第32話『本気の恋』
ハラグロードダンジョンの隠しエリア。つまりエクストラステージさえも踏破した俺たちは無事Bランク冒険者に昇格した。
母からはもうAランクと認めても可笑しくない実力を有しているが、経験の浅さと、未知のダンジョンへ無謀にも挑戦するという思慮に欠けた行動がマイナスポイントとなって承認されなかった。
母曰く、どうしてもAランクになりたいなら、村や街の一つでも救ってみせろと言われてしまい、それ以上言い返せなかった。
ダンジョン攻略後以来、レビアはまた自宅に籠り錬金術の研究に励んでいる。俺も負けてはいられない。あんなイレギュラーな事態が今後も起こらないとは限らない。だからダンジョン攻略動画や、本や文献や、魔導書や剣術の奥義書など、知識を重点に置いて研鑽を積み重ねた。あのダンジョンでの欠点を洗い出すとすれば、俺がゲーム原作の知識により過ぎているということだ。
つまり、この異世界での知識はほとんどない。いくらゲーム原作の世界とは言え、異世界人の手や、神々の手により、この世界は本来のルートから外れていると考えて良さそうだ。
なら俺にやれることは、少しでも情報を集めて、より効率的に、無駄のない異世界攻略法を模索することである。
ステータスだけは最強クラスなのだ。足りないのは異世界での実戦経験と知識だ。俺は知識だけでなく、最近は積極的に、普段狩場にしないようなエリアにも足を運んでいる。
こういう小さな積み重ねが異世界で生き残るための術なのだ。俺は今日も父の書斎で、父が書けない。書けないと悲鳴をあげて、原稿を破っては、コーヒーを飲みながらだらだらしている姿を眺めながら、黙々と本を読んで勉強していた。
そんな時、父は急に素っ頓狂なことを言い始めた。
「ねえ? ルシフ? レビアちゃんとは何処まで行っているんだ?」
俺は思わず父が淹れたコーヒーを噴き出した。なんとか本にかからないようには気を付けたが床が濡れたので、タンスからタオルを取り出して拭き始めた。
そして、こちらをにやにや眺めて仕事をサボり続ける父に、俺は文句を言った。
「なに馬鹿なこと言ってんだ! 息子の恋愛話しなんかに花を咲かせる暇があるなら、さっさと原稿進めろよ!」
父はその途端虚無な瞳になりながらこう抜かした。
「ルシフ。名作を産みだすには何度も没にして、絶望する過程が必要なのだよ。僕はその絶望を少しでも和らげようと息子が早く孫の顔を見せてくれないか、せがんでいるだけじゃないか!」
また書かない言い訳をしているので、俺は父に現実を分からせた。
「そんなことはどうでもいい。言っとくが、カレンダーに書かれている締め切りまであと三週間しかないんだぞ? 一体何文字書いたんだよ?」
父はまた虚無な瞳で、はっきりと自分の置かれた厳しい現実を独白した。
「まだ一万文字くらいかな……。あと九万文字もある……。でも、まあ、きっとなんとかなるだろうさ!」
俺はあまりの父の怠惰っぷりに呆れて、一応、注意だけしといた。
「言っとくけど。また締め切りギリギリになって何日も徹夜するのだけは辞めとけよ? 父さんも、もう歳なんだから、あんまり無茶ばかりしていると病気になるぞ?」
父は得意げに言い放った。
「大丈夫。食事だけは栄養満点だし、母さんやベルゼナの素振りにも付き合っているしね。そう簡単に病気になったりしないさ!」
いや、元気なんだったら、はよ原稿書けよと思う次第である。まあ。親の仕事にあまり息子が口を出すのも、不躾というものだろう。
一応、家の家計を支えているのは、父さんがたまに生み出すメガヒット作品に支えられているのだから。
とりあえずこれ以上会話をしても、つまらないので、黙って本へ目を通す。「構ってくれよ~~」とかほざくダメ親父を放っておいて、俺はどんどん本を読み進めた。どうやら、古代の文献によると、この世界で、ダンジョンには過去にイレギュラーな事態が発生することがかなり低い確率であったようだ。
