第46話『最愛の想い人』
授与式が終わったあと、ようやく色んな面倒事から解放された俺は、レビアの姿を探していた。
どうやらもうギルドにはいないようだ。そこで俺のメイドとなった舞花が、近づいてきた。その美しくも長い黒髪と幼気な顔と小柄な体格を包むのは、父の趣味であろう可愛らしいミニスカート丈のメイド服である。
見慣れた幼馴染がコスプレをしているのは、なんだかちょっとぐっと来るものがある。しかし、俺は他の女に余所見している暇なんてないのだ。
しかし、舞花は俺に語りかけた。
「ルシフ様。本日はお疲れ様でした。もう帰られますか? もし所用がおありでしたら、アタシが同行致しますが。如何致しますか?」
同行ってさ。同行は不味いよ。今から好きな人に告白しに行くっていうのに、他の女性が付き添いで来るとか情けなさ過ぎる。
なので、俺は舞花にこう告げた。
「すまん。所用があるのは事実なんだけど、凄くプライベートな用事なんだ。だから俺が自宅へ帰るまで外してくれないかな? 七時までには帰るからさ! な? 頼むよ?」
俺は必死に頭を下げると、舞花はため息を吐いて、スカートの裾を持ち上げて、頭を下げた。
「かしこまりました! それでは失礼ながら先に屋敷で待機させていただきます!」
俺は一安心して、舞花に睨まれた。明らかに不信感を抱いている。正確には、こいつは転生者じゃないのかという疑念だろう。
流石に実は幼馴染の倉杉卓也本人であることまでは察してはいないであろう。たぶん。
とにかく、いま優先すべき、最優先事項はレビアを探すことだ。俺はギルドの建物から飛び出して、村中を散策した。
それでもレビアの姿は見当たらない。そこで俺はふとルシフだった頃の記憶を思い返した。
「そうか! きっとあそこだな!」
俺は自分の記憶と直感を信じて、村の噴水の前まで移動した。そこにレビアがちょこんと可愛らしく腰かけていた。
そして、静かに俺の姿を見るなり、優しく微笑んだ。
「やっと来てくれた。待っていたよ。ルシフ……」
どうやら彼女は俺がやって来ることを予測した上で、この噴水の前まで移動したらしい。
ということは彼女も覚えてくれていたということか。俺はなんだか嬉しくなり、彼女の隣に腰かけた。
「探したよ。まさかとは思ったけど、どうやら俺の勘が当たったみたいだな」
レビアも頷きながら、変わらず微笑を崩さなかった。
「うん。そりゃそうだよね。だってこの場所は、わたし達が小さな頃に、結婚の約束をした場所だもんね!」
「ああ。そうだな……」
そうルシフだった頃に、ここで彼女と結婚の約束をした。小さな子供の児戯に過ぎないが、それでも俺にとっては、ルシフにとっては特別な場所なのだ。
だから、いつもデートでは、この噴水のベンチに腰かける。何度も、何年経とうとそれは変わらなかった。
もうその時点で答えは出ていた。だというのに、俺が鈍感なせいで、何処までレビアの繊細な乙女心を傷つけ、怒らせ、絶望させたかは想像に難くない。
しかし、俺はもう鈍感なラノベ主人公みたいな男ではない。一人の人間として、たった一人の想い人を、本気で愛する覚悟を決めた漢だ。
俺は彼女に勇気を振り絞った。
「レビア。俺は……実は……お前のことが……」
そう言いかけた時、レビアの口からとんでもない科白が飛んできた。
「ねぇ? ルシフって、本当は転生者なんでしょ?」
その言葉に俺はどきりと心臓が貫かれた気がしたが、それでも怯まず、誤魔化さずに正直に答えた。
「ああ。その通りだ。俺の前世は倉杉卓也っていう日本人で、トラックに轢かれて死亡して、ルシフの魂と融合を果たした異世界からの転生者だ!」
レビアはそれでも微笑みを崩さずに、寧ろもっと嬉しそうな表情へと変化した。
「ふふ。やっぱりそうだったんだね」
俺は誤魔化しようがないので、彼女に本音を聞いてみることにした。
「いつから気付いていたんだ?」
「最初からだよ。最初から、あれ? いつものルシフと違うなって、勇者の仲間にならなかった時点で、なんとなく気が付いていたの……」
「そうか。まさか初見で見抜かれるとはな……」
これは盲点だった。まさか最初からとは。そして、レビアは得意気に指を立てて語り出した。
「そんなの当然だよ。だってルシフはわたしの大切な親友であり、幼馴染なんだよ。気が付かないわけがないじゃない!」
「そうか……」
どうやら俺はレビアとルシフの絆を舐めていたようだ。そうだよな。幼馴染なら、兄妹同然に育った存在なら、すぐに違いに気が付くよな。
それを理解した上で、俺は改めて、自分の想いを告白する覚悟を決めた。そうだ。彼女は倉杉卓也でも、魔剣士ルシフでもない。この転生者であるルシフ・ホープ本人を見ていてくれていたのだ。そのことがとても誇らしく、嬉しく感じた。
俺はすぅっと息を吸い込み、腹を括って話し始めた。
「レビア。俺はお前に伝えたいことがある。聞いてくれるか?」
レビアは真剣だが、何処か緊張した面持ちで、頷いた。
「はい……」
俺は自身の想いを、ありったけの気持ちを込めて、盛大に彼女に告白した。
「俺は……転生者ルシフ・ホープは、錬金術師レビアのことを世界で一番愛している。だから、俺と……結婚を前提にお付き合いしてください!」
言った。言ってしまった。もう後は彼女の返事待ちだ。俺はフラれる覚悟はしていた。いくら転生後の俺に彼女が好意を抱いていてくれたとしても、所詮はルシフでも、倉杉卓也でもない偽物だ。両者の魂が混じった全く違う人間――魔剣士ルシフ・ホープだ。
その俺を彼女が受け入れてくれるかは定かではない。そんな不安を払拭するかのようにレビアは俺を抱きしめてきた。
「そんなの絶対にはいって答えるに決まっているでしょ! だって、わたしが世界で一番愛しているのは、ルシフでも、前世のあなたでもなくって、いまのあなた、ルシフ・ホープという、わたしだけの英雄なんだから!」
その言葉で俺は涙腺が決壊した。溢れ出す涙の流れに飲まれて、俺はついに本気の、本当の想いを、俺の覚悟が漏れ出ていた。
「う、うぅぅ……! お、俺もだぁ! 俺も世界一レビアを愛している。だから……。だから、俺は……、ひっく、俺はぁぁぁ! 何があろうともお前を守ってみせる! たとえこの命が尽きようとも、何度だって生まれ変わって、お前を愛して守り抜く。それが俺の……ルシフ・ホープのゲーマーとしてのプライドだぁぁぁッ!」
「うん……! うん……! うん……!」
俺だけでなく、レビアの涙腺も崩壊した。いい歳をした思春期の男女が互いを抱きしめ合いながら、まるで子供のように泣きじゃくった。
こうして俺たちふたりは本当の意味で互いの気持ちを理解して、真の恋人同士として、何度も、何度も求めあうように唇を重ねた。
俺は闇堕ちするはずだった魔王が、光の存在へと覚醒し、人としての本当の幸せを手にするまでの物語。




