第28話『不自然なボス戦』
俺たちは蜘蛛の巣穴を通り抜けて、いよいよ最後のボスの部屋の前まで辿り着いていた。その装飾華美な鉄門に触れて、俺はすぅっと息を吸い込んだ。
「行くぞ!」
「うん!」
下層のボスは強敵中の強敵だ。どのファンタジー世界にも存在する偉大なる獰猛な巨大爬虫類、つまりは最強の一角を為すモンスター【ドラゴン】だ。
動画でクリアした異世界人の動画は何度も見た。よく考えたら、あのダンジョン配信者もここ以外の無数のダンジョンをクリアしているので、けっこうチートなステータスとスキル持ちだ。伝説の配信者であり、成功者であり、正体を隠した謎の異世界人なので、会える機会なんてない絶対にないだろうけど。
あの人の動画の通りなら、この門の先にいる巨大な蜥蜴を――と思ったその時、俺の目に飛び込んできたのは、巨大な鬼、つまり【オーガ】だった。
「あ、あれ? どうしてドラゴンじゃないんだ?」
俺が狼狽えていると、レビアは心配になったのか服の裾を引っ張ってきた。
「どうしたの? ドラゴンじゃないんだって、どういうこと?」
説明してやりたいが、もう【オーガ】の方は臨戦態勢に入っている。そんな余裕は一秒もない。俺はレビアに臨戦態勢を促した。
「話しはあとだ! 今は戦闘に集中しろ!」
「り、了解!」
「おがああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
巨大な咆哮をあげた【オーガ】は、手持ちの斧を持ち、猛烈な勢いで突っ込んできた。相手の巨体があっと言う間に距離を詰め、手持ちの大きな斧を振り下ろしてきた。俺はその斧を刀で弾き返し、二回の攻撃判定により、【オーガ】の腹部に深い傷を与える。
「おがががああッ!」
軽い悲鳴をあげた【オーガ】に、俺は追い打ちをかけるためにレビアに指示を出した。
「レビア! こいつには麻痺が有効だ! 麻痺の魔法札を使用して、一定時間敵の動きを封じてくれ!」
「わかった。任せて!」
レビアは俺が指示した通りに、ポーチから麻痺の魔法札を取り出し、自らの頭上に高く掲げた。
「行くよ! スタン!」
魔力の奔流によって光輝いた魔法札から、球体の電磁攻撃が相手の身体へと直撃し、瞬時に動きを鈍らせた。
「おがが……」
ここまでやってくれたら、大助かりだ。あとは手数の多い奥義でクリティカルヒットを誘発し、一気に叩き伏せてやる。
俺は無の刀にありったけの魔力を込めて、左右に軸足を移動させて、華麗なるステップと、まるで花びらのように舞い始めた。
「行くぞ! オーガ! ゲーマーのプライドを思い知れ! ブレイドダンスッ!」
その華麗に踊るようなステップから繰り出される、圧倒的な手数の剣技をお見舞いした。その一発毎に二回攻撃判定が入り、それが二回続けざまに襲い掛かる。
俺は剣を振る度に快楽を感じていた。ああ。剣を振るうのが、こんなにも胸躍るなんて。またしても狂喜乱舞して、俺は激しく踊り倒した。
「ふあああああああああっ!」
俺が叫びながら、懸命にステップを舞い、剣を振るった。その度に切り傷が増え、敵も悲鳴をあげた。
「おがあああああああああッ!」
相手にとっては、おそらくこちらの方こそ、鬼のように見えていることだろう。そう俺は戦いの鬼だ。鬼ゲーマーだ。だからこそ、鬼である敵に対して、鬼神の如く挑んでいる。
一瞬。刹那。秒刻みに、敵の肉体には無数の切り傷が刻まれていく、その刻まれる傷が増える度、何度も、何度も、オーガの生命力が削られていく。そして、永遠に続くと思われた舞踊もいよいよ終焉の時が訪れた。
「これで最後だ!」
最後の一撃は敵の胴体に袈裟斬りを浴びせて、二度の攻撃判定、手応えからして明らかなクリティカルヒットを放ち、傷口がクロスした。
「おがあああああああああああああああああああああああ……ッ!」
激しい断末魔を響かせながら、下層のボスモンスター【オーガ】は、その場に崩れるように、絶命した。
「や、や、やったああああああああああああああああああ!」
俺より先に叫んだのは、レビアの方だった。こちらへ兎跳びで駆け寄り、がっしりと抱き着いてきた。
「やったね! ルシフ! これでようやくダンジョン制覇だね!」
「あ、ああ……」
嬉しいはずなのに、俺はどうも素直にダンジョンクリアを喜べなかった。
何故なら、ゲーム原作でも、あの動画配信者が配信していたダンジョン攻略実況でも、下層のボスモンスターは【オーガ】ではなく、【ドラゴン】が相手だったからだ。
ここまで配信や、ゲーム原作通りの展開だったが、最後だけ何か微妙に違うせいで、俺は違和感を拭い去ることが、どうしてもできなかった。
すると、クリア報酬として、前方に光が発生した直後に宝箱が出現した。その中身は魔の宝玉と呼ばれる強力な武器や防具を錬金するための素材となる。そうレビアが今回欲していたお目当ての素材なのだが、レビアが宝箱を開くと、驚いて叫んだ。
「ええええッ! クリア報酬が鬼の宝玉ぅぅぅぅ!? 狙っていた素材と全然違うんだけど! なんでなのぉぉぉッ!」
どうやら俺の嫌な予感は的中したようだ。ボスが入れ替わったということは、当然だが討伐報酬だって入れ替わる。
