第26話『下層の試練』
何千匹とポップするモンスターの群れを駆逐しつつ、どうやら俺たちは下層の中腹まで辿り着いたらしい。そして、先ほどまで意識を失っていたレビアも、俺が大人しくなったせいか、途端に目を覚ました。
「う、うぅぅ……。あれ? ルシフ、もうボスの部屋に辿り着いたの?」
「いや、まだ中腹だ。だが、ここで中層と同じように試験がある」
試験という言葉にレビアはテンションを上げた。
「試験かぁ! だったら、わたしの出番だね!」
俺は首を左右に振った。
「いや。この試験は俺がやる。なんたって力を必要とする試験だからな」
俺が言い終えると、レビアは肩を落とした。
「はぁ。せっかくわたしの活躍の出番が来ると思ったのになぁ……」
落ち込んでいるレビアに俺はあるプレゼントに近い情報を教えてやることにした。
「そう落ち込むな。それより冒険者カードで自分のレベルを確認してみろよ?」
「へ!? 急にどうしたの?」
「いいから、見てみろ! 凄く嬉しい知らせが待っているから!」
「う、うん……。そこまで言うなら、分かった!」
レビアは俺に促されるままに、冒険者カードを確認した。そして、おそらく自身のステータスを確認したのだろう。目を大きく開いて耳がつんざくほど叫んだ。
「えええええええええええッ!? レ、レベル32!? う、嘘でしょう。い、いつの間にこんなにレベル上がったの?」
驚くことも無理はない。レベル32なんてB級冒険者並みの強さだ。つまり魔人サタナスとパーティー単位で互角に戦えるレベルだ。今の勇者たちがどの辺りまで攻略しているのかは知らないが、おそらく同じくらい強くなっているだろう。
レビアはあまりの衝撃に身体の力が抜けたのか、しゅるしゅるとその場にへたり込んだ。
「ま、まさか。この一日半でトップ錬金術師級のレベルに到達するなんて……。信じられない……」
そりゃそうだろう。そもそもこのダンジョンを二人組で、しかもこの最難関の下層をクリアするなんて、絶対に不可能だからだ。それに現在の冒険者には異世界人しかB級以上の冒険者はいないと動画で見たことがある。
つまり、何十年も前からやってきた異世界人によって、原作ゲームより冒険者ランクの水準が上がっているのだ。
それを異世界人一人と、現地人一人でやってのけたのだ。これは並大抵のことではない。ベルゼナもせいぜい中層辺りで根を上げて帰ってくるに違いないと思って、クエストの受注を許可したのだろう。あのクエストは最低上層のクリアだけが条件なので、真のエンドコンテンツ級の下層の攻略は含まれていない。それにも関わらず完全制覇したらB級に昇格とかほざくうちの妹も意外と性格が悪い。流石は食い意地だけ怪物級の陽キャ女子と言ったところか。
とにかくこれで俺のプレゼントを理解したレビアに俺はサムズアップした。
「な? 凄く嬉しい知らせだっただろう?」
俺がウインクすると、レビアは激怒して、声を張り上げた。
「もぉぉぉぉぉう! 凄く嬉しいなんて可愛いものじゃないってば! 一日半でレベル32とか異世界人じゃあるまいし、ありえないってば!」
まあ。その異世界人が目の前にいるのだが、それはまだ秘密だ。
俺は誤魔化すように、比較的冷静に告げた。
「まあ。それだけ俺が強いってことだ! 分かったか? ゲーマーのプライドって奴が!」
「分からないに決っているでしょ! ルシフのバカァァァァァァァッ!」
彼女が激怒する気持ちも分かる。何故なら俺すら驚いているのだから。ちなみに俺の現在のレベルは57だ。こんな短時間でレベル7も上がるとか美味しすぎである。
ちょっと話しが横道に逸れたが、俺たちが今集中すべきは、目の前の下層の試験である。俺は気持ちを切り替えて、話題を変えた。
「それよりもだ。今は試験に全力集中するぞ。これでもまだ下層の中腹なんだからな?」
「う、うん。それもそうだね。分かった」
俺たちは目の前の鉄門の前にある牛の銅像に目を向けた。そこには巨大な台座の右隣に座った牛の銅像が左手を差し出して、待ち構えていた。
俺はその牛の銅像の反対側に着席して声をかけた。
「おい。今から試験を受験させてくれ!」
