第115話『武術大会開会式』
翌朝。王宮内の豪華な飯をご馳走になったあと、本日より開会式が始まるということで王都の闘技場へと向かうことになった。
王都の闘技場は普段は異世界人や現地人の賞金稼ぎが凌ぎを削る場所であり、それだけで生活している者も多数いるという。
そんな彼らの血の汗が滲んだ場所で、勇者選抜武術大会は行われるのだ。
俺は国王に言われるまま、選手登録を済ませて、選手紹介台へと招かれた。
闘技場の前に立つと観客は既に満員。
どうしようもないくらいの人だかりができている。
逃げ出したくなるような緊張感。
こういう目立つのとか本当はあまり得意ではない。
しかも全世界同時配信されるというのだから、緊張感はさらに高まる。
観客席を見やると、レビア、舞花、父の姿が見えた。
三人ともなんだか楽しそうにアイスクリームを食べてやがる。
こちとら緊張で胸やけしそうだって言うのに呑気なものだ。
そして、巨大なファンファーレが鳴り響いたあと、開会式が開幕された。
王が王族の観客席から開幕のスピーチを開始した。
「ええ~~。皆の者。本日はよく集まってくれた。わしは大変満足しておる。見よ。この晴れ渡る空を。雲を。太陽を。まさに女神が未来の勇者たちを祝福しているかのようだ。それでは本題に入ろう本日この大会を開催した主旨は――」
長っ。
いや長すぎでしょう。
校長先生のスピーチかよ。
これは思ったより暇になりそうだ。
こういう時は大筋と関係ないどうでもいい話しを30分くらい粘って話すと定石が決まっている。
この暇な時間を有効活用するため、俺は観客にバレないように、母さんから貰った石を取り出した。
これって一体何なのだろうか。
昨日も眺めて解析したが、謎の石としか表示されなかった。
でもなんだか俺はこの石に自分を重ねるような思い入れがあるのだ。
その石を眺めていると、ふと何かが光ったような感覚がして、意識が途切れた。
☆☆☆
気が付くと、そこは白い空間だった。そこには一人の見知った男が偉そうに玉座に座り、頬杖をついている。
それはどう考えても、ブリファン原作に登場する勇者パーティーを離脱して闇堕ちした魔王ルシフ本人であった。
俺の素と違い、より美形になり、黒い角が生えている。
一体どういうことだ。
どうして原作の魔王ルシフがここにいる。
混乱している俺に向こうは冷徹な声で語り掛けてきた。
「ふっ。どうやら今の事態を飲み込めないと言ったところか。流石はゴミの凡人なだけはある