第16話『レビア視点~わたしの想い~』
「ふぅ。完成させるのに手間取ったなぁ」
わたしは自宅の台所でルシフの好きなチーズ肉サンドを作り終えた。我ながらなかなかの完成度だと思う。
「うふふ。ルシフ、喜ぶかなぁ♪」
わたしは浮足立っていた。何せ好きな人とデートをするのだ。最近は道具屋経営を現実にするために必死に錬金術に打ち込んでいたが、たまには息抜きしてもいいよね。
それもルシフとデートできるなんて、これ以上に最高の息抜きをわたしは他に思い浮かばない。なんて浮かれていると、自宅の時計を見て、びっくりした。
「ああ。もう二時間も遅れている。急いで噴水のベンチまで向かわなきゃ!」
わたしはチーズ肉サンドが入っているバスケット籠を持って、ハラグロード村の噴水の広場へと向かった。
そこにはすでにルシフの姿があった。何やら空いた時間でトレーニングに励んでいるようだ。そういえば、最近のルシフは変わった。あれだけ意気投合していた勇者様たちの仲間にならずに、最強の魔剣士を目指すようになった。
それからキマイラの群れをソロ討伐したり、ワイバーンロードをソロ討伐したり、伝説の暗殺者に挑んで生きて帰ってきたりと、昔のルシフじゃ考えられないほど強くなっている。
それに性格も昔のように人が好くて、気さくなルシフに戻ったのだ。きっと勇者様と何か喧嘩とかしたに違いない。それでルシフは変に格好つける必要がなくなったのだろう。
それとこれは仮説に過ぎないが、ルシフはもしかしたら転生者なのかもしれない。なんとなくそんな気がする。
でもわたしは今のルシフに恋をしている。転生者だろうと関係ないのだ。
わたしは噴水の前で必死にスクワットするルシフの近くまで駆け出して語りかけた。
「はぁ。はぁ。はぁ。ルシフ。遅れてごめん」
「いや。全然待ってないよ。むしろ空いた時間で修行していたからノープログレムだ!」
やはりルシフは優しくなった。この前までなら「俺を待たせるとはいい度胸だな」とか傲慢な態度を取っていたに違いない。それでも遅れたことは言い訳できないくらい悪いことだ。わたしはふふふと愛想笑いしながら、ルシフにバスケット籠を手渡した。
「それでも遅れたことに違いはないから。本当にごめんなさい。実はこれを作るのに時間がかかっちゃったの!」
わたしが差し出したバスケット籠を受け取った瞬間、ルシフは無邪気な子供のように喜んだ。
「ありがとう! レビア! めっちゃ嬉しいよ!」
ルシフに褒められるとわたしはなんだかすごく照れくさくなって笑って誤魔化した。
「えへへ。そんなに褒められると照れちゃうよぉ。それよりわたしのせいでもうお昼過ぎだし、早速食べよっか?」
「ああ。もちのろんだ!」
わたしたちは噴水近くのベンチに座って、バスケット籠のチーズ肉サンドを頬張り始めた。正直、我ながらよく出来ていると思う。その証拠にルシフはふたつも数秒でチーズ肉サンドを平らげてしまった。その子供っぽさにわたしは思わず笑みが零れ出した。
「ふふふ。ルシフったら食べるのが早すぎだよぉ。できるならもっと味わって食べて欲しいな。だってルシフのために、あれだけ時間と味を研究して頑張ったんだからね!」
わたしの言葉を聞くとルシフは泣きそうになっていた。
「わかった。もっと味わって食べるよ!」
今度は一口ずつゆっくり噛みながら、ルシフはチーズ肉サンドを味わって食べ始めた。その途端、顔が蕩けたように、幸せそうになっており、すごく可愛い。わたしはルシフに感想を聞いてみた。
「どう美味しい?」
少し上目遣いで聞いてみた。ちょっとあざとい女だと思われないか心配だったけど、ルシフは優しそうに笑ってわたしの料理を褒めてくれた。
「絶品だ。レビアは料理上手だな!」
「もう! 褒めすぎだよぉ!」
ルシフったら、そんなにわたしのお弁当が好きなんだ。思わず頑張った甲斐があったと胸がいっぱいになる。その後、ふたりでお弁当を全て食べ終わった。
「ごちそうさまでした!」
ルシフは礼儀正しく手を合わせて頭を下げていた。その律儀さが可愛らしくて、わたしは思わず微笑んでしまい、素直に返事した。
「お粗末様でした!」
何やらルシフはしばらく考え込んで無口になる。どうしたのだろう。もしかして、わたしとのデート楽しくないのかな。そう不安になっていると、立ち上がったルシフはわたしに手を差し出してきた。
「さあ。せっかくのデートなんだし。もっと楽しもっか!」
ルシフが差し出した手をわたしは顔を赤くしながら掴んで立ち上がった。
「うん。ふたりでいっぱい楽しい思い出を作ろうね!」
それから数分間、ふたりで街中を歩いているだけで、わたしは幸せいっぱいだった。ルシフと手を繋ぎながら歩けるなんてこれ以上幸せなことがあるのだろうか。
そんな脳みそお花畑なことを考えていたら、アクセサリーショップが目に入った。そう言えば、今度、錬金術で使うために必要なアクセサリーがあったんだった。わたしはどうするか悩んでいると、ルシフが意外なことを口にした。
「アクセ欲しいんだろ? 買ってやる!」
