第31話『ダークネスブレイカー』
あれから数時間ほど抱き合ったまま、俺たちは眠り込んでいた。今思うと、年頃の男女が身体を寄せ合って眠りにつくなんて、コンプラ的によくない。
まあ、互いに疲れていたし、何も変なことは起きなかったけどね。
俺は光の扉とボスドロップの宝箱を目にした。そういえば、まだ回収していなかったっけか。
「ううぅ……。ふわぁ~~!」
どうやらレビアも目覚めたようだ。そして、抱き合ったままの体勢に気が付き、顔を赤らめて、すぐ離れた。そして、すぐに俺に女子なら疑って当然の言葉を口にした。
「ねえ? ルシフ? まさか変なこととかしてないよね?」
俺は相手に誤解を招かないように、冷静に首を振った。
「そんなわけないだろう。ダンジョンの中でそんなことする阿保がどこの世界にいるんだよ!」
すると、レビアはちょっとからかうような視線で、こちらを眺めながら指摘してきた。
「どうかなぁ? 知性のステータスの低い人に言われても説得力ないんだけど? でも……まあ、幼馴染だし……、一度くらいなら変なことしても許してあげないこともないけど……」
最後の方の科白が小声だったためよく聞き取れず、俺は彼女が何を言ったか、確認しようと試みた。
「へ? 今、何か言った?」
すると、レビアの顔は真っ赤になり、なんか急に怒り出した。
「べ、別になんでもないよ! 本当に鈍感。ちょっとくらいは気付いてよ。バカ!」
何をそんなにお怒りになっているのだろうか。それより宝箱の中身が気になるため、俺は話題を変えた。
「まあ、まあ、まあ。そんな怒ってないでさ。とりあえず、宝箱の中身を確認しようぜ? またレア級アイテムかもしれないし!」
レビアも納得したのか、あっけなく頷いた。
「ま、まあ。それもそうだね。じゃあ、早速確認しますか!」
俺たちは浮かれながらも、冷静に鑑定アイテムを使用して、安全を確認してから、宝箱を開けた。
そこには伝説のS級素材【アダマンタイト】が入っていた。
「嘘だろ? これって、あのアダマンタイトか!?」
「うん。間違いないみたい。これが出たってことは、そろそろこのダンジョンも終わりが近いのかもしれないね」
俺もその意見には賛成だった。
「確かにそうかもしれないな。冒険者の心得にも、ダンジョンボス戦前には、レアなアイテムがドロップしやすいって定石があるくらいだし、それにあの扉だしな……」
レビアは扉を見て、はっと俺の感じた違和感に気が付いたようだ。
「扉の色が光輝く黄金色から紫色に変わっている! ということは、もしかして……」
俺は頷いた。
「ああ。おそらく次で最後だろう。今まで一度も出ていなかったことを考えると、ダンジョンボスはおそらくドラゴンの強化種だ!」
レビアは唾を飲み込み、緊張した面持ちで、拳を握りしめていた。
「そっか。次で最後なんだね……。本当にわたしたちだけで、クリアできるのかな……」
不安がるレビアの手を握り、俺はさっき誓った言葉をもう一度口にした。
「大丈夫。いざとなったら命に換えても、俺がお前を守るから。それに無策ってわけじゃない。俺も秘策くらい用意しているさ!」
レビアはその言葉を聞いて、胸を撫でおろし、俺と視線を合わせてゆっくり頷いた。
「……うん。わかった。ルシフの言うことを信じるよ。だってルシフはここまでどんなモンスター相手にも負けなかったもんね!」
俺は頷いた。
「ああ。だから恐れずに進もう!」
「わかった! わたし、もう恐れたりなんかしない!」
俺たちは【アダマンタイト】をリュックにしまい込み、息を合わせて、ボスの扉に手をかざした。
「行くぞ!」
「うん!」
俺たちは扉に触れると、紫の光に包まれて、扉の中へ吸い込まれた。その中には、黒い巨大なドラゴンが玉座の前で鎮座していた。
「あれは……。シャドウドラゴン!」
動揺していたのは俺だけじゃなかった。
「そんな……。シャドウドラゴンなんて、魔王級に強いAランクのボスモンスターだよ? こんな低レベルモンスターしか出ないって噂のダンジョンに出現するなんて、そんなの反則だよ……」
確かにレビアの言う通りだ。こんなのは反則だ。ゲームバランス的にも無茶苦茶で、ネットで初見ユーザーが文句を言って炎上するレベルの改悪アップデートだ。
でも、だからこそ、面白い。だからこそ、わくわくする。だからこそ、ゲームは辞められない。
俺はもうゲーマーとしての好奇心を抑えきれなくなっていた。そして、レビアにこう伝えた。
「レビア。今回はお前もなるべく攻撃してくれ。せっかくこんなに面白いボス戦なんだ! どうせなら、ふたりで力を合わせて攻略したい!」
俺の言葉にレビアも頷いた。
「うん。分かった。わたしもありったけのアイテムを駆使して戦うよ!」
俺たちはそれぞれ武器を構えて、A級ボスモンスター【シャドウドラゴン】と対峙した。敵意ありと見なした途端、相手は耳の鼓膜が破れるほどの途轍もない爆音で吠えた。
「ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおすッ!」