だが、どうしてだ。何故、ゲーム原作通りじゃなく、ダンジョンの内容がこんなにも不自然な形で変更されているのだろうか。
その時、俺が感じた疑問は、たった一つの解答として、光と共に現れた。
「え? 扉?」
眼前に突如として現れた扉は、不思議な光を放っていた。レビアもその光輝く扉の方に顔を向けて、呆気にとられていた。
「え? この扉は一体なんなの?」
これである事実が判明した。俺はその答えをレビアに伝えた。
「アップデートだよ。このダンジョンを作り出した存在によって、隠しエリアが追加されたんだ!」
俺はレビアに簡潔に説明すると、レビアは納得がいなかったようで、まだ動揺していた。
「ど、どうして? ダンジョンのエリアが変動するなんて、今まで聞いたこともないような超常現象だよ。そんなのありえないよ!」
その意見については、俺もそう思う。ダンジョンのアップデートなんて、ゲーム原作でも追加コンテンツが発売された時くらいしかなかった。
ということは、つまり、俺が死んでから、このブリファンというゲームに、新たな追加コンテンツが販売された。だからこの異世界でもダンジョンの内容が書き換わったということになる。
こればかりは、この世界を創造した女神やら神的な存在の仕業だろう。それも何故このタイミングなのか、それについては、俺の脳のスペックでは考えが追いつかない。
だが、ひとつだけ言えることがある。俺はその答えを自然に口に出してきた。
「レビア。とにかく今は先へ進もう!」
しかし、レビアは俺の意見に猛反対してきた。
「そ、そんなの絶対にダメだよ! だって、こんな訳の分からない事態が起こっているのにさ? その中に自ら足を踏み入れるなんて、そんなの無茶にも程があると思う!」
彼女の意見は正しい。ここは一度身を引いてギルドに報告して、新たなに他の街からB級以上の冒険者、つまり原作最強か、異世界人レベルの強さを持つ人物を引き連れてから、先の調査へ向かうべきだろう。
だが、それでも、どうしてもこの先を知りたいというゲーマーとしての好奇心が抑えられずに、俺は我儘で、身勝手で、傲慢だと知りつつも、己の意見を貫き通した。
「だったら、俺ひとりでも先へ進むよ!」
俺の身勝手な科白を耳にした途端、とうとうレビアが激怒してしまった。
「そ、そんなのダメに決まっているでしょ! こんなのどう考えたって、Cランク冒険者が対処できる事態じゃない! 絶対にここは一度撤退するべきだよ!」
それでも、そうだとしても、俺は自分の好奇心を、ゲーマーとしてのプライドと信念を押し通した。
「なら、レビアだけ帰ってくれ! 俺はひとりでも絶対にこの先へ向かう。もし本気で俺を止めるつもりなら、命を奪う覚悟で来い!」
俺は無の刀の切っ先をレビアに向けた。これは脅しでも冗談でもない。本気で彼女と戦って倒してでも、俺はこの先へ進みたいのだ。
レビアは俺の刀を見て、ぽろりぽろりと涙を零した。
「どうして……。どうして、いつもそんな無茶なことばかりするの……? どうして絶対に守ると誓ったわたしに刀を向けるの……? わたしはルシフと戦いたくない! だってわたしは……わたしは……」
俺は素直な気持ちを、自分の正直な思いを口にした。
「ごめん。レビア。それでも俺は先へ進みたいんだ。命を懸けてでも、人生の全てを捨ててでも、先へ進まないと気が済まないんだ! だって、それこそがゲーマーとしてのプライドであり、俺の人生の全てなんだよ!」
自分でも滅茶苦茶なのは理解している。この話しを聞いたら、ほとんどの人が理解してくれないだろうし、こいつ頭おかしいだろうとか、ゲーム脳だとか、一人で危険地帯に乗り込むとか死亡フラグ立てるなよとか馬鹿にするに違いない。
でも、それが俺だ。本気でゲームに人生の全てを懸けてきた、俺の生き様そのものだ。傲慢で自分勝手なのは理解している。それでも譲れない想いが、ゲーマーとしてのプライドがある。
レビアは俺の想いを聞き入れた後、涙を拭いて、真剣な表情で、俺の手を包み込むように握ってくれた。
「……わかった。ルシフどうしてもって言うなら、わたしはもう止めたりしない。夢を追いかけたい気持ちはわたしも痛いほどよくわかるから。でもね。せめてわたしだけは連れて行って欲しいなぁ。だって素材集めをルシフに依頼したのはわたしなんだから!」
どうやらレビアは理解してくれたようだ。本当にこの子は純粋で真っすぐだ。そんな子を泣かせて、無理やり説得してまで、ダンジョン攻略を、己のプライドを優先する俺は、おそらく勇者ミカリスと同じか、それ以下のクズなのだろう。
でもそれこそが俺であり、おそらく同質の魂を持つ原作ルシフも、撤退など臆病者のすることだ等と傲慢な態度を貫いて譲らなかっただろう。
俺は最大の感謝を込めながら、レビアにはっきりと正直な気持ちを伝えた。
「ありがとう。レビア。俺の我儘に付き合ってくれて、本当にありがとう……!」
「ふふ。気にしなくていいよ。そのかわり、絶対にふたり一緒に、このダンジョンをクリアしようね? 約束だよ?」
「ああ! もちろんだ! 俺たちの手で、必ずこのダンジョンを攻略しよう!」
「うん! じゃあ先へ進もっか?」
「おう!」
そして、俺たちは未踏破エリアへと進むため、光輝く扉へと手を伸ばした。