ぶっきらぼうに呼びかけると、牛の銅像の目が赤く光った。
「了承した。貴公の挑戦を受諾する!」
牛の銅像が左手を動かした。
「貴公も手を構えよ。この試験は腕相撲で我と力比べすることのみだ。簡潔にして明快。さあ。手を構えよ!」
「ああ。よろしく頼む!」
俺も左手を構えた。互いに手を握り合い、牛の銅像がカウントを開始した。
「それでは行くぞ。五、四、三、二、一、始め!」
俺は【魔力強化】で自身の最大のパワーを左手に込めた。俺の利き腕は両利きだから、左手でもハンデにはならない。
「せいっ!」
速攻。即決。秒殺。もう勝負は〇・一秒で終了した。
「うし!」
牛だけに、等とくだらぬ親父ギャグめいた勝利のガッツポーズを決めた。牛の銅像は目を赤く光らせて、渋いハスキーボイスを響かせた。
「うむ。天晴れだ。先へ進むがいい!」
ようやっと試験が終わり、俺はレビアに駆け寄り、ハイタッチを交わした。
「やったね。ルシフ!」
「ああ。これで下層の試験合格だ!」
レビアは俺をじっと見つめたあと、後ろに手を組んで、笑顔で呟いた。
「腕相撲なんて、女の子のわたしじゃ絶対に無理だもんね。気遣ってくれて、ありがとう!」
別に気を遣ったわけではないが、褒められて悪い気はしないので、素直に返事して置いた。
「おう!」
そして、俺たちが喜びを分かち合っている間に、鉄門が開いた。牛の銅像が渋く何かを言い出した。
「進め。勇猛なる冒険者たちよ。貴公らの遺跡踏破を心より願っている!」
「おう! 任せとけ!」
俺は胸を叩いて、先へと進もうとしたが、そこで急にふらっとした感覚に襲われて、倒れ込んでしまった。
「ル、ルシフ!」
どうやら無理が祟ったようである。あれだけのモンスターとの連戦で、精神的にかなり疲弊しているみたいだ。脳汁が溢れ出ていたが、あれだけハイテンションなまま、数時間ぶっ通しで戦闘を続ければ、誰だって気力が尽きるだろう。
生命力や魔力は全快してはいるが、精神的な疲労というものは、ステータスでは測れないのだ。
この世界でも人間の心を数値化することなど、絶対にできやしないということの証明なのだろう。
それにバーサーク状態は、常に全神経が過剰に興奮しているようなものだ。あまり長時間多用するのは、良くないなと反省した。
すると、俺のことを心配したのか、レビアが駆け寄って来て、枕に俺の頭部を乗せ、冒険者カードを確認する。そして、何かを察したあと、ポーチから小瓶を取り出して飲ませようとしてきた。
「ほら! これ飲んで。どんな精神的疲労も全快させる気力回復用のメンタルケアポーションだから!」
「わかった……」
俺はメンタルケアポーションなるものをゆっくり飲み干すと、急に気力が回復して、すっかり元気になった。これは効く。もうエナドリレベルだ。俺はレビアの膝から頭を離して立ち上がった。
「ありがとう。レビア。もう大丈夫だ」
レビアはほっと胸を撫でおろした。
「全くもう! 一人で無茶ばかりして! どうせまたテンション上げ過ぎて興奮しっぱなしだったんでしょ?」
どうやら幼馴染様は、先ほど冒険者カードを確認して、俺がどういうことをしていたか、全て察したようだ。これには反論の余地がなく、俺は素直に謝罪した。
「め、面目ない……」
レビアは指を立てて注意した。
「いい? これからは、集中力の低下や、精神的な疲労を感じたら、すぐに気力回復ポーションを飲むこと? 分かった?」
「ああ。了解した……」
本当に頭が上がらない。やはりレビアを連れてきて正解だった。こういう細かいところまで計算しておかないとエンドコンテンツのソロ攻略は不可能ということだ。
こればかりは、つい楽しくてテンション上げ過ぎた俺が悪い。つまり精神年齢がまだまだ子供な俺には、エンドコンテンツソロ攻略は早いということだ。
今後はテンションを上げ過ぎないように、気を付けよう。まだこの先も何千匹というモンスターの群れと戦わないといけないのだから。
「さあ。気力の回復も済んだし、先へ進もう!」
「うん。了解!」
俺たちは鉄門をくぐり抜け、下層の深部へと足を踏み入れた。




