第55話『憂鬱のベルフーゼ』
ミスリル鉱山で魔人軍幹部ベルフーゼとの一騎打ちが始まった。まずは手始めに攻撃魔魔法でけん制することにした。
「マジックショット!」
しかし、ベルフーゼは攻撃魔法が直撃しても全くダメージを受けていない。
「ん? 何かした?」
「なっ!?」
余裕な態度を見せるベルフーゼ。どうやら奴の能力は魔法を封じることらしい。だったら戦術を切り替えるだけ、俺は居合のポーズから奥義を放った。
「なら、これでどうだ! スラッシュ!」
神速の居合抜きから放たれた斬撃波も、ベルフーゼの前で消滅した。
「だぁかぁらぁ? 何かしたぁ?」
「どういうことだ!?」
こちらの攻撃魔法だけでなく、奥義すら効かないなんて、奴の能力は無敵だとでもいうのだろうか。
俺はゲーム知識で必死に憂鬱のスキルについて思い出した。そういえば最新DLCのモンスターにそんな能力が実装されるキャラが追加される情報を思い出した。
確か【憂鬱】は、魔法と奥義を無効化するというぶっ壊れ性能を持つ完全防御型のユニークスキルだったはずだ。
だったらやることは一つだけだ。俺は自身に【魔力強化・改】を施して、瞬歩を利用して、一気に敵との距離を詰めた。
そこから繰り出される高速秘剣である燕返しを繰り出した。これは現実の地球で舞花から盗んだ技なので、奥義にはカウントされないだろう。
しかし、ベルフーゼはその二連撃と二回の攻撃判定による高速四連撃を見事に二本のナイフで捌き切った。
「へぇ。思ったよりやるね。ああ。だるぅぅ!」
ベルフーゼは気怠そうに【魔力強化】を発動した。その魔力量だけでわかる。奴のステータスは俺以上だ。
ベルフーゼは気怠そうに笑いながら、高速の連撃剣を繰り出してきた。俺は持ち前の戦闘センスだけで、その太刀筋を全て見切って回避した。
隙ができたので、俺はボディブローを敵に入れ込もうとしたが、それも手で防がれてしまった。そして、今後は逆に相手が横蹴りを繰り出してくる。
俺はその攻撃を半身ずらして回避。そこから霞斬りという秘剣で敵の視線をぶらし、一気に斬り込んだ。
次こそ二連クリーンヒットして、ベルフーゼはにやりと笑った。
「いったぁい。お兄さん。女の子にそんな意地悪するとかモテないよ?」
「色恋なんかどうでもいい。俺たちがしているのはもっと特別で、燃えるような魂と魂の決闘なんだから!」
「ぶはぁ。何それだっさぁ~。雑魚い癖に威勢だけは一丁前だね。やーい。ざこざぁ~こ!」
このメスガキはどうやら分からせてやる必要があるみたいだな。俺はさらに瞬歩で距離を詰めて疾風突きを放った。
しかし、その秘剣もベルフーゼはすぐに回避して、自身の肉体に無詠唱でヒールをかけた。これはほぼ勝ち目がない。
俺はあまりの強敵の強さに戦闘欲求と好奇心が刺激されてハイになった。
「いいね♪ 強いよ君♪ もう俺も本気出さないと失礼だよね! とっておきを見せてやるよ!」
俺はクッズ戦で使用した【魔力強化・改】を物理ステータスに最適化させる技術を使用した。そこからは圧倒的な速度で、ベルフーゼにバーサーク状態で斬りつけた。
「うわぁ。だるぅ。思ったよりめっちゃ強いじゃん。これ死ぬかも……」
俺は何度も何度もベルフーゼを斬りつけて、敵は血飛沫を飛ばして、どんどん生命力が削られていく。
俺はとどめに全エネルギーを一点に集中させた最強の秘剣。絶の太刀が二回入り、一気に敵の生命力を削り切った。
「ぎゃああああああああああああああああああッ!」
ベルフーゼの悲鳴が響き渡る。俺のダメージ感覚では、もう敵の生命力は残り一割しか残っていないだろう。俺はそこで降伏勧告を強く勧めた。