でもそれは数百年に一度あるかないかの自体であり、異世界人が世界を改革し始めた頃から、そういう事態が起こり始めたらしい。
つまりゲーム原作のキャラに転生するという、かなり珍しい転生の仕方をした俺は、どうやらこういった超常現象を引き寄せやすいらしい。
せっかく勇者の仲間にならずに破滅フラグを回避したと思ったのに、俺自体がトラブルメーカー気質というのがいただけない。これはより自身の強化と、知識を蓄える必要があるだろう。
もちろん筋トレや睡眠も持続し続けるべきだ。筋肉というのは、最初の頃に付きやすく、後からはトレーニングの負荷と量を増やして、より高たんぱくで、質の高い睡眠が必要とされると、剣道マニアの幼馴染に聞いたころがある。
つまり、何かしらさらにトレーニングの負荷を上げる器具が必要になるというわけだ。
これはさらに研鑽を積まないと、村を守ることなど絶対に不可能だろう。俺は所詮Bランク。異世界人はもっともっと強い奴が沢山要るに違いない。特にあの伝説のダンジョン配信者はSランクらしいしな。あの人に追いつくために、もっともっと努力しなくては。俺は続いて、剣術書に目を通し、次に魔術書、モンスターの生態や弱点、パーティー単位での立ち回り法や、ソロで上手く立ち回る方法など、さまざまな本を要所、要所、使えそうなところを摘み食いしながら、浅く広く読み込んだ。
別に専門の学者になるわけではないし、元から勉強嫌いだから、隅々まで読まなくてもいい。今、実用するうえで、使えそうなところだけに絞って読むのだ。
勉強も読んで覚えようとするインプット型の勉強法より、過去問を解く、読書や勉強したことをメモするというアウトプット型の勉強法の方が記憶の定着率が高いらしい。
だから俺も要所、要所で、メモを取って要約してまとめている。高校受験でピンチだった時に、ネットで学んだ勉強法だ。前世の記憶があるからこそできる芸当だが、俺の素の知性だけでは到底思いつかずに、隅から隅まで読もうとしていただろう。ゲームも勉強も効率良く、要領良くやることこそが最強である。
ために一度読んだだけで高得点を取れてしまう天才はクラスに何人かいたが、そういう天才とは生まれ持った脳のスペックが違い過ぎるため比べても仕方ない。
凡人は凡人らしく工夫して、効率良く、勉強する。それしか凡人が天才を超える術はない。
勉強は嫌いだけど、ゲームのためなら、どんなに辛い努力でも頑張れる。実際にゲーム知識の勉強だけは、かなり得意だし、最速の攻略法のコツやダメージ計算の結果や戦闘事の立ち回りの仕方など、きちんとメモを取っていたしね。
とにかく数十時間書斎に籠り、父の「乗ってきたぁ!」とか「駄目だ。書けない」と躁と鬱を繰り返す情緒不安定さにドン引きしながらも、そこは雑音だとじっと堪えて、勉強に集中した。
そんな日々を一週間ほど送り続けて、そろそろ本格的に剣術や魔法の実践を試してみるかと朝早くから家の外へと足を運ぶと、家の門前で最近全く姿を見かけなかったレビアの姿があった。しかも手には何やら袋を二つ抱えている。
俺は陰キャ特有の自分から声をかけるという難易度高めのイベントにあたふたしていると、レビアの方からこちらの気配に気が付き近寄ってきた。
「おはよう。ルシフ。Bランク昇格した時以来だね」
俺はどう答えたものか迷っていたが、無難に適当に挨拶を返しておいた。
「ああ。そうだな」
コミュ障丸出しの俺の科白に、レビアはくすりと微笑みつつ、俺に二つの袋を手渡してきた。
「はい。隠しエリアを頑張ったルシフへ、わたしからのプレゼントだよ!」
「え、お、おう! ありがとう!」
プレゼントって何だろう。またクッキーか? それともこの大きさからすると巨大なバゲットという可能性もある。俺が戸惑っていると、レビアがニコニコ笑いながら、話しを進めた。
