第66話『ハンバーガーちゅきちゅき先生』
俺たちはとりあえず絵美の部屋まで移動して、彼女の部屋の椅子に座っていた。
なんか色々取り乱していた絵美だったが、いつも二次元の美少女を前にするとこうなる。体育会系の舞花と正反対の完全なるオタクである。
つまるところ俺と絵美はオタク友達というわけで、共通の話しで盛り上がれる親友というわけだ。
部屋でレビアを眺めてにちゃにちゃしながら紅茶をすすっている絵美に、俺は要件を端的に伝えた。
「絵美。実はな? このレイルズの近くにあるレイルズエクストラダンジョンへ挑戦しようと思ってる。だからお前の力を貸してくれないか?」
俺の要望を聞いて、絵美は考えるまでもなく、即答した。
「もちろんいいですよ! でも、ひとつだけ条件があります!」
「条件って何だ?」
まさかレビアを寄越せとか、そんな邪な条件じゃないだろうなと警戒する。しかし、絵美から返ってきた言葉を予想から反するものだった。
「ワタシをホープ家の専属メイドとして雇ってください! せっかく幼馴染三人が揃ったのに、ワタシだけこんな宿でひとりぼっちなんて寂しすぎますから……」
なるほど。確かに絵美の言う通り、仲のいい友達に置いてけぼりにされて、孤独な宿暮らしというのは、それはそれでメンタルに来るものがあるかもしれない。
特に人気イラストレーターなくらいだから、絵美は人一倍繊細なはずだしな。
俺は母をどうにか言いくるめる覚悟を決めて、ふたつ返事でオーケイした。
「分かった。いいよ。なんとか母さんたちに頼んで、絵美をホープ家のメイドとして雇ってやる!」
絵美はぱあっと明るい顔で微笑んだ。
「やった。ありがとうございます。卓也!」
その時、隣に居たレビアがじぃっとこちらを睨んできた。
「それってまた同棲する他の女の子ができるってことだよね、ね? ルシフさぁ。もしもわたしを裏切ったらどうなるか。分かっているよね? ふふふ♪」
怖い。怖い。怖い。レビアが嫉妬ヤンデレモードに突入している。これもユニークスキル【嫉妬】が彼女のメンタルに影響を与えていると知っていても、それでも純粋な子がヤンデレモードに突入するのは、やっぱり怖い。
俺は言い訳っぽく聞こえるかもしれないが、リリアの肩に手を置いて、地顔の力でイケメンモードを演出した。
「ふっ。心配するな。俺はいつだってレビア一筋さ!」
ちょっと原作のルシフに寄せてみた。その途端レビアはうっとり乙女の表情になった。
「うん。そうだよね。ルシフは浮気なんてしないよね。わたし信じてるから!」
ああ。そんな顔を見せられたら辛抱たまらん。俺はついレビアの顎をくいっと持ち上げた。
「レビア……」
「ルシフ……」
いい雰囲気になっているところでこほんと咳払いが聞こえてきた。
「あんたら、イチャイチャしたいなら、ふたりの時だけでしなさいよ!」
「うぅぅぅぅ。卓也にレビアたんを寝取られましたぁぁぁ……。うぅぅぅぅぅぅぅ。しかもルシフたんの姿で原作準拠の科白で口説くとか反則ですよぉぉぉぉ。うあぁぁぁぁぁぁん!」
俺はついふたりの世界に入り込んでいることに気が付き、そそっとレビアの肩から手を離した。
「す、すまん。これからは自重するよ」
「そうだね。みんながいるのに恥ずかしいところ見せちゃったなぁ。あはは……」
なんとも言えない気まずい空気感が流れる。なんか女子ふたりで凄い目つきで睨まれている。
お前らそんなにレビアのこと好きだったんかいとツッコミたくなる。絵美は分かるとして、まさか舞花までレビアが好きだったとは。
レビアって実は同性ウケするタイプなのかもしれない。
兎に角なんとか話題を切り替えねばと思って、俺は例のダンジョン配信者の動画をみんなに見せることにして、冒険者カードを取り出した。
「ほら! この動画を見てみんなで対策立てよう! 無策で挑めるダンジョンじゃないだろう?」
そのことには絵美も頷いた。