ルシフがちょっと気障っぽく囁くと、わたしは少し申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「でも、本当にいいの?」
「何故?」
どうやらルシフは今の自分のお財布事情が理解できていないらしい。それにしても今日のルシフはやたら積極的だ。きっとルシフはまた恰好つけようとしているのだろう。わたしはルシフに注意を促した。
「だって聞いたよ。ルシフが高難易度クエスト失敗したって。そのせいで、ルシフのお母さんに一週間タダ働きさせられたんでしょ? だったら、いま手持ちのお金あまり持ってないんじゃないの?」
「うっ!」
どうやら図星だったようだ。わたしはルシフの手を握って、真剣な表情で想いを伝えた。
「もう無理して恰好つけないでよ! わたしはルシフと一緒に居られるだけで充分満足なの!」
「そ、そうか……」
ちょっときつく言い過ぎたかな。ルシフは落ち込んでいる。わたしは勇気を出して、彼の肩に頭を預けてみた。
「わたしはね。どんなアクセサリーなんかよりも、こうしてルシフの温もりを感じて居られる時間が、何よりもの癒しなんだよ」
「うん。うん。ありがとう……」
ルシフは泣きそうになっていた。やっぱり強がっていたようだ。わたしはここでチャンスを逃したら、ルシフと恋人になるまで、また時間がかかってしまうと思い、勇気を振り絞って本音を告白した。
「お礼を言うのはわたしの方だよ。だってルシフはわたしの大切な幼馴染だからね。こうやってふたりでくっついていられるだけで、わたし凄く幸せなんだよ!」
「へ?」
これで気付いてくれたよね。ふられるかもという不安と共に、ルシフは何故か素っ頓狂な発言をし始めた。
「そう言ってくれてすごく嬉しいよ。俺みたいな無骨な幼馴染に、温情かけてくれただけでも、とてもありがたい気持ちでいっぱいだ。好きでもない男に優しくしてくれるなんて、君はまさに天使のような女の子だ。本当にありがとう!」
「え、ちょっと待って。今の流れでどうしてそうなるの?」
少し動揺してしまった。今のわたしなりの愛の告白のつもりだったのに、どうしてそう解釈するのだろう。そして、ルシフは優しく目を細めた。
「分かっている。分かっているから……」
「ええ! なんでそうなるの!」
急にルシフは涙を流し始めた。意味が分からない。わたしが混乱していると、ルシフはまたしても、勘違いしたことを言い始めた。
「レビア。今日はありがとう。友達として久しぶりに遊べて本当に楽しかった」
信じられない。わたしは驚愕してしまう。その瞬間、心にどろどろした感情が生まれて、瞳の力がなくなるのを感じた。そして、ルシフに聞こえないように一人で愚痴を呟いてしまった。
「なんで……。どうしてこんな展開になっているの……。最初は積極的だった癖に、途中からなんかやたら卑屈になっているし……。鈍感だ……。ルシフってこんな鈍感だったの……。ぶつぶつぶつ……」
これで確定した。きっとルシフはまだ子供なんだ。だから鈍感なのだ。きっと強くなることしか頭にないに違いない。
わたしは決心することにした。こうなったら攻めるしかない。私はルシフの手を急にガッと掴んで、自分の胸の間へと引き寄せてから、ルシフの頬に口づけをした。
「こ、これでも分からないかな? わたしの気持ち……」
「ん?」
何故かルシフは固まっていた。もしかして照れているのかな。もう。可愛いんだからぁ。
しかし、真剣にわたしを見つめ出したルシフはまた素っ頓狂なことを言い出した。
「好きでもない男にそんなことしたら駄目だ。俺は親友として、レビアに道を違えて欲しくない。錬金術のやり過ぎでストレスが溜まった時は、いつでも俺を遊びに誘ってくれてもいいから、手ごろなイケメンだからって、本気で好きじゃない相手と口づけなんてするのはやめよう。な?」
ええ。なんで、そう捉えるの。鈍感にもほどがあるでしょ。あれだけわたしだって勇気を出して攻めたのに、これはあんまりだ。わたしは血相を変えて、ありったけの怒りをルシフにぶつけた。
「ル、ル、ルシフのバカァァァァァァァァァァッ!」
そう叫んで、わたしはその場から一目散に逃げだした。失敗。失敗だ。今日でルシフとそういう関係になろうと焦ってしまったわたしが馬鹿だった。
ルシフは思った以上に鈍感だ。しかも男女のそういう関係については、妙に詳しかった癖に鈍感なのだ。
きっと強くなることに夢中で視野が狭くなり、他人の気持ちが分からなくなっているに違いない。わたしは作戦を変えることにした。
「よぉし。こうなったら、ルシフに錬金術の手伝いをして貰って、もっと仲良くなろう!」
きっとふたりで冒険すれば、それだけで仲が深まるはずだ。それに道具屋経営のためにさらなる錬金術師としてののレベルアップが必要なのは確かだ。
それとこのダンジョン攻略で入手した素材でルシフにプレゼントをあげることにしよう。そうすればきっとルシフだって少しはわたしのことを意識してくれるはずだ。
わたしって自分が思っているより、少し腹黒くて面倒臭いよね。なんとなくそう感じてしまい、落ち込んでしまった。




