第52話『成果物の提出』
翌日。俺は朝早くからレビアの家を訪れていた。レビアの家の鐘を鳴らすと、レビアママが現れた。
「あらルシフちゃんじゃない。またレビアに用かしら?」
「はい。彼女から相談事を受けていましたので、その件で伺わせていただきました!」
「そうなのね。なら、レビアを呼んでくるからちょっと待っていてね?」
「はい!」
レビアママは俺が男爵家の跡取りや英雄になっても昔と全く態度を変えなかった。村人はもう手のひらくるっくる返していたが、この人にとって俺はいつまで経ってもレビアの幼馴染のルシフちゃんなのだ。
なんてことないことだが、俺にはそれが凄く嬉しかった。待つこと数十分。ようやくレビアがやってきた。恰好はいつもの赤の錬金術師服である。レビアは目を擦りながら俺に語り掛けた。
「おはよぉ~。ルシフゥ~。こんな朝早くからどうしたの?」
どうやらこれは昨日も徹夜だったな。俺は端的に要件を伝えた。
「実はさ。道具屋経営の話しをしたら、母さん大賛成だったよ。だから成果物を早速見せにギルドまで来てくれだってさ」
俺の言葉を聞いた途端、レビアは目を丸くして、徐々に頬が紅潮していき、ついにガッツポーズした。
「やったぁ! じゃあ早速レア・エリクサー五本くらい持ってくるね?」
「いや。二本でいいぞ? 落としたら大変だからな!」
「はぁい!」
思った以上に喜んでくれて良かった。待つこと数十分。レビアはポーチを掲げてやってきた。
「さあ。早速ギルドへいこっか!」
「おう!」
俺たちは腕組むしながら、恋人気分でイチャイチャしながらギルドへ向かった。
ギルドへ到着すると、むわっと酒気が漂ってきた。この臭いにはいつまでも慣れないな。俺たちは朝からクエストを受けようとしている冒険者たちの列に並んだ。すると、あちらこちらから噂が聞こえてきた。
「見ろよ。英雄ルシフだぜ!」
「うわぁ。格好いいわ。私と一度くらいデートしてくれないかしら?」
「馬鹿言え。よく見ろよ。英雄にはもう想い人がいるんだよ。それに仮にフリーだったとしてもお前程度の美人なんか相手にされるかよ!」
「何よ。そんなの私だって分かっているわよ。ちょっとくらい夢見させてくれたっていいじゃない!」
「ほんっと。女っていうのは、いつの時代でもイケメンの成功者に弱いよな。それより俺こそ今度剣を伝授して貰えねぇかな? 面倒見の良さそうな人だしワンチャンあるかも!」
「ばっかじゃないの。そんなのないに決まっているでしょ。男って本当に馬鹿ね!」
「ああ? なんだと!」
「何よ! 喧嘩なら受けて立つわよ。私の方があんたよりレベル三つも上なんだからね!」
なんか偉い騒ぎになっている。やっぱり英雄なんてなるものじゃないな。そう溜息を吐いていると、いつの間にか俺たちの番が回ってきた。
「次の方どうぞ!」
「よう! 例の成果物を見せに来たぞ!」
「うぅぅ。泥棒猫のレビア姉ぇぇぇ!?」
ベルゼナは本気でレビアにガンを飛ばしていた。レビアもちょっと困惑しながらも、ベルゼナに声をかけた。
「ベルゼナちゃん。おはよう。ギルマスに会いたいんだけどいいかな?」
ベルゼナは強くレビアを睨みつけながら、不機嫌な態度で応対した。
「はい! でぇはぁ。奥の部屋へと勝手にお進みくださいませ! この泥棒猫様!」
流石に失礼なので、俺はベルゼナを叱った。
「おい。ベルゼナ。その態度は流石にレビアに失礼だろ?」
ベルゼナは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「だって、だってさぁ。お兄ちゃんはあたしの運命の人なんだもん。それをたとえレビア姉にだって、横取りされるなんて絶対に嫌なの!」
まるで兄離れ出来ていない子供のような駄々を捏ね始めた。すると、レビアはベルゼナの手を握り優しく微笑みながら語りかけた。
「ベルゼナちゃんは昔からルシフのことが大好きだったもんね。でもね。わたしだってそれは同じなんだよ。わたし絶対にルシフを幸せにするって約束する。だからわたしたちの仲を認めてくれないかな?」
レビアは微笑んでこそいるがその覚悟は本気だ。その態度を見て、ベルゼナは少し涙目になりながらこう答えた。
「ふぅ。やっぱりレビア姉には勝てないなぁ。いいよ。その代わりレビア姉が他の男に浮気でもしたりしたら、その時こそ、あたしが全力でお兄ちゃんを横取りするから覚悟しといてよね?」
「そんなことは絶対にしないって約束する。だってわたしは世界一ルシフを愛しているんだから!」
「レビア姉ぇ。そこまで本気なんだね。分かったよ。あたしの世界一大好きなお兄ちゃんを任せたよ!」
「はい! 任されました!」