俺は脳内のアドレナリンやらドーパミンが過剰分泌されるのを感じた。これは想像以上の強敵だ。もうワクワクが止まらない。もうこれ以上堪えることができずに【魔力強化】を使用して、限界を超えるほど、圧縮させた魔力を身に纏った。
「行くぞ! 戦闘開始だ!」
「了解!」
まずは俺が超高速度で突っ込み、【シャドウドラゴン】の右腕を斬り裂いた。しかし、二回のダメージ判定があるにも関わらず、相手に届いた攻撃は浅い切り傷程度だった。
そして、相手もこちらの動きに反応して、巨大な鉤爪を振り下ろす。俺は即座に反応して、その攻撃をガードする。軽く十メートルほど吹き飛ばされて、俺はなんとか受け身をとって体勢を立て直した。
そこで生まれた一瞬の隙を埋めるように、レビアが魔法札は解き放つ。
「獄炎の魔法札発動! いっくよー! エクスプロード!」
原作でも禁忌級の炎魔術【エクスプロード】が発動した。その魔法札はゲームクリア後でも、あまりにも高すぎて、最初の方では、購入不可能なSランク級のマジックアイテムであり、賢者ラフィエルが習得する最強魔法のひとつだ。
そのあまりの威力に、ユーザーからは、核弾頭との呼び声も高い伝説の魔法だ。まさか間近で拝める日がこんなにも早く来るとは、俺も思ってもみなかった。
最強の魔法が【シャドウドラゴン】に襲い掛かり、ステータスウィンドウを心で念じて確認したところ、生命力の半分近くを削り切っている。
これだから錬金術師の作るアイテムは恐ろしいのだ。素材とレシピさえあれば、伝説の魔法すら簡単に再現できてしまうんだからな。
正直、レビアの秘策は俺の十倍くらい上を行くほどの代物だった。ならば、俺もここで秘策を使わないでどうする。
しかし、敵は追いつめられてきたことで余裕がなくなったのか、ついに【シャドウドラゴン】が持つ最大のブレス奥義【デスブレス】を吐き出してきた。
「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
吐き出された闇の吐息を喰らうと、強制的に生命力の残り残量が十分の一まで減ってしまう。
俺はなんとかレビアだけでも、逃がすために、速攻で攻撃魔法を放った。
「マジックショット!」
かなり加減して発射したので、おそらく生命力も二割ほどしか減らないはずだ。俺のマジックショットで吹き飛ばされたレビアは「へ?」と驚いた表情をしていた。俺はそんな彼女に最大の笑顔を送り、闇の吐息を剣だけで受け止めた。
「ル、ルシフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
俺は闇の吐息に包まれて、生命力が残り一割まで、減ってしまった。身体が痺れる。俺は異世界に来て、初めての死の危機へと追いやられた。それを逃すことなく【シャドウドラゴン】は連続でブレスを吐き続ける。
「ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は即座にレビアから貰ったクッキーを全部口内へ放り込み、嚙み砕き、飲み込んだ。そのおかげで敵のブレスが止むまで、なんとか持ち堪えることができ、生命力も一割で踏みとどまった。
こんな窮地初めてだ。俺はあまりにもワクワクした戦闘に、思わず笑いが止まらなかった。
「ふふ。ふふふふ。あっはっはっはっはっはっはっはっはっは! まさかここまで追いつめられるなんてなぁ! これはガチのマジで胸熱展開過ぎるだろぉぉぉぉぉ!」
俺はいきり立ちながら、脳汁がもう止まることなく溢れ出し、ドーパミンとエンドルフィンが大量に分泌された。
もうこんなにも楽しい時間が過ごせるのなら、死んでもいいくらいだ。
俺は最高の闘志を滾らせて、ついに秘策を使用する決意をした。これはルシフがレベル60になると熟練度や奥義書などを読まなくても習得できる最強の奥義――。それを今この時を以てして解き放つ――。
「行くぞ! シャドウドラゴン! ゲーマーのプライドを思い知れ! ダークネスブレイカー!!」
たった一本の初期魔装備。そこに纏う魔力は超常級。このブリファンという世界において、最強にして最大級の火力を誇る奥義【ダークネスブレイカー】。その途方もない虚無の剣は、全ての物体を消し去るほどの圧倒的破壊力を持ち、まさにこの世に存在してはならない禁断の奥義。その虚無の剣を以てして、俺はこの影の巨竜を葬り去る。
放たれた虚無の剣波は、相手にぶつかるなり、虚無の渦を生み出した。その渦が増大し、誇張し、爆発した。
断末魔すら与えぬほどの圧倒的な火力。その虚無の闇に飲まれて、【シャドウドラゴン】はこの世から完全に消え去った。
確かな手ごたえを感じた瞬間、クリア報酬の宝箱が出現する。俺はすぐにレビアに視線を向けてサムズアップした。
レビアは俺に駆け寄り「また無茶ばっかりして。ルシフのバカァァァァァァ!」と泣きつかれた。
しかし、これでその無茶ももう終わりだ。俺たちはたったふたりだけで、ハラグロードダンジョンのエクストラステージを完全踏破したのだった。




