第13話『焼き肉パーティー』
高難易度クエスト失敗から一週間後、夕飯の食卓で母がとんでもないことを言い出した。
「ちょっといいかい? いきなりだけど、明日の昼から焼き肉パーティーを開催するよ!」
「はぁ? いやいやいや。いきなり過ぎやしないか? 一体何があったんだよ?」
突飛もないことを言い出すので聞いてみたのだが、母は深刻そうな面持ちで語り出した。
「いや。だって今この家はキマイラの肉のストックがとんでもないことになっているだろう? 誰かさんが狩り尽くすせいでさぁ!」
「うっ!」
原因は俺かと少し反省する。いや、キマイラを狩るのは辞めないけどね。この辺じゃキマイラとワイバーンとワイバーンロードくらいしか経験値が美味いモンスターはいないしね。それもレベル50の今となっては微々たるものだが。そして母は話しを続ける。
「そこで肉のストックを一気に消化するために家族パーティーを開こうってわけさ。庭で焼き肉でもしてさぁ!」
「それいいじゃん。あたしは大賛成。お兄ちゃんと父さんは?」
「ぼくも異論はないよ。ルシフはどうだい?」
うーん。そう言われると悪くない気がする。パーティー直前に筋トレと走り込みと素振りの回数をいつもの三倍の早さと量でこなして、肉をたらふく食べて、死ぬほど寝れば、いい経験値稼ぎになる。超回復を侮ってはいけないのである。俺も特にデメリットを感じないので賛成した。
「別にいいよ」
それに何気にキマイラの肉は美味いからな。そこで俺はあることを思いついた。
「なあ? レビアの奴も誘っていいか?」
レビアの名を口に出すと、ベルゼナが歓喜した。
「え! レビア姉も来るの! いいじゃん。呼ぼうよ!」
母さんと父さんも俺の意見に同意した。
「そうだね。あの子も最近は錬金術の勉強を頑張って家に籠りっぱなしらしいし。たまには息抜きしないとね!」
「ルシフ。レビアちゃんも呼んであげな。家は大歓迎だよ!」
どうやら家族みんなが賛成してくれたようだ。レビアの奴、最近全く姿を見せないからな。どれだけ錬金術に夢中になっているのやら。
やはりあいつと俺は同じ臭いがする。好きなことになると、周囲との関係や仕事や家事さえほったらかして、夢中になって現実生活を疎かにしてしまうダメ人間の気質が。
俺もこのまま長期的に引きこもっているのは、レビアのためにならないと思うので、誘うことにしたのだ。決して寂しくなってレビアの顔が見たいわけじゃないからな。
「そうと決まれば、明日レビアに声をかけてみるよ」
「ああ。そうしな。それとキマイラ討伐はしばらくしなくていいから、ワイバーンでも狩っていな」
「了解」
とにかく、明日は朝一でレビアの家に行こう。俺は明日の家族パーティーに向けて、早速、庭で筋トレと素振りをいつもの三倍の早さと量でこなして、死ぬほどぐっすり寝た。
「うう……。身体いてぇ……」
ちょっとはりきり過ぎた。いや限界が来ているのを理解していたが、途中からドーパミンやらアドレナリンが出まくって、【魔力強化】を限界以上に引き上げてしまったのだ。それで筋肉痛で死ぬほどしんどいというわけだ。我ながらアホである。
俺は朝ごはんのキマイラのステーキを食ったあと、レビアの自宅へと向かった。と言ってもお隣さんなので、三十秒もかからなかったが、レビアの家の鐘を鳴らすと、奥から「はい」という声が聞こえてきた。
どうやらレビアのママさんらしい。家の玄関のドアが開けられると、レビアによく似た金髪ロングの超絶美人が現れた。レビアも超絶美少女だが、レビアのママさんも超絶級の美人さんだ。家の母さんも美人だが、どうも美しさの格が違う。
