第44話『ゲーマーのプライド』
しんと静まるベルフゴル家の前で、俺とクッズは互いを見つめ合った。こいつはどうしようもないクズだ。
だが、それは俺も同じだ。
でも奴は真のマッドサイエンティスト系のクズであり、俺はまだ人の心が多少はあるガチゲーマーのクズだ。
でもおそらく奴の誇りは見せかけだ。その証拠に奴はこの世界を、このゲームを愛していない。
それが先ほどのダメージ感覚の無さや、【リヒール】と【バリア】で、相手の攻撃を最小限にしている相手に【ブレイドダンス】なんて、一発の火力が低い技を使ってしまうのだ。
明らかな戦闘経験の無さが如実に表れている。
どんなに漆黒の翼を纏い、堕天使ルシファーを気取ろうとも、それは所詮、見せかけだけの道化にしか見えなかった。
だからこそ、俺は絶対に負けたくない。家族への想い。レビアやその家族への想い。そして何より、ゲーマーのプライドに懸けて負けるわけにはいかないのだ。
俺は最強の敵に最大限の敬意を以て、剣を構えた。
「行くぞ! クッズ!」
「来い! ルシフ!」
俺は思いっきり大地を蹴り、空中にいる相手に何度も、何度も斬りかかった。ダメージ判定が二回入り、相手の生命力がじわじわ削り取る。その速度はいつも十倍ほどの速さだった。
「ぐはぁ!? な、何故だ!? 何故、俺様より圧倒的にステータスが低いというのに、そんな速度を出せる!?」
俺は高速で敵を斬りつけながら、はっきりと宣言した。
「愛だよ!」
「何だと!?」
「俺はこのゲームを愛している。だからこそ魔力の練り方や、筋肉の細かい動作まで、どうすれば最適に早く動けるか感覚的に理解している! さっきも言ったが、お前とはゲームへの知識と努力が、何よりこのゲームに懸ける愛が違うんだよ!」
ルシフはその言葉に震えて、身悶えするように嗤った。
「はは。ははは。ふっはっはっはっはっは! いい! いいぞ! ならその愛諸共、この俺様が解剖しつくしてやる!」
俺は静かに、だが敵への敬意を込めて、笑った。
「ふっ! やれるものならやってみろ! お前に本当のゲーマーの戦いというものを教えてやる!」
俺たちは何度も何度も斬り合った。互いの譲れない想いのぶつかり合い。その重みを剣に込めて、一合する度に、闘志を滾らせた。
「あっはっは♪ いいね。楽しいよ。ルシフ!」
「ああ! 俺もだ! クッズ!」
言葉なんて要らない。俺はゲーマーとして、魔剣士ルシフとして、最大にして、最高の一撃を何度も何度も打ち込んだ。
相手も徐々にだが、こちらの動きに対応して、ちゃんと攻撃を弾き返してきている。やはり異世界人のチートボーナスに加えて、魔族化による圧倒的な強化により、ステータスが桁外れになっている。
俺も想いと魔力操作の技術で圧倒しているが、まずステータスだけなら、圧倒的な差で負けている。そのため、こちらの攻撃にも簡単に反応して、対処できるだけのスペックがあるのだ。
このままではいずれ俺の攻撃は奴に届かなくなり、逆にこちらが劣勢になるだろう。
ただ攻めまくるだけが、ゲームではない。俺はかつて自分が犯したゲームでの失敗を思い出した。
こうしてはいられないと思い立ち、俺はポーチから、魔法札を取り出した。それはレビアから前にダンジョンでもしもの時のために貰っていた。とびっきり厄介な代物だ。
確かにステータスは有利になれる。でもそれだけでは決まらないのがゲームの奥深さだ。ゲームという物の本質は知性の戦いだ。どうすれば敵が嫌がるか、弱点を突けるのか、こちらが有利に立ち回れるのか、的確な戦術を編み出すことに意義がある。
その一手として、俺はこの魔法札を使用することに決めた。
「魔法札発動――【ストロング・バインド】!」
「な!?」
妨害魔法【ストロング・バインド】は、相手を縛り、二ターンの間行動不能にさせることができる。いくら状態異常系の耐性を上げていても無駄だ。
この【ストロング・バインド】は必中魔法。普通の【バインド】と違い、効果を無効化することはできないのだ。
それでも【ディスペル】などで解除できるが、それは仲間がいた場合のみだ。現在ソロのあいつに、この魔法を解除する手段は一〇〇パーセントない。
