第12話『魔王ルシフ推しのガチ恋オタク暗殺者』
俺は情報屋のジークに貰った情報通りに、ダイスの街の外れにある山奥まで来ていた。どうも辺りは緑豊かでのほほんとした場所だ。暗殺を生業とする者が住む場所とはとても思えない。
しかも何だか手入れが行き届いている。きっとマリアが自分で周囲の環境の手入れをしているのだろう。
よく都会のブラック企業に勤める大人は田舎でスローライフして、仙人のような生き方をすることを望むらしい。
でも、せっかくゲームの世界に転生したのに、能動的に遊び尽くさないで、どうするんだというのが俺の持論だ。
こんな剣と魔法のゲーム世界なんて、バトルしまくる以外に選択肢はあるのだろうか。答えはノーだ。合法的に剣と魔法をぶっ放せるこの世界でバトルを楽しまなくてどうする。それでも貴様はゲーマーかと問い正したい。
いや、まあ、よく考えたら、まったり系のゲームが好きな人からしたら、スローライフの方がいいのかもしれないな。
極力引きこもってゲームばかりやっていたい陰キャの癖に、どうして俺はこうも能動的なバトルジャンキーなのだろうか。
ちょっと自分は異世界に来て調子に乗っているのではなかろうかと猛省し始めてしまった。
って、おい。戦う前から反省するバカがどこにいる。今から楽しい、楽しいバトルが待っているんだろうが。反省する暇なんて一ミリもない。
俺は周囲を警戒し始めたが、全く暗殺者の気配がない。でも、これはゲーマーとしての直観に過ぎないが、絶対に奴はあの夜から俺のことを何処かで隠れて探っているはずだ。
と、そこまで考えた時、あれ、それって別に情報屋に大金支払って、暗殺者マリアの寝蔵を調べる必要なくね? だって向こうは転生者だし、魔王ルシフ推しだし、ほっといても絶対にちょっかいだしてくるよねと気が付いた時、俺は思わず自分の最大のミスに気が付いた。
ああ。やっちまったよ。またドジ踏んじゃった。ゲーム内でもたまにポカやらかすけど、これって絶対にステータスの知性が低いせいだと思う。現実の俺がドジでアホってわけじゃなくて、あくまでもステータスが低いからそれにひっぱられているだけなのだ。
どちらにせよ生まれつきアホの子に転生してしまった自分を猛烈に呪った。どうしていつも俺はこうなんだよと叫びたくなる。
俺が頭を抱えて悶えていると、急に背後から殺気がした。
「っと!」
「ちぃ!」
俺はマリアが突き刺そうとした後頭部を【無の刀】を取り出して、瞬時にガードした。
それにしても、いきなり頭にナイフ突き刺そうとか、どれだけ容赦ないんだよとちょっとドン引きしてしまう。
というか、ちょっとむかついたので、はっきり言ってやった。
「おい。いきなり頭にナイフ突き刺そうとか、どんなクレイジーサイコ女だよ。あんたは! ていうか、これが推しの魔王ルシフに対する態度かよ!」
すると、マリアはナイフを構えて、猛攻撃しながら、至極まっとうな動機をぶつけてきた。
「そんなの。僕の推しに他の変な奴が転生してきて、憑依して、好き勝手やっているのが、許せないからに決まっているだろうが!」
思った以上にガチで推していたらしい。というかこの女は魔王ルシフにガチ恋しているのではないだろうか。
だから自分の推しを何処の馬の骨か分からない無法者に好きに弄りまわされるのが嫌だと、なるほどね。確かに彼女の気持ちはよく分かる。でも、俺には俺の主張がある。それを全力で彼女にぶつけた。
「俺だってルシフ推しているわ! そのために勇者の仲間にならないで、初手から破滅フラグぶっ壊して、それで念のために強くなって、推しの大切な村を守るためにひたすら自己ステータス強化に励んでいるんだろうがよ。まあ。俺はガチゲーマーだから、ちょっとくらい異世界でのバトルを楽しんだりしているけどさ。それに情報屋から聞いたが、お前こそスローライフしたい癖になんで暗殺者なんか、やっているんだよ。それこそ矛盾してんだろうが!」
マリアは「そうだったのね。じゃあ辞めるよ」と素直にナイフを下げた。その態度に驚いた俺は自分の戦闘欲求を出会ったばかりの女魔族にぶつけた。
