第123話『予選Fブロック』
タカネに抱き着かれるのが思春期男子の身体に色々悪いため、控室の自販機でジュースを買っていた。
異世界にも自販機があるのは驚きだ。
俺はアイスミルクティーにして、タカネの分も同じ物を奢ってあげて渡した。
「ほら! 飲めよ!」
タカネは無邪気な表情で喜んだ。
「うん。ありがとね。ルシフ君!」
「どういたしまして……」
流石にジュースを飲む時は、流石にくっついてこないようだ。
どうやら作戦は上手く行ったようだ。
しばらくすると控室にあの先代勇者ローグ・セントナイトがやってきた。
どこからどうみてもこのじいさんは只者ではない。
じいさんは俺を見かけると、一変して穏やかな笑顔で、頭を下げてきた。
「ふぉふぉふぉ。これは、これは魔剣士ルシフ殿ですな?」
なんだ。このじいさん。いきなり話かけてきて。
俺は警戒したが、一応、挨拶を返した。
「え、あ、どうも……」
なんだかコミュ障丸出しの答え方に、先代勇者は笑った。
「ふぉふぉふぉ。どうやら噂の英雄殿は人見知りな方のようじゃな!」
いや。そりゃ田舎の村とか、親しい人にはもう少しコミュ力あるよ。
でも知らない人にコミュ障になるのは仕方がないじゃないか。
俺はただの陰キャのガチゲーマーなんだから。
じいさんは俺とタカネの隣に座ると、持参の水筒を飲み始めた。
そして、とんでもないことを言い出した。
「くぅぅぅぅぅぅ。やはり戦いの後の酒は美味いわい!」
「え、あ、飲酒していたんですか? まだ昼ですよ?」
じいさんはまた愉快に笑った。
「ふぉふぉふぉ。まあ。そう固いこと言いなさんな! お前さんらも一杯どうじゃ、最高級のウィスキーじゃぞ?」
「あ、いや、けっこうです……」
「私も結構です! 未成年なので!」
確かに異世界人であるタカネは十六歳くらいだろうし、未成年だろう。
酒なんか飲めるわけがない。
俺たちが拒否の姿勢を示すと、先代勇者はつまらなさそうに口を尖らせた。
「なんじゃ。つまらんのぅ。最近の若いもんは真面目過ぎるわい!」
思っていたイメージと崩れた。
この先代勇者は大分ファンキーなじいさんのようだ。
しかもまるで水のように酒を飲んでいる。
完全にアル中の酔いどれじいさんだ。
そのアル中じいさんは急に俺の肩に手を回してきた。
「ところでお主。金髪の男をどう思う?」
何故ここで金髪の男の話題が出るのか分からないが、とりあえず正直な感想を話しておいた。
「すごい選手ですね。俺でも正直勝てるか分かりません!」
ある中じいさんは急に意味不明なことを呟いた。
「どうやらお主。気が付いておらんようじゃのう。ふぉふぉふぉ。そりゃあいつも振り回されるわけじゃわい!」
「あいつ?」
「いや。なんでもない。それより、その金髪の試合が始まるぞ?」
なんか誤魔化された気がするが、まあどうでもいい。
所詮は酔っ払いの言うことだ。
深く気にしても仕方ない。
画面ではそろそろ試合が始まろうしていた。
スクリーンのアップ画面には金髪の男が映し出されていた。
そして、試合のルール説明が終わり、審判の合図によりゴングが鳴らされた。
金髪の男は無言のまま高速で動き回り、次々と異世界人を斬り伏せていた。
どうやら【真・限界突破・改】を物理特化で使用しているみたいだ。
しかし、画面の異世界人たちはスキルすら使用しようとする気配がない。
あっという間に参加者全員が殺されて、ゴングが鳴った。
「勝者! 金髪の男!」
ただ強いということ以外はよく分からなかった。
タカネは唾をごくりと飲み音を鳴らしながら、こう言った。
「あの人ってもしかしてスキルを封じる力を持っているのかも……」
その言葉に俺は恐怖を感じた。
「それってマジか?」
タカネは頷いた。
「うん。さっきスキルを発動しようと手を翳していた人が何も出てなかった!」
「お前よく見てるな?」
「えへへ。ルシフ君にそう言われると照れるなぁ。あははは!」
タカネが笑っていると、爺さんは険しい顔をした。
「ということはもう奴はそこまで堕ちたということか……」
「へ?」
俺が思わず声を上げると、じいさんはまた水筒のウィスキーを飲みながら、顔を赤らめて笑った。
「ふおふぉふぉ。気にすることはない。お前さんなら大丈夫じゃろうて」
「え、えっと、あ、はい……」
やっぱりこのじいさんは少し苦手だ。
俺は時計を見ると、もうそろそろ昼が近づいていることを知った。
「もうお昼だな。仲間と飯食いに行ってくるよ!」
俺が立ち上がるとタカネは俺の腕を掴んだ。
「ねえ? 私も連れっていってよ?」
なんか面倒臭いことになったな。
こいつを連れて行ったら、レビアが嫉妬するだろう。
ここは非情になって、本当のことを言うことにした。
「悪いな。俺には彼女がいるんだ。そいつが嫉妬してしまうから、お前は連れていけない! 俺以外の男を当たることだな!」
俺がはっきりそう言うと、タカネは厳しい表情をした。
「ちぇ。彼女持ちか。だったら話は違ってくるわね。準決勝まで絶対に勝ちあがってきなさい。私をフッたこと後悔させてあげるわ!」
俺は黙って鋭く睨んで選手控室を後にした。
そうだ。これでいいんだ。
敵と慣れあう必要はない。
そんなことをすれば、感情移入して戦いにくくなるに決っているからな。
俺はレビアたちと約束している王客の料理店へと向かった。