なんかふたりにそこまではっきり好意を向けられると、こちらが照れ臭くなってくる。俺は咳払いして義妹を急かした。
「ほら。そういう話しはまたふたりの時にしろって! 今はレビアの成果物の提出の件が先決だろう? きちんと受付嬢の仕事をしろ!」
レビアはまた頬をぷくっと膨らませてむくれた。
「もう! お兄ちゃん融通効かなさすぎ! そんなだとレビア姉にすぐに愛想尽かれるよ?」
「うっさいわ! いいから早くギルマスの部屋に通せ!」
「はいはい。じゃあ。勝手に通ってよ。もうお兄ちゃんはいちいちアポ取らなくても顔パスで行ける地位なんだからね!」
「全く、本当にお前は適当だな! まあいいや。レビア行こうか!」
「うん。またね。レビアちゃん!」
「またね。レビア姉ぇ!」
めっちゃ横道逸れた。ようやく母の部屋に辿り着き、俺は扉をノックした。
「ギルマス。俺です。ルシフです」
すると、すぐに母の声が聞こえてきた。
「ああ。ルシフかい。待ちくたびれたよ。早く入りな!」
「それでは、失礼します!」
入室すると、母はブラックコーヒーを優雅に飲んでいた。なんかちょっと余裕のある大人の女ぶっていてむかつく。
俺はレビアをそっと母の前へと連れ出した。
「例の成果物の件で来ました。ほら。レビア!」
「う、うん!」
レビアはポーチから三本の【レア・エリクサー】を取り出して母に見せた。
「これが成果物のレア・エリクサーです!」
母はそれを受け取ると、いきなり豪快にぐいっと一口飲んでみた。いきなり飲むなよとツッコミたくなる。母は服の裾で口を拭くと、グッとサムズアップした。
「いいじゃないかい! これ! かなりの高値で売れるよ!」
「あ、ありがとうございます!」
レビアは嬉しそうにお辞儀した。ということはもうこれは確定である。母は予め用意していた書類を差し出した。
「これを受け取りな! 道具屋経営の許可証だ!」
レビアは思いっきり表情豊かに夢見る乙女のように目を輝かせて、許可証を受け取った。
「ありがとうございます! 頂戴いたします!」
これでレビアの夢は叶ったと言えるだろう。しかし、問題なのはここからだ。俺はその話しを母に持ち掛けた。
「それで道具屋の物件を買うお金に関してですが。いい稼ぎ方はありませんかね?」
すると、母は待っていましたといわんばかりに指をぱちんと鳴らした。
「実はね。わりといい仕事が入っていたのさ。ミスリルアーマーを大量生産して欲しい。数は十個で、金額は金貨十枚だ。どうだい?」
金貨十枚ということは日本円なら百万円ということになる。これは確かに美味しい仕事だ。レビアは冒険者カードを差し出した。
「そのクエスト受けさせてください!」
母はコーヒーを一口含んでから、レビアの冒険者カードにQRコードを読ませた。
「ミスリルはダンジョンで採れるような低品質の物じゃ駄目だよ? ミスリルドラゴンが落とす高品質のミスリルで錬金してくれ!」
「ミスリルドラゴンだって♪」
俺は思わず食いついた。ミスリルドラゴンはAランク級の中でも上位のボスモンスターだ。これは戦いたくて仕方がない。
俺は母に申し出た。
「素材採取に関しては俺が同行してもいいですか? いいですよね? ね?」
俺が母に詰め寄ると、ぱちんとデコピンされた。
「アタッ!?」
俺はおでこを撫でると、母が呆れたように溜息を吐いた。
「そんなの言うまでもないだろう。あんたが着いていってやりな! それと舞花も連れて行きなよ? ミスリルドラゴンは難敵で有名だからね!」
俺はその瞬間テンションがダダ下がりした。
「ええぇ~~。舞花連れてったら秒で終わるじゃないですか! そんなの楽しくないですよ!」
母は呆れたように頭を抱えた。
「はぁ。全くこのバカ息子は。好きにしな。でも後から舞花に口うるさく言われても知らないよ?」
「了解でっす♪」
俺はワクワクが止まらなかった。そんな様子をレビアは面白そうに微笑んだ。
「ふたりで冒険は久しぶりだね。よろしくね。ルシフ!」
「おう! くぅぅぅぅぅ! ミスリルドラゴンと戦闘とか、胸熱展開過ぎるだろぉぉぉぉ!」
気持ちが昂ぶる俺に、母は注意をした。
「そんなことより、最近魔人軍幹部の動きが各地で活性化している。充分気をつけな!」
「分かったよ。てか、そんなのむしろご褒美でしょう! くぅぅぅぅぅぅぅぅ。もっと強い奴と戦いたいぜ!」
「全くこのバカ息子は……」
母は頭を抱えた。レビアの夢を叶えるために手伝うつもりが、彼女のことよりも、俺は自分の戦闘欲求が抑えきれなくなっていた。
本日の投稿はここまでです。いかがでしたか?
なるべく忘れずに毎日投稿しますし、忘れたら忘れたでお詫びもしますので、今後とも闇堕ち魔王をよろしくお願いします。