「いや、ここはもっと熱くなって反抗してこうよ。理由がどうあれ推しを汚すお前を許さない的な感じでもっと熱くなれよ。バトルしようぜ。バトル!」
俺の戦闘欲求の叫びを聞いて、マリアは呆れたように手を掲げた。
「はぁ。どこぞのネットで有名な熱血コーチじゃあるまいし、何が熱くなれだよ。バッカじゃないの。ていうか、あんた絶対ガチゲーマーのバトルジャンキーでしょ。ゲームばっかりして、現実生活疎かにしている引きこもりゲーム廃人。しかもただの陰キャの癖にゲーム上やネット上ではやたらイキってるタイプの奴。全くいいご身分よね。こっちはブラックな職場で上司のパワハラ、マウンティングに耐えながら、十二時間ぶっ通しで働いていたっていうのに!」
その目にはある意味狂気とか絶望に似た視線が込められていた。これこれ。こういういかにも戦闘しようぜって雰囲気が好きなんだよ。さあ。もっとやろうぜ。と刀を構えると、マリアはまたため息を吐いて手を挙げた。
「あんたはもっと戦いたいみたいだけど。僕はもうごめんだからね。最初は推しを乗っ取った無法者を成敗してやるつもりだったけど、推しの人生を救ってくれたみたいだし。特別に見逃してあげるよ。というか、やっぱり推しのキャラと同じ姿をしている人を本気で殺すなんて僕にはできないしね」
そう言いながら俯いて頬を赤らめた。アカン。これはもうガチ恋しとるわ。このOLの転生者ちょろすぎる。
せっかくバトルがしたかったのに、もうできないのなら仕方がない。俺も手持ちの刀を下げた。
「分かったよ。そこまで善良な判断ができる人を討伐なんて俺にはできない。クエスト失敗は痛いけど、同じゲームが好きで、同じ推しが好きな同志を斬るわけにはいかないよな。でもさ。でもさ。個人的な模擬試合なら大歓迎だぞ? いつでも試合しに来てくれてもいいからな?」
俺の戦闘欲求が丸出しになると、マリアは「うわ。きっしょ」と言って引いてしまった。やはりバトルジャンキーとスローライフを求める人間は根本から分かり合えないらしい。それよりも俺が気になるのはそこではない。ここは勇気を出してもっと奥深くに踏み込んでみることにした。
「それはそうとさ。なんで、スローライフを求めているあんたが、暗殺者業なんてしているんだ? 何か深い理由でもあるのか?」
まさか深入りしてくるとは思わなかったのだろう。マリアは驚いた表情をしたあと、ちょっとだけ俯きながら、俺の隣にちょこんと体育座りをした。
マリアは「ま、あんたになら話してあげてもいいかな」と言って、フードを外して、首を見せてきた。そこには紋章こそ消えてはいるが、かつて紋章が刻まれていた痣がある。
「こ、これって……」
俺はなんとなくだが、この女の境遇に勘づいてしまった。女性もそれを察したらしく、ゆっくりと口を開く。
「そうだよ。僕は元奴隷。帝国の前皇帝に飼われて半強制的に暗殺者をやらされていたの……」
「やはりか」
俺がそう呟くと、女性は淡々と自分の身の上を話し始めた。
「そう。僕は奴隷の魔族として転生させられたの。それからやりたくもない汚れ仕事も任務のためにやらされたよ。もうすべてあの男の言いなり。でもね。そんな僕を救ってくれた人がいた。それが現皇帝閣下なの」
なるほど。これは前世のブラック労働以上に過酷そうだ。しかもこんな悲劇のモブキャラに転生させるとは、やはり女神やら神的な存在は善良なだけではないらしい。俺はなんとなく悲劇のヒロインが救われる話しの続きが気になっていた。
「そうか。それで?」
「うん。現皇帝のアルシス様はね。帝国の奴隷制度に反対だったの。それはアルシス様の幼馴染の両親が貴族位をはく奪されて、その幼馴染のご令嬢が奴隷にされたことがきっかけなの。それでアルシス様は皇帝に反逆して、革命を起こして、帝国の奴隷制度を撤廃させて、文字通り世界を変えたわけよ。それに救われて僕も奴隷からやっと解放されて、今は山奥でスローライフしつつ、楽してお金を稼げるような、難易度の低い裏の仕事だけを引き受けているってわけ」
