第132話『~魔王ミカリス視点~魂を捕食する』
~魔王ミカリス視点~
誰もいない廊下のなかで、僕はひとりでくつくつと嗤っていた。
「あっはっは。あっはっはっはっは。あーはっはっはっはっはっはっはっは! なんて規格外の魔力だ。それでこそ僕が倒すべきルシフだ!」
あの白紫の魔力は、まるで雄叫びを上げた獅子の如く、怒りが渦巻いていた。
まさに傲慢の化身。
荒れ狂う怪物と言えるだろう。
僕は胸に奴へのふつふつと沸く、怒りの業火で胸が焼き焦がれる感覚がした。
「ああ。早く奴とやりたい……」
あの怪物は時代のうねりから生まれた化け物だ。
まるで神話上に伝わる誇り高き傲慢の魔王のような男だ。
僕は嗤いを堪えて、溢れ出る胸の高鳴りを必死に抑えた。
「奴との試合を確定させるべく、次の試合を偵察しておかねば!」
ここはイレギュラーの塊である、異世界人の巣窟のような大会だ。
ルシフが一番警戒する対象ではあるが、それ以外の異世界人も侮れないほど規格外の強さを秘めている。
油断をしていたら、あっという間に足元をすくわれてしまうことだろう。
僕はまるで荒ぶる炎のような胸の高鳴りを抑えて、試合会場へと向かった。
選手控室など、とてもじゃないが、窮屈で長居できそうにないからだ。
あの鬱陶しい異世界人たちと、同室で試合を見るなど、まるで地獄の窯に入れられるほど苦痛だ。
それにしても魔族になって分かったことがある。
それは僕の体が、人間の魂を欲しているということだ。
それゆえに、この闘技場では、たくさん人を殺せるので、極上の魂を吸い放題というわけだ。
今まで異世界人が殺した魂を食らい、心からの充足感を抱いた。
もう人ではないのだという自覚が、僕にあの下等種から卒業できたことを、心の底から喜んだ。
人間など所詮は魔族に食らい尽くされるだけの食料でしかないのである。
試合会場へ向かうと、そこにはまるで家畜のような下等種どもが、大量に沸いていた。
僕は今すぐ殺して魂を捕食したい衝動を抑えて、観客席から次の試合を観戦することにした。
対戦カードはカズヤ・イチミヤと、ナナミ・ナナミヤだ。
こいつらの能力はアクセサリーで対策しても無効化されてしまうという厄介なシロモノだ。
一体どんな試合になるのか、魔王として高みの見物を決め込むとしよう。
カズヤとナナミは互いに、闘技場の左右のコーナーから現れた。
どうやらふたりは恐怖のあまり怯えきっているという様子だった。
おそらくルシフの規格外の魔力の一端に触れたからだろう。
あれだけの肌が凍るほどの魔力量だ。
異世界人には同情してやらんこともない。
審判は試合のルールを説明し、互いが武器を構えると、手刀を切った。
「試合開始ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」
次の刹那、まず仕掛けたのはカズヤだった。
「スキル発動――【強制睡眠】――ッ!」
回避不能の睡眠スキル。
これを食らえばたちまちどんな強敵も無力化されてしまう。
そして、ナナミはなんと寝なかった。
カズヤはあまりの異常な光景に驚いている様子だ。
明らかに動揺し切った態度を見せているカズヤは、ナナミに問いかけた。
「なぜだ! なぜ俺の【強制睡眠】が効かないんだ……!?」
これは僕も予想外の展開だった。
先にスキルを仕掛けた方が試合を制する。
そう思い込んでいたのだが、どうやら何かしらの手段でカズヤのスキルを無力化したらしい。
その明確な理由をナナミは告げた。
「実は私……不眠症なの……」
あまりのクレイジーさに、僕は思わず嗤いが堪えきれなかった。
これほど面白い女がいたとは、まさか不眠症だからスキルを無力化するなど誰が予想できたであろうか。
こんなあまりにも予想外の出来事に、一番の動揺を隠せないのはカズヤだろう。
その証拠に、奴はまるで怯える子羊のように震えていた。
「やめろ……。頼む……。やめてくれ……」
ナナミはくすりと笑い、すっと静かなる動作で挙手した。
その瞬間、カズヤ・イチミヤは自身の武器で首を切った。
試合のゴングが煩いほど鳴り響く。
なんともあっけない試合だったのだろうか。
僕はあまりのつまらなさに欠伸が出そうになった。
審判は勝者の名を告げた。
「し、勝者。ナナミ・ナナミヤ!」
溢れんばかりの観客の歓声が沸いた、家畜の悪臭のする息など嗅ぎたくないので、僕はすぐに闘技場から離れた。
そして、廊下の中で、僕はあまりのクレイジーな女の姿を思い浮かべて、舌なめずりをして、くつくつと嗤った。
「ナナミ・ナナミヤか。なかなかに美味そうな馳走だ!」
あの狂った魂はどんな味がするのだろうか。
僕は想像するだけで、腹の音が鳴った。
正直、あまり美味くはないが、まずはあのカズヤ・イチミヤの魂を捕食しよう。
僕は再び会場に戻ると、宙に漂う、カズヤの魂を思いっきり吸い込んだ。
体内にカズヤの魔力が流れてきて、僕はまた大幅にレベルアップした。
現在の合計レベルは450。
僕は未来の宿敵を思い浮かべて、零れ出る笑みが止まらなかった。
「ああ……。早く奴とやりたい。そして、この手で葬りさりたい……」
まるで渇望にも似た狂気が僕の胸中で、騒がしいほどに高鳴っていたのであった。




