第3話『家族』
俺の家は木造二階建ての、ごくごく普通の家だ。カラーリングは青系統で統一されており、清涼感のある家だ。そして、しばらく我が家を眺めた後、俺は木造のドアを開き、家族に帰宅の挨拶をした。
「ただいま!」
俺の声を聞くや否や、居間から茶髪ロングにあどけない童顔をした茶系統の村娘服を着た美しい少女が兎のように跳ねながら飛んできた。
「おかえり! お兄ちゃん! どうしたの? 勇者の仲間になるんじゃなかったの?」
彼女はルシフの義妹で、エルフであるベルゼナだ。父さんが奴隷だった彼女を養子として迎え入れたのが、家族になったきっかけである。
彼女も大罪のユニークスキルを所持しており、物語後半は転生し、敵として現れる。
それ以前はブラコン気味で、明るいお調子者な面白れぇ女で、冒険者ギルドの受付嬢をしている頼れる義妹って感じだったから、闇堕ちして、人間の魂を食べたいとか、クレイジーサイコ化した時はびっくりしたな。
やはり、この子も闇堕ちさせるわけにはいかない。俺がちゃんと守らなくては。それはそうと、俺は家族にも勇者の仲間になることを話していたんだっけか。俺は義妹の瞳を見つめてからすぐに首を振った。
「いや。勇者の仲間にはならなかった。他にやりたいことができたんでな!」
俺の言葉に、ベルゼナは、ハイテンションで喜び出した。
「ほんと! やったぁ! これからもたくさんお兄ちゃんと愛に満ちた生活を送れるね!」
「いや。愛は愛でも家族愛だからな?」
「ぶぅ~。お兄ちゃんのいけずぅ!」
やはり、この娘のブラコンぶりは、相変わらずのようだ。確かゲームでも、家に帰って話しかける度に、「また行っちゃうの……」って駄々を捏ねていたっけ。
そんなことより、俺の腹は正直者で、ぐうとお腹の音が鳴り響いた。
「それより腹が減った。飯の用意はできているか?」
「えっ? お兄ちゃんの分はないよ? だって勇者の仲間になるって言っていたし……」
「そ、そんなぁ……」
せっかく、異世界初の食事を楽しめると思っていたのに、がっかりだ。俺は義妹に案内されながら、とぼとぼと居間へ向かうと、そこには黒髪三つ編みに茶色の長いブリオーを着た美しい中年女性と、短い白シャツと黒のチノパンを着用した銀髪ミディアムパーマのちょっと頼り無さそうなイケオジがいた。
黒髪三つ編みの中年女性が母のマモ。冒険者ギルドのマスターをしている元凄腕冒険者だ。銀髪ミディアムパーマのイケオジが父のベルフゴルだ。冒険者時代の経験を活かしてバトルやら冒険物の話しを書き、大人気小説家として家計のほとんどを支えている。
ちなみにゲーム原作では、全員闇堕ちして、敵として現れる。ルシフは故郷を失った悲しみから、故郷の人々を魔人として復活させるのだ。なんと身勝手で傲慢な魔王だろうか。それもこれも、勇者の格好つけた詰めの甘さが原因だけどな。
俺は母と父に頭を下げた。
「父さん。母さん。ただいま」
すると、父と母はすぐに俺の元にやってきて俺を抱きしめた。
「ああ。良かった……。ルシフが危険な旅に出なくて父さんは安心したよ……」
「全く意気地がないのは、父さんに似たのかね。アタイの息子なら、成功者になれとあれほど言っただろうに。このバカ息子が……」
やっぱりルシフは両親に愛されていたらしい。だからこそ、故郷を滅ぼされて、悲しみにくれて、闇堕ちしたのだろう。やばい。涙腺が崩壊しそうになってきた。
「父さん。母さん。俺……。俺……」
「ああ。何も言わなくてもいい。ちゃんと分かっているからな……」
「泣くんじゃないよ。男だろう? 男は家族が死んだ時しか泣いちゃならないと、あれほど言っただろうに。本当に情けない息子だよ……」
