第30話『ボスラッシュ』
ボスの洪水が止まらない。怒涛のボスラッシュにより、俺とレビアは確実にだが、疲弊していた。あれから十戦はボスを相手にしたのだが、どのボスも通常個体より強化されており、レビアの後方支援がないと危なかった場面も多々あった。それよりもこのボスラッシュにより、俺のレベルは62に到達しており、ついに例のあの奥義も習得した。
そして、現在のボスは強化種の【オーガ】が四匹を相手にしている。もう既に二匹は仕留めたが、まだ半分残っている。俺はまずは一匹目の【オーガ】に電光石火の居合抜きを放った。
「せいっ!」
一刀両断で【オーガ】は倒れた。そして、次のターゲットを探しているのだが、どこにも見当たらない。一瞬の戸惑いが隙を生む。俺は殺気を感じたので上を向くと、そこには巨大な斧を片手に飛び斬りをお見舞いしようとしている【オーガ】の姿があった。対処しようにもコンマ一秒反応が遅れた。しかし、そこで目の前の防御結界が出現して、敵の斧を弾き返す。その途端、背後から強く指示する声が聞こえてきた。
「今だよ! 一気に討ち取って!」
俺は後ろにいる錬金術師に最大の感謝を込めてサムズアップした。
「ありがとう! そして、了解した!」
防御結界が解除され、俺は逆袈裟斬りで、敵の斧を弾き返し、刀を鞘に納めた。そして、敵の呼吸。間合い。殺気。その全てを感じ取り、相手の出方を待ち受けた。
「おがああああああああああ――ッッ!」
ボスモンスター【オーガ】の強化種は、横薙ぎで斧を薙ぎ払った。俺はその風圧が迫りくる直前、足先に魔力を込めて飛びあがった。敵の横薙ぎを躱し、俺はすぐさま刀を敵の頭上へ叩き込んだ。
「せいっ!」
その刹那の一撃が、敵の頭上にクリティカルヒットして、2回判定が入る前に【オーガ】の強化種は断末魔を響かせた。
「おがああああ……っ!?」
そして、その場に崩れ落ちるように倒れ、先ほどまでの殺気が嘘のように消え去り絶命した。
「ふぅ……」
俺は服の裾で汗を拭い、前世の幼馴染の剣技を思い浮かべていた。
先ほど、【オーガ】の強化種にお見舞いした一撃は虎乱刀と呼ばれる秘剣で、これも前世で一目見て習得した剣技のひとつである。
正直、剣道は遊び半分、趣味半分でやっていたが、その経験がまさか異世界に来て活かされるとは、やはりゲームも含めて、人生に無駄なことなんて存在しないのかもしれない。
よくゲームは時間の無駄だとか言う奴もいるが、現にこうして、異世界でも活かされているし、剣道より野球やサッカーの方が金になると、他のクラスメイトに誘われたこともあるが、ゲームをプレイする時間を奪われたくないし、何よりゲームと同じ、剣を振るという行為自体がけっこう好きだったため、俺は剣道をやり続けた。
そして、その経験もこうして、異世界で活かされている。やはり人生に無駄なことなんて、何一つとして存在しないのだ。
俺はポーチからポーションを取り出そうとして、その数を確認する。あと三本。それが残されたポーションのストックである。
圧倒的なボスラッシュにより、いよいよ回復手段も底を尽きようとしていた。俺もこれはちょっとばかし、きついなと思いながら、ポーションには手を付けずに、その場にへたり込んだ。
その直後、俺の隣にちょこんと体育座りをしたレビアが、俺にひとつの袋を渡してきた。
「レビア。これは?」
「さっき言っていたでしょ? ボス戦がひと段落ついたら、わたしの用意した食事を食べさせてあげるって!」
「そういえば、そんなこと言っていたな。それじゃ遠慮なく貰うぞ?」
「どうぞ!」
俺は袋のリボンを解いて、中身を開けると、そこには抹茶色のクッキーが沢山詰まっていた。その一欠けらを摘み、俺は一応、食べる前に挨拶した。
「いただきます!」
口内へ放り込み、ゆっくりと味わいながら咀嚼する。その味はまるで抹茶クッキーその物だった。しかも、それだけじゃない。食べて飲み込んだ数秒後に、身体が軽くなる感覚がした。
「こ、これは……っ!?」
俺は驚きを隠せずに、冒険者カードを取り出し、確認した。そこには生命力と魔力のゲージが全快しているのを視認する。
つまり、このクッキー一欠けらでハイポーションとハイマジックポーションふたつ分の効能があることになる。
俺は驚きを隠せず、レビアに尋ねた。
「おい。レビア。このクッキーただのお菓子じゃないな?」
レビアはちょっと得意気になりながら、指を突き立てて説明した。
「そうだよ。これはミックスハイポーションクッキーっていう、れっきとした回復アイテムなんだ! 実は回復ポーションが切れることを見越して用意して置いたんだよね♪」
なんて抜け目のなさだ。俺は何度このダンジョン攻略で彼女に救われただろうか。あの時たったひとりで、このボスラッシュに挑んでいたら、間違いなく俺は回復アイテム不足で死んでいたに違いない。
何がソロ攻略だ。何が圧倒的なステータスとチートスキルだ。どうやら俺は人間がたったひとりでできることの限界というものを理解していなかったようだ。
傲慢だ。やはり俺はただのイキリ散らかしているだけの、ただのゲーム大好きな子供に過ぎなかったのだ。俺は自分の至らなさを反省しつつ、彼女のクッキーの袋のリボンを締めなおした。
「ありがとう。レビア。たぶん、お前がいなかったら、俺はとっくに死んでいたと思う。本当にありがとう!」
レビアは手と顔を左右に振ったあと、とんでもないという顔をしながら謙遜した。
「そんなことないよ。ルシフがあってこそ、ここまで来られたんだよ? わたしなんてちょっとしたサポートしかしてないし……」
俺はレビアの手を両手で掴んで、彼女の謙遜を完全に否定した。
「ちょっとどころか。大助かりだよ。ダンジョン攻略において、こういう細かいサポートがどれだけありがたいか、ガチプレイしたことのある人間なら誰だって分かるさ! やっぱりレビアは凄腕の錬金術師だよ!」
俺が力一杯彼女の凄さを肯定すると、レビアは顔を赤くして、俯きながら目を伏せた。
「ル、ルシフ……。近いよ……」
「ご、ごめん!?」
よく考えたら女性の手を掴んで、熱烈に肯定なんかされたら、やっぱり怖いし、コンプライアンス的にも不味いよな。俺はすぐさま反省して、距離を取った。
少しの沈黙が訪れる。どう答えたらいいのか分からずにきょどっていると、レビアの方から話しかけてくれた。
「ルシフはやっぱり優しいね。刀を向けられた時は、正気を疑ったけど、それだけルシフは冒険者を極めることに必死なんだなって。わたしもようやく分かった気がする。だからね……」
その直後、レビアは俺との距離を詰めて、抱きしめた。
「わたしが全力でサポートしてあげる! ルシフが最強の冒険者になれるように、わたしが全力でその夢を応援するよ! だって、わたしはルシフの幼馴染だから!」
その言葉に俺は胸を打たれた。俺は少しだけ涙ぐみながら、レビアの頭を撫でた。
「⋯⋯ありがとう。レビア。俺はもう二度とお前に刃を向けない。何があっても俺がお前を守る! そして、最強の冒険者として、レビアの自慢の幼馴染になるよ!」
「うん……うん! 応援している。ずっと応援しているからね……」
俺たちは抱き合ったまま、そのまま微睡の中に溶け込んでいった。




