第5話『勇者視点~闇の始まり~』
勇者視点。
僕ら勇者一行は、ハラグロード村を旅立ち、次の街であるレイルズの街に来ていた。そこで受注したオークの群れ討伐クエストで、僕らは思わぬ苦戦を強いられることになっていた。
「ぶひおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
「くそ! どうして僕の剣技が通用しないんだ!?」
僕の剣術は、目の前のオーク相手に全く通用しない。それは、他のメンバーである聖女ガブリエラや、剣聖ウリエス・フレイアも同様である。どうやら僕らのパーティーレベルでは、このクエストを受けるには早すぎたようだ。
「どうします? ミカリス。わたしの回復魔法のストックも尽きてしまいそうです……」
「ミカリス。こいつはやべぇぞ? 今のオイラたちでは、こいつらには勝てねぇ!」
僕だってパーティーリーダーだ。引き際くらいは心得ている。なので、すぐに撤退の指示を出した。
「ここは逃げるぞ。クエストの成功より、命の方が大切だ!」
「懸命な判断です」
「流石オイラたちのリーダーだぜ!」
パーティーメンバーたちも理解してくれたようで、僕たちは煙球を使い、一目散に現在の拠点にしている、レイルズの街まで逃走した。
「はあ。はあ。はあ。なんとか逃げ切れたか……」
「ええ。でもクエストは失敗。賠償金は銀貨二枚ですわ!」
「くそ。なんだってオイラたちが、オーク如きに苦戦しなきゃなんねぇんだ!」
剣聖ウリエスの意見には全く同意である。勇者。聖女。剣聖。それぞれ世界を救うとう呼ばれるジョブを持ち、【正義】、【愛】、【勇気】のユニークスキルを持つ僕らが、負けるなどあってはならないことだ。
僕らは冒険者ギルドへ赴き、クエストの失敗を報告した。銀貨二枚をもぎ取られ、周囲からは嘲笑うかのような声が聞こえてきた。
「見ろよ。自分は世界を救う勇者だとかいきり散らかしていたクソガキが、オーク如きに無様に負けてやがるぜ!」
「あっはっは。だっせぇ。オークなんてDランクの雑魚だぜ。そんなカスに負けるとか、世界を救う勇者様とやらはどれだけよえぇぇんだよ!」
併設された酒場で食事を取っていたので、黙って聞いていたが、まさにぐうの音も出なかった。
これが今の僕らの実力だ。それでも僕は諦めるつもりはない。なんたって、あの裏切り者のルシフに、世界を救ったあと、たくさん自慢して後悔させてやりたいからな。
それに僕は勇者のジョブだ。選ばれた神に愛された者なのだ。世界を救う使命を持っている以上、なんとしてでもやり遂げなければならない。
たとえ、こんな雑魚冒険者たちより、今の自分らが劣っていたとしても、後で吠え面かかせてやるのだ。今に見ていろ。僕らはこんなところで折れたりなんてしないぞ。
そう意気込んでいたのだが、ウリエスの奴が余計なことを口にした。
「やっぱりルシフがいたら、こんなことにはならなかったんじゃないか? 確かに、意気地のない臆病者だけど、実力だけは本物だぜ? あいつがいたら、俺たちだってオークくらい……」
「うるさいッ!!」
僕は右手で、机の台を思いっきりパンと叩いた。
「あんなクズの話しは今後一切するな! あいつがいたって苦戦していたのは一緒だ。それだけ今の僕らが未熟だということを理解しろ。死ぬ気で、苦しんで、苦しみ抜いて、努力しなければ、僕らは世界を救うことなんてできやしないんだ!」
僕が言うと、周囲から爆笑の渦が巻き起こった。
「あのクソガキ、オークに負けたくせにまだ世界を救うとかほざいてやがるぜ! ひゃははははッ!」
「マジで身の程知らずだな。ばっかじゃねぇの? きっと知性のステータスが低い脳筋に違いないぜ!」
まただ。またバカにされた。でも言い返す資格なんて僕らにはない。だって彼らが毎日こなしているクエストを達成することができなかったのだから。僕はまるで苦虫を噛みしめるような思いで、食事を残して、その席から立ちあがった。
「ど、どこへ行くのです?」
ガブリエラが心配してくれる。彼女はいつだって僕の味方だ。だが、プライドが傷ついた僕に下手な慰めは逆効果だ。僕は先に宿に戻っていると言って、その場を後にした。
「くそう。くそう。くそう。くそう。くそう。くそう。くそおおおおおおおおおおおおおおおおう!」
僕は石造りの壁を叩いた。そして、怒り狂っていたら、小耳に他の情報屋たちの噂が耳に入り込んできた。
「なあ。聞いたか? ハラグロード村にキマイラの群れが襲撃したそうだぜ!」
ハラグロード村だと、もしやルシフはキマイラの群れにやられて死んだってことか、僕は思わず笑いが吹き出しそうになった。
ざまぁみろ。この勇者である僕を裏切るから死ぬことになったんだ。やはりそうだ。所詮、あんな腰抜けがパーティーメンバーになったところで、最初はオークに無様に敗北していたに違いない。むしろ足で纏いにならなくてせいせいした気分だ。
しかし、次の情報屋の話しは僕の予想を裏切る内容だった。
「なんでも。そのキマイラを新人冒険者のルシフって魔剣士が、ソロで討伐しちまったらしい。しかも、キマイラロードまで単独撃破したそうだぜ!」
「へぇ。そいつはすげぇな。どっかのオーク討伐クエスト討伐を失敗した、ぼんくら勇者とは格が違うな」
僕は耳を疑った。そして、自然と言葉が漏れ出ていた。
「嘘だろ……。あの卑怯者が、キマイラロードをソロ討伐だと……!?」
あまりの衝撃に、僕の脳内の何かが破壊されたような気がした。その瞬間ドロドロとして醜い嫉妬の感情と、闇が心の中を支配した。
「くそう。くそう。くそう。くそう。くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
僕は思わず酒樽を蹴飛ばした。そして、宿屋の庭へと向かった。
努力だ。努力するしかない。あの卑怯者が、もしキマイラロードをソロ討伐できる天才なのだとしたら、僕は凡人だ。
勇者として天才であるはずのこの僕が、取るに足らない凡人だと分からされてしまった。
なら努力だ。どんなに苦しくても、血を吐こうが、睡眠時間を削ろうが、圧倒的な努力が必要だ。どんなに苦しくてもやり抜いてやる。
「世界を救うのはこの僕だ! ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
僕は、鬼神の如く剣の素振りを開始した。超えてやる。あの天才を。そして、世界を救った時、絶対に奴と決闘して、分からせてやる。どちらが真の天才かを。
僕はその後、腕が千切れそうになっても、ポーションで無理やり回復して、夜通し、限界を超える素振りを続けた。