決めた。やはり俺は家族も守り抜く。こんな優しい父と母を闇堕ちさせてたまるかよ。そのためにも強くならないと。というわけで腹ごしらえだ。
「それはそうとさ。父さん。母さん。俺、腹減った……」
感動の場面で、ちょっと惚けたことを言い過ぎて、父と母はすぐに噴き出して大笑いした。
「あっはっは。なんだい。なんだい。最近はスカして、昔の厚かましさがなくなったと思っていたら、やっぱり性根は変わってないみたいだね!」
「ふふふ。その方がルシフらしくていいよ。本当に格好良い男っていうのは、恰好をつけることじゃなくて、魂の在り方に依存するからね!」
やはりルシフは原作では、かなり無理して恰好つけていたみたいだ。闇堕ちした理由というのも、故郷がそれほど大切だったからに違いない。ゲーム内でも彼の内に秘めたる熱血過ぎる静かなる闘志は、度々露見していたし、やはり心根の優しい男なのだろう。
俺はその魂に引っ張られているだけで、ただのクズだけどな。
やっぱり闇堕ちさえしなければ、ルシフは普通の奴なのだ。俺ら日本人と変わらない思いやりと誠実さを持つ紳士な男なのだ。それはそうと、父さんの言葉は何気に深いな。本当に格好いい男は、魂の在り方に依存するか……。流石は大人気小説家の言う科白だ。無駄に格好いい。
それよか、飯だ。腹が減ってはゲームが出来ぬ。どうせ食うなら、鳥でもいいから美味い肉を頬張りたい。母はそんな俺に気を遣ってくれてか【暴食】のスキルを持つ妹にこう告げた。
「ベルゼナ。あんた普段からアホほど食っているんだから、半分くらい兄に飯を分けてやりな!」
すると、ベルゼナはがっくり肩を落とした。
「ええ!! そんなぁ……」
その瞬間、居間に大爆笑の渦が巻き起こった。俺は食卓に着くと、母さんが少し不穏なことを口にした。
「それより、本当に心配していたんだよ。何せ、この辺りは最近モンスターが活発化しているからね……」
「そうなんだ。そんなに酷いの?」
「ああ。勇者たちが旅立ったって言うけど、正直、生き残っているかどうかも怪しいよ。何せ、キマイラやら、オークや、ワイバーンがうようよしているからね」
「へぇ。そうなんだ」
なるほど、だからゲーム序盤からやたら強い敵が多かったわけか。
流石は冒険者ギルドマスターの職に就いているだけのことはある。モンスターの出現状況については敏感だ。義妹のベルゼナだって優秀な受付嬢だし、序盤のクエストは、この家族に世話になりっぱなしだったっけ。
それより勇者の奴らは、本当に三人だけでどうにかなるのだろうか。独善的な奴とは言え、やはり世界を救うのは彼らの仕事だ。
魔人サタナスくらいは倒して貰わなければ、隠しダンジョンやらレベル上げに集中できなくて、正直困る。
そう思っていた矢先、俺の家のドアを、誰かが猛烈にノックした。
「なんだい。なんだい。飯時だって時に!?」
母さんがブチ切れながら、限界へ向かいドアを開けると、茶色のベストを着た男が滝のような汗をかきながら、大声をあげた。
「大変だ! 村に! 村にキマイラの群れが襲撃してきた!」
「な、なんだって!」
「とにかく大変なんだ。今回は村の冒険者だけじゃなくて、マモさんの手を借りないと危ないかもしれない」
「そうか。だが、大丈夫だ。何せこの村にはルシフがいるからね!」
「へ? なんだよ。ルシフ。勇者の仲間になるんじゃなかったのかい?」
俺は簡潔に答えた。
「他にやりたいことができただけさ。それよりキマイラの群れだって、くぅぅぅぅぅ。胸熱展開過ぎる!」
ようやく実戦だ。戦闘だ。このゲーム世界で初の戦闘とか嬉しすぎて、漏らしてしまいそうだ。ゲーマー魂が刺激されて、俺の心はハイテンションになって、脳汁がどばどばと溢れ出しそうになった。