クッズは堕天使としての翼を縛られてしまい、地面へと落下した。
「くそ! 猪口才なことをしおって見損なったぞ! ルシフ!」
俺はその言葉をあっさりと否定した。
「あのな。クッズ。ゲームっていうのは、そもそもこういうものなんだ。たとえ卑怯に思える妨害魔法だって立派な戦術だ。事前の準備と対策と戦術を制した者だけが、自分より格上の敵に勝利できる。それがゲームの奥深いところであり、面白さの一つなんだよ!」
ルシフは必死になって首を振る。そして、狂気を通り越した憤怒を俺にぶつけてきた。
「認めない。認めない。認めない。認めない。そんなくだらない物は認めない。卑怯者! 恥を知れ! 正々堂々と戦え! 戦う者の、男としての誇りを汚すな! このクズがぁぁぁぁぁぁ!」
俺はゆっくりと首肯した。
「ああ。俺は卑怯者だ。だが、俺は戦士でも男の中の男でもなんでもない。ただのゲーマーだ。俺はゲーマーとして負け筋をなくし、勝ち筋を見出すために、対堕天使クッズに対して、最も有効な戦術を選択したに過ぎない!」
クッズは何度も何度も首を振った。
「俺様は認めないぞ。ゲームなんて。ゲームなんてなぁ。そんな子供染みた児戯の価値観で俺様と貴様の戦いを穢すな! そもそも俺様はなぁ。こんなクソみたいなゲーム世界なんか大嫌いなんだよ!」
その言葉に俺は、腸が煮えくり返り、憤怒した。
「な、なんだと……!? もう一度言ってみろ……。もう一度言ってみろよぉぉぉぉ! この屑野郎がぁぁぁ!」
俺はクッズの頬を思いっきり殴った。二回の判定が入り、彼の両頬は赤くなった。
そして、俺は溢れんばかりの想いの丈を、全てこの屑野郎にぶつけた。
「いいか? クッズ? これだけはよく覚えておけ!」
俺は拳を握りしめて強く訴えた。
「俺の目の前で、このゲームを、この世界を馬鹿にすることだけは許さねぇ! 絶対にだッ!」
「うるさい! うるさい! うるさぁぁぁぁい! こんなゲームなんて……。こんなゲームなんてなぁぁぁぁ! 世界で一番つまんないんだよぉぉぉぉ!」
クッズの怒りの咆哮を聞き、俺の怒りは頂点に達した。その溢れんばかりの怒りを胸中に潜めて、俺は理性的でありながら、最も残酷な対応をした。
「ふぅ……。どうやら俺たちは分かり合えないようだな。もう終わりにしよう。いますぐお前に引導を渡してやる!」
滾る鼓動。熱く燃える憤怒の魂から、溢れるばかりの魔力を剣に宿し、俺は自身の最大にして最高の奥義を解き放った――!
「終わりだ! クッズ! ゲーマーの、この世界を愛する者たちのプライドを思い知れ! ダークネスブレイカァァァァァァァァッー!!」
圧倒的な虚無の渦が発生する。一つ目で翼が消え、二つ目で角が折れ、三つ目で尻尾が引き裂かれ、四つ目で堕天使の姿そのものが消え去った。
「俺様は……。俺様は……。俺様は……。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
次の瞬間、クッズは虚無に飲まれて消えた。そして、元の人の姿へと戻り、気力を失って気絶した。
そう俺は奴を殺さなかった。殺し合う前提の戦いで、俺は奴を生かす道を選んだ。先ほどの虚無の攻撃の最後は奴の体内にある異宝石の魔力だけに狙いを絞ったのだ。
結果、奴は元の人の姿に戻り、過度な魔力切れを起こしたことにより、俺を複製して融合させた姿も、元の金髪の悪徳貴公子クッズ本来のものに戻っていた。
「ふぅ……。終わったな……」
一息入れて、肩の力を抜いて、哀れなクッズの姿を眺めながら誓った。
俺はこの男の偏愛を受け入れない。この男の命も奪わない。だが、この男が奪った尊い命の数だけ報いは受けさせるつもりだ。
それが、それこそが、この哀れで、愚かな男にしてやれる、最大の罰にして、最高の救いだ。
一時間後、事が収束し、先ほどの人体実験に関する証言を録音していた母の手により、クッズ・ハラグロードは罪人として、衛兵に捕えられた。
結局、焼き肉パーティーは中止となった。その後、俺は自室のベッドに崩れ落ち、戦いによる疲労のためか、秒で深い眠りへと誘われた。