「確かにそうですね。レイルズエクストラダンジョンをクリアできた異世界人は数名しかいません。対策は必須かと思います!」
流石は絵美だ。製作者サイドの絵師なだけあって、このゲームのことをよく理解している。
絵美の科白を聞いて、舞花やレビアも納得した。
「そうね。勇気と蛮勇を履き違えるのは三流の剣士よね!」
「その通りだよ。よぉし。みんなで一緒に動画見よう!」
話しは纏まったので、俺は冒険者カードに映像石にリンクさせる設定を施した。
「よし。映すぞ!」
ぶぅんという効果音と共に、例のダンジョン配信者の動画が映し出された。
一時間後――。
「こ、これは思ったよりきつそうですね……」
まずは絵美が日和る。
「確かにこれ、本当にわたしたちだけでクリアできるの? って感じだよね……」
続いてレビアが不安そうに呟いた。
「でも攻略不可能ってわけじゃないわ! こっちはチート級に強い異世界人が三人も居るのよ。この人はソロだったけど、四人で挑めばなんとかなるでしょ!」
と舞花が楽観視する。そして――。
「無理だ。いまの俺たちでは絶対に無理。クリア不可能だ!」
と俺が断言した。
その言葉に三人が「「「えっ!?」」」と同時に驚きの声を挙げたので、俺がなるべく冷静に説明した。
「まず、この配信者さんはおそらく俺たち四人が束になってかかっても勝てないくらいのステータス差がある。それと装備だ。あれは舞花が使用している武器と同じくらいの業物でできている。それと経験だ。俺たちもゲーム知識はあるが、実際のダンジョン攻略経験は少ない。だから無理だ!」
俺の決断にまずは舞花が否定した。
「じゃあどうするってのよ! このままおめおめと引き下がれって言うの?」
俺は首を振った。
「違う。修行をするんだ。このパーティーでホープ村のエクストラダンジョンを二十回くらい周回する。それで連携の取り方や、ダンジョン慣れみたいな感覚を掴むんだ!」
俺は力説を続ける。
「それにあのダンジョンはモンスターのホップ率が高い。レベルだって今よりガンガン上がるはずだ!」
さらに続ける。
「それにアダマンタイトやシャドウドラゴンの素材だってたくさん手に入るし、ボスラッシュも毎回同じとは限らない。もしかするとまだ見ぬレアな素材が入手できて、武器や防具やアクセを完璧な理想値の状態まで持っていけるかもしれない!」
そして、最後にしめた。
「だからまずは三週間、あのダンジョンを周回して、そこから動画で再びダンジョンの傾向を対策して、準備を完璧にしてから挑戦しよう! 異論がある奴はいるか?」
俺の言葉に三人とも首を振った。俺は話しをまとめた。
「とにかくだ。まずは修行。それからじゃないと、とてもじゃないが、あのエクストラダンジョンはクリアできない! 以上だ!」
そこで絵美はくすくすと懐かしそうに笑い出した。
「なんだよ? 何か可笑しなこと言ったか?」
「いいえ。ただ学校の勉強はできないのに、ゲームのこととなると急に頭が良くなるところは相変わらずだなと思いまして」
なんだか褒められているのか、貶されているのかよく分からないが、とにかく俺は咳払いして、もう一度客観的な意見を告げた。
「だからとにかく修行やレベリングや対策だ。それをしないことには話しにならないということはゲーマーの勘に懸けて、間違いないぞ!」
舞花は納得したように頷いた。
「確かにそうよね。鍛錬を積んでこその剣士だもの! 勇気と蛮勇を履き違えないとはまさにこのことだとあんたに分からせられたわ!」
レビアも無邪気に微笑んだ。
「そうだね。よぉし。装備は任せて! わたしがとびっきり凄いの作っちゃうから!」
みんなの意見が纏まり、俺は指揮を執った。
「よし! それじゃあ。一度ホープ村に帰ろう!」
「「「了解!」」」
そして俺たちは翌朝ホープ村へ帰還するために出発した。ちなみに、絵美は最後に仕事であるイラストを描き上げて、レイルズの街にデジタルデータで毎月数枚のイラストを納品することが決まったのであった。