「そっか。それは大変だったね……」
「うん……」
なんていうか、思った以上に重たい話しだったが、そのアルシスという皇帝はまさに物語の主人公のような男だ。しかし、帝国の奴隷制度は、ゲーム原作では存在していたはずだ。ということはつまり。
「なぁ。もしかして、その皇帝も転生者だったりするの?」
マリアは首を振った。
「ううん。違うよ。アルシス様は転生者じゃなくてタイムリーパーなの。原作にはなかったはずのタイムリープのスキルを駆使して帝国に反抗したの。ちなみに彼のタイムリープを起こしたのは、この僕だよ」
「え! ということはもしかして、君がアルシスと手を組んで皇帝に反逆したってことか?」
「うん。ちなみに僕のスキルは不明になっていて無能者扱いされていたの。だから奴隷にされたんだけど、僕が任務に失敗して死刑になりそうになったことがきっかけでタイムリープのスキルが僕だけが視認できる形で発動したんだ。だから、奴隷生活を変えたくて、アルシス皇子に協力を仰いだってわけ。まあ。それまで奴隷だったから、僕自身は直接的には反乱に関わってないんだけどね」
「そっかぁ。けっこうきつい転生者人生を歩んできたんだな」
「まあね。だからこそ、今の生活があるわけだし。結果論としてはよかったかな。でも、でもね。こうして、ルシフに会えたから、ルシフとなら恋をしてみても……ってこれはちがっ!」
やはり思った通りちょろかった。でも、この人も可哀そうだな。推しと恋愛するために転生したのに、奴隷にされて、いいように扱われて、こんな不幸な目に遭っていたら、俺だってスローライフしたくなるわ。
俺は彼女をからかうこともせずに、こう答えた。
「ごめんな。俺はあまり恋愛に免疫がないんだ。それにどうせ付き合うなら好きな人がいいな」
その言葉を聞いたマリアは「そう」とだけ素っ気なく答えた。でも、次の瞬間、彼女は俺の頬に口づけしてきた。
「ん……。ふぅ。推しと付き合うことは出来なかったけど。ほっぺに口づけするだけならいいよね? それにもしもだけどさ……。もし困ったことがあったらいつでも相談に来てね。僕が何でも助けてあげるから。だって僕は君の容姿だけは好きだから……。だから君がピンチの時は僕が守るって誓うよ!」
ちょ、おま、いやいやいや。まてまてまて。いきなり頬に口づけとか好きになりそうやないかい。
こちらが陰キャだからってからかってやがるな。悔しいけど、思春期男子として、こんな綺麗な美少女に頬に口づけされたら嬉しくないわけない。
というか、このオタク女ほんまにガチ恋しとるやんけ。どんだけちょろいねんとつっこみたくなる。
でも、でもなぁ。うわべだけ好きになられてもなぁと陰キャを拗らせた結果、本当の好き同士付き合わないと嬉しくなんかない、というこんな美少女を前にして、贅沢というか、傲慢で我儘な感情が溢れ出してしまう。
それに、これ以上はちょっとだけ身の危険を感じるので不安だ。とにかくもう逃げる一択である。
「あ、そういうの別にいいんで……。クエストはもう破棄するから安心してくれ。それじゃあな!」
「え、あ、ちょっと待って、待ってってばぁぁぁぁぁ!」
こうして俺は、推しにガチ恋している女性から、一目散に逃げだしたのであった。自分を好きになってくれた異性を前にして逃げ出すとか、俺はこんなにヘタレで本当に女性と付き合えるのだろうか。とにかくここ最近の出来事を纏めると、肉食系女子やガチ恋女子こえええと思う次第であった。この女とはもう二度と関わらない。そう誓ったのである。とは言ってもなんかいつか関わりそうな予感がするんだけどね。ちなみにクエストを失敗したせいで、ギルマスである母の命令で、一週間キマイラ討伐をタダ働きさせられた。
今日の投稿はここまでです。いかがでしたでしょうか? 明日も17話まで投稿するので、どうか拙作と今度ともお付き合いただけると嬉しいです。一話でも書きましたが、感想やレビューは気兼ねせずにお好きなようにお書きください。ただし、誹謗中傷等は違法行為ですので、お止めくださいね? では次回の更新をお楽しみに!