だって家の母さんはちょっとガサツだからな。レビアママは俺に「あら。ルシフちゃん。いらっしゃい」と近所のおばさんらしい挨拶をしてきた。俺はすかさず要件を言った。
「実は今日の昼、家族で焼き肉パーティーするんですよ。もしよろしければ、レビアとご両親もお誘いしようかと思って……」
ちなみにレビアの両親のことが頭からすっぽり抜けていたことは秘密だ。レビアママは喜んで、ハイテンションになった。
「本当? それは嬉しいお誘いね。あの子も呼んでくるから少し待っていてね。最近、あの子ったら、錬金術の研究で自宅に籠りっぱなしで、夜更かしばっかりしているのよ」
「わかりました。何分でも待つので起こしてきてあげてください」
思った通り錬金術の研究に夢中らしい。これはもしかすると、レビアは原作以上の錬金術師になるかもしれない。
聞いた話しではギルドの依頼は既に定期的にこなしているらしいし、PDCAサイクルのバランスもとれているだろう。これは将来が楽しみである。
レビアママが奥の部屋に入って約三十分後、ようやくレビアがやってきた。女子は準備に色々と時間がかかるのは致し方ない。それを待ってやるというのが男の甲斐性である。俺は寝不足でちょっと痩せ細ったレビアに朗らかな笑顔で語りかけた。
「レビア。おはよう。今日は肉をたらふく食って元気出そうぜ!」
「うん。焼き肉パーティーに誘ってくれてありがとう。最近ルシフと遊べてなかったから凄く嬉しいよ!」
ちょっと胸がきゅんとした。なんて思いやりのあるいい子なんだろう。本当は錬金術を最優先したいのに、俺なんかに気をかけてくれるなんて。俺は感激しつつ、レビアに手を差し出した。
「さあ。行こうか!」
「う、うん!」
なんだかレビアの頬が赤い。無理をし過ぎたせいで熱でもあるのだろうか。俺はレビアの体調を気にかけて、彼女の歩調に合わせて、ゆっくりと歩いた。
そして、自宅へと到着し、後からレビアの両親もやってきた。どうやら肉の準備は万端のようだ。
「揃ったね。それじゃあ焼き肉パーティー開始と行こうか。皆グラスを掲げて……」
俺とレビアとベルゼナはもちろんジュースだが、大人たちはワインのようだ。そして、母さんの指示に従い皆グラスを掲げた。
「「「乾杯!!」」」
皆一同が声を揃えて、グラスを持ち上げて、その中身を一口飲んでから、早速焼けた肉を木製の皿に盛りつけた。
キマイラの肉は、現代の牛肉と同じ味がする。焼き肉チェーン店の合成肉のような味だ。俺は肉にたっぷりとタレをかけて、三秒で食らい尽くした。
「うっまぁ♪」
他のみんなは会話しながら、わいわい楽しく肉を食べているが、俺とベルゼナとレビアだけは真剣に肉と向き合っていた。
「ほら。焼けたぞ!」
「ありがとう。お兄ちゃん。レビア姉ももっと食べなよ!」
「うん。ありがとう。じゃあ、ありがたくいただくね!」
肉の在庫はまだまだ食べきれないほどたっぷりある。こちらには思春期の食べ盛りが三人。一人は【暴食】のスキルを持つベルゼナがいる。これは二時間も持たないなと容易に予想がついた。
その予想通り、約一時間四〇分くらいで、全ての肉を完食した。
「ああ。食った。食った」
「あたしはまだ食べ足りないかな。レビア姉は満足した?」
「うん。大満足だよ。こんなにお肉食べたのって、久しぶりだからすごく幸せ!」
レビアのやつれた顔もなんだか脂身を帯びてつやつやしていた。この焼き肉パーティーはどうやら成功のようだ。
俺たちは肉の後片付けを手分けにしてやっていると、レビアが俺の耳元でとんでもない発言を口にした。
「ねえ。ルシフ。いきなりだけどさ。明日わたしとデートしてくれないかな?」
「は、はいぃぃぃぃぃぃ!?」
突然のラブコメイベントに、俺の心臓は停止しそうなほど高鳴った。