「ほら。せっかくだし。開けてみてよ?」
「お、おう! それじゃ遠慮なく……」
俺は袋を開いた瞬間、脳内の幸せホルモンが大量分泌される感覚がした。何故ならその袋は二つとも俺にとって嬉しい以外の何物でもない代物、まあ、要するに、新しい魔装備と防具だったからだ。
しかも冒険者カードで鑑定してみたところ、この魔装備は【虚無の魔剣】と呼ばれるゲーム知識では見たことも聞いたこともない武器だ。防具の方も【影竜のコート】と表示されており、これも見たことも聞いたこともない。
しかもその性能はレア度がSランク。しかも攻撃力は120オーバーだ。しかも+3の表記もされており、既に強化済みであり、+3の追加できる攻撃力の理想値である15ポイント。つまり攻撃力135の最強クラスの魔剣をプレゼントされたのだ。
しかも防具の方も防御力は100と表記されており、こちらも+3表記がされており、状態異常無効化率25パーセントが二つ。魔法耐性率25パーセントが一つというこれまた見事な理想値を叩き出して強化されている。しかも基本効果が状態異常と魔法耐性は50パーセントアップするというぶっ壊れ性能であり、俺は自身の弱点である状態異常と魔法耐性を75パーセントも無効化できるという超強力な装備を手に入れてしまったのだ。
これにアクセを何個か身に着ければ、全ての状態異常耐性100パーセント。魔法耐性100パーセントというぶっ壊れ性能を手にしてしまうことになる。
正直、俺はこのプレゼントが嬉しすぎて、レビアの手を掴んで握りしめて、ぶんぶん振り回していた。
「レビア。本当にありがとう! これ最高のプレゼントだよ! でもどうやってこんな装備を買ったんだ? さぞ高かっただろう?」
レビアは首を左右に振って、今までの彼女の行動に納得感のある答えを提示した。
「違うよ。わたしが錬金術で一から作り出したの」
そのあまりにもぶっ飛んだ発言に俺は驚きを隠せなかった。
「これをお前が作ったって言うのかよ?」
レビアが今度は首肯した。
「うん。ルシフのために何日も部屋に籠って錬金したの。どうせまた中途半端な理想値じゃ文句言うに決っているから、攻略で入手した素材全部使って作っちゃった♪」
俺はあまりの感動にレビアを抱きしめた。
「ありがとう……。嬉しい……。本当に嬉しいよ……」
俺は必死に涙堪えながらも、つい目元から数滴の雫が零れ出てしまった。レビアは「ちょ、ちょっと……」と動揺したあと、俺を突き放して、人差し指を立てて、注意した。
「いい? こんなプレゼントあげたんだから、次からはもっと自分を大切にすること! 分かった?」
「は、はいぃぃぃっ!」
俺はつい彼女の圧に負けてしまい、挙動不審な返事をしてしまった。レビアは「ふふふ」と笑いながら、今度は彼女の方から抱き着いてきた。
「わたしはルシフが強くなるためだったら、どんなことだって協力するからね? それだけは忘れないでよね!」
俺は胸が熱くなり、ひたすら彼女の背中で涙を流した。
「ああ。ありがとう。本当にありがとう……」
俺はもうこれ以上ないくらい感謝の気持ちでいっぱいだ。俺なんかのために全ての素材を費やして、何日も家に引きこもって、この装備を作ってくれたのだ。こんなことをしてくれるなんてレビアは天使だ。そして、そんな天使な彼女を抱きしめながら、より覚悟を深めた。俺は何があったとしても、彼女だけは守ろう。この命に換えても、彼女を守り通そう。恋愛対象にはならないかもしれないが、それでも俺は一途に彼女を想い続けよう。
俺は転生後初めて、本気で彼女に恋をした。
本日の話しは以上です。いかがでしたか? 今後は毎日一話投稿となります。
それでは今後とも闇堕ち魔王をよろしくお願いいたします。