「もうお前では俺には勝てない。降伏しろ! そして、一生牢の中で後悔しろ。それが俺がお前にできる罰と救いだ!」
俺の言葉を聞くなり、ベルフーゼは血だらけになりながら、残酷な真実を告げた。
「ホープ村の英雄さん。あんたさぁ。それって死ぬより残酷なこと分かって言っている? だとしたら、あんたもの凄く傲慢だよ?」
俺は少し言葉に迷った。
「そ、それは……」
確かに死ぬまで牢屋に閉じ込められるなど、退屈な人生を一生強制的に強いるわけで、人によっては死ぬよりもっと辛いことかもしれない。
俺はただ自分が相手の命を奪いたくないという日本人のコンプライアンスという逃げから、そのような選択をしていたのかもしれない。
俺が悩んでいると、ベルフーゼはにやりと笑った。
「どうせ死ぬならさぁ。そこの弱そうな錬金術師のお姉さんを道連れにしてやるよ!」
「し、しまった!?」
俺は完全に油断していた。敵には自身の肉体の魔力を暴走させている。きっとレビアと共に自爆するつもりだ。俺は駆け出そうとしたが、間に合いそうもない。
そこで一筋の太刀が見えた。
「秘剣――絶の太刀!」
その必殺の秘剣により、ベルフーゼは「ぎゃあああああああああ」と叫びながら爆発した。
どうやら舞花がレビアを守ってくれたようだ。
すると、舞花はずんずんと俺に近寄って、思いっきりビンタしてきた。
「人を殺すことから逃げてんじゃないわよ! この弱虫!」
俺は不意の暴力と暴言に、怒りながら反論した。
「馬鹿なこと言うなよ! そんな簡単に人を殺せるわけがねぇだろうが! 命を軽く見るような発言をするな!」
しかし、舞花は一歩たりとも怯まずに食ってかかってきた。
「命を軽く見ているのはどっちよ! もしあんたがあの時魔人を殺していれば、レビアは危険な目に遭わずに済んだ! もしあんたの我儘通りにふたりで来ていたら、間違いなくレビアは死んでいたわよ?」
俺は思わず言葉に詰まった。
「そ、それは……」
舞花は俺に詰め寄り、顔を近づけて、真剣な表情で説教してきた。
「いい? 卓也。ここは異世界なのよ。殺したら死ぬし。殺されたら死ぬ。ゲームと違ってアタシたちは本物の殺し合いをしているの! まあ。異世界人は死んだら、元の世界に戻るだけらしいけど、それは女神と邂逅した者だけ! そうじゃない転生・転移者や、この世界の人たちは殺されたら死ぬの! そんな厳しい世界でアタシは生き抜かなきゃならないの!」
「舞花……。俺……。俺……」
そこで舞花は俺を強く抱きしめた。
「……これだけは覚えておきなさい、卓也。剣士っていうのはね。斬った相手の人生まで背負って生きていく者のこと言うのよ。それが剣士のプライドなの! そして、冒険者なんて職業で食べているアタシたちが背負うべき宿命なのでもあるの! 分かった?」
「ああ。分かった……。分かったよ……。俺……。俺……。うああああああああああああああッ!」
俺は心の底から涙を流した。俺は馬鹿だ。何が強い奴と戦いたいだ。何がゲーマーのプライドだ。何が罰と救いだ。ゲーム感覚で好戦的なフリをして、殺し合いから逃げて、相手に死ぬより辛い苦痛を与えていただけの甘ちゃん野郎だ。それは殺すことより、もっと残酷で傲慢なことだというのに。
俺は舞花の胸で泣きながら、自らの間違いと罪を恥じた。そして、この世界ではやられたら死ぬ。その当たり前の事実を噛みしめて、俺は今日から大切な者や、その大切な人に大切に扱われている自分の命を守るために、人の命を奪う覚悟を決めたのだった。




