第22話『竜の試験』
試験開始の合図と共に、俺はレビアに進言した。
「レビア。最初はお前がやってみないか?」
俺がそう勧めると、レビアは真っすぐだが、強い覚悟を持った視線ではっきりと宣言した。
「わかったよ。ルシフ。ここは私に任せて!」
レビアはにっこり微笑んでピースした。さっきも言った通り。最初はレビアにやらせてやりたい。きっと彼女も俺に守られっぱなしじゃあプライドが傷つくだろうから。だから俺も安心して彼女の背中を押した。
「よし! じゃあ頑張れよ!」
レビアはサムズアップした。
「うん。絶対にクリアするから、安心して見ていてよね!」
自信満々だが、当時の俺が十回間違えた難問を、果たしてレビアは見事正解することができるのか、これは見物である。なんて、上から目線で格好つけたけど、正直なところ、レビアが失敗したら、中層のスタート地点まで強制ワープさせられて、ここまでの攻略がやり直しになる。今までの努力が水の泡と化す、だが俺は何故かレビアならやれると気がしていた。だからここは彼女を信じるしかない。
(頑張れ! お前ならやれる!)
俺は心の中で何度もそう応援した。レビアは竜の像の前に進み出て、名乗りをあげた。
「わたしはレビア。ハラグロード村で錬金術師をやっています。この試験には、このわたしが受験することを希望します!」
レビアが堂々と言い切ると、竜の像はまた渋いイケオジボイスで対応した。
「了承した。では、これより【竜の試験】を開始する。試験内容は簡単。我の問いに一問答えるだけだ。それでは心の準備はよいか?」
レビアは強気に答えた。
「もちろんです。早速、試験をよろしくお願いします!」
竜の銅像の瞳が赤く光、またしても渋い声を洞窟内に響かせながら、試験を開始した。
「では問おう。錬金術師レビア。汝はこの世界にとって、人間に存在する意義のあると思うか? さあ。答えよ!」
そう、この試験の意地悪なところは、明確な答えがないような内容を、試験問題として提出してくることである。
こんな抽象的かつ、哲学的な問題なんて、人の価値観で決まるものであり、正解なんて存在しないのが正解のはずなのだ。
当然、俺も最初は正解なんて存在しないと答えたが、それでは試験不合格で、中層をやり直しさせられる。
これは竜の銅像が思う個人的な感想を当てる試験であり、正論や推論よりも、竜の視点から人間を見て、どう思うのだろうかということを予測する、めちゃくちゃハードな試験内容なのだ。
レビアはしばらく黙考した。どうやらかなり考え込んでいるらしい。俺は冒険者カードを取り出し、レビアのステータス詳細を確認したところ、現在のレベルは俺のパワーレベリングの効果があって18。知性のステータスは90もある。
このレベルはゲーム内のキャラクターの中なら、最大理想値に到達している。実は俺と40くらいしか違いはないのだ。
それはレベル差の問題もあるが、俺たち異世界人と現地人ではステータスの伸びが三倍くらい違う。それも正しい努力を行えば、一・〇倍までは縮めることはできるだろうが、そのくらい異世界人という奴は存在自体がイレギュラーなのだ。
自分ではアホだ、バカだと抜かしているが、俺も世界的に見ればそこまでアホではない。本当に知性のステータスが3とかなら、ここまで考察することすら不可能だろう。
レビアはまだ黙考を続けている。やはり駄目かと諦めかけたその時、レビアは「そっか。そういうことなんだね!」と何かを悟ったらしく、竜の銅像に向かって堂々と答えを提示した。
「ドラゴンの像さん。答えが分かったよ!」
竜の像はまた渋く低く重みのある声を発した。
「ほう。では、その答えを申してみよ!」
レビアは指を立てながら、可愛らしく解答した。
「答えは、存在する意義のある者も居るが、存在する意義のない者もいる。つまり正義や愛や道徳や情熱を重んじる者は存在する意義はあるが、悪や独善や非道徳性や冷酷さや差別や情がない者は存在する意義ない。そういうことでしょ?」
竜の銅像はまた渋く、低めなハスキーボイスで、何の情念も感じないように淡々と応じた。
「正解だ。まさか答えだけでなく、その理由も解説するとは見事なり。その通りだ。人として善なる者は存在する意義があり、人として悪を為す者は存在する意義がない。そう我個人としては捉えておる。どうやらそなたは決して道を違えたりしない心の正しさを持つ純粋な人物のようだな。褒めてつかわす!」
べた褒めされて、レビアは少し照れながら「えへへ。ありがとうございます」と頭を下げた。
そして、竜の像は威厳のある声音で、堂々と述べた。
「それでは通るがよい。心正しき冒険者たちよ。そなたたちに竜神の幸あらんことを!」
俺はすぐにレビアに駆け寄り、肩にぽんっと手を乗せた。
「お疲れ。見事な解答でびっくりしたよ!」
レビアは少し照れながら謙遜した。
「そんなことないよ。ただ神様とか竜神とかそういう世界を守護する者から見たら、やっぱり正義と悪で人の価値を判断するのが当然かなって思っただけ。最初は正解がないのが正解って答えようか迷ったけど、それは人間視点から見たらの話しであって、超常的な存在たちからしたら、聖書に書かれているような答えが正解だよねって思っただけのことだよ!」
俺は驚いた。まさか本当にレビアがクリアするとは。だが、結局のところ、この答えは信心深いような信徒や神官や僧侶なら楽に答えられるような内容なのだ。
その視点を忘れている俺たちが異常なのか、それとも人として常に信心深く正しくあろうとする信仰深い人たちが異常なのかは、現代日本人としても判断し難い答えだろう。
つまり、自分らしくいることが一番ということなのだろうが、世界はそうは思っていないというところが皮肉な話しだ。
俺は、こんな哲学的な試験を、見事突破したレビアに、素直な気持ちを述べた。
「凄いな。流石は将来偉大な錬金術師になる女性だ。心から尊敬するよ!」
と、口にした直後、レビアは顔を真っ赤にさせながら、またしても謙遜した。
「べ、別にそんなことないってば。ルシフったら大袈裟だよ……」
その謙虚な態度を見て、俺はレビアを純粋な子だなと改めて思った。この子を守って、立派な錬金術師になるための助けも続けていこう。そう心に決めて俺は手を差し出した。
「さあ。この調子で中層攻略頑張ろう!」
レビアは嬉しそうに笑いながら「うん」と答えた。
難問を突破したと言っても、中層の怖いところはこれからだ。俺たちは油断しないよう、慎重に竜の像の後ろにある鉄門を通り抜けた。




