうこいつを倒すしかないだろう。俺は覚悟を決めて、魔剣を逆袈裟向けに構えた。


「いいぜ。だったらとことんやってやる!」


 ダッサイは吠えた。


「行くぞ! クソガキャア!」


「来い! ダッサイ!」


 俺はダッサイが仕掛けてくるのを冷静に待ち構えた。ダッサイは思った通り向こうから攻めてきた。


「どわっしょいッ!」


 ダッサイは矛を俺の脳天に向けて真っすぐ振り下ろしてきた。俺はその攻撃を半身だけ身体をずらして回避。


 続いて、回転しながら横薙ぎの一閃をダッサイに浴びせようとしたら、敵はジャンプで回避。


 どうやら本当に前までのダッサイとは違うらしい。敏捷性のステータスが段違いだ。


 これは油断できないかもしれない。俺は一気に攻め立てるために強化奥義を発動させた。


「新魔力強化・改!」


 俺は物理特化に振り切って、一気に攻め立てるように剣を細かく振り回した。秘剣――微塵斬り。前世で舞花から盗んだ技のひとつだ。


 しかし、それすらもダッサイは回避して、向こうも強化奥義を使用してきた。


「新魔力強化・業!」


「なっ!?」


 相手は新たな強化奥義を身に着けていた。まさかそこまで腕を上げていたとは。


 おそらく全てのステータスが二倍ほど強化されたダッサイの猛攻に、回避。弾く。受け流す。そんな防戦一方の展開へと持ち込まれた。


 これは間違いなくダッサイの長年の経験と勘から来る手慣れた戦闘技術だ。いくら前世から戦闘のセンスがあり、現世でもゲームセンスがあると言っても、俺なんかとは積み重ねた訓練の量が違う。


 相手の緻密で精度の高い猛攻に俺はなんとかノーダメージでいられているが、ほぼギリギリと言っていいだろう。


 それだけダッサイという男はステータスの低ささえ改善されたら、ここまでやれるのか。正直ただの新人潰しのしょうもないおっさんだと舐めていた。


 でもそれは俺の傲慢だ。このクズのおっさんの実力は本物だったのだ。


「おらおらッ! その程度かぁ! クソガキャア!」


「ふふっ……」


 なんて奴だ。世界にはまだこんな強い奴が沢山居たんだな。俺は嬉しくて笑いの波が止まらなかった。


「はっはっはっはっはっは! やるじゃないか! おっさん! こうなったら俺も奥の手を出すしかないみたいだな!」


 ダッサイは俺を惨めな雑魚のように見下した。


「がっはっは。クソガキャアの分際で何をイキっとる! これ以上おめぇに勝ち目なんざねぇんだよぉぉぉぉっ!」


 ダッサイの矛を受け止め、その勢いを利用して、大きくダッシュバックした。そこから気息を整えて、例の奥義を発動した。


「行くぞ! ダッサイ! ゲーマーのプライドを思い知れ! 限界突破――ッ!」


 俺は強化奥義の中でも上位の部類とされ、習得困難な秘儀中の秘儀【限界突破】を発動させた。


 今までと魔力の色が黒から黒紫に変わり、身体の周囲を渦巻くように溢れ出ている。ダッサイは驚きの表情で目を見開いた。


「なっ!? それはマモの!?」


 そうこの奥義は母さんから習った物だ。俺は魔剣を鞘に納刀した。そして、吠えた――ッ!


「秘剣――絶の太刀!」


 俺は一気に距離を詰めて前世で繰り出せた最大火力の一撃を斬り放ち、ダッサイの生命力を削り切った。


「がはぁ! クガキャアアアアア!!」


 その強烈な怨念の籠った断末魔と共にダッサイの身体は靄のように消滅した。


「ふぅ!」


 勝ったと思った瞬間、俺はひとつの事実を強く自覚して強烈な吐き気に襲われた。


「おえっ――!!」


 俺は確かにしてはならない罪を犯してしまった。そう人の命を奪ったのだ。それがたとえ人間を辞めた魔族の物だとしても夢を諦められず頭が狂った、一生懸命に生きていた男を殺したのだ。この手で――。


「う、うわあああああああああああああああああああああッ!!」


 覚悟を決めたつもりだった。でも人の命を、人生を、夢を奪うことの重さは想像以上だ。俺はそのあまりにも強烈な罪悪感という名の情動に脳が焼き切れそうなほどの絶望感を覚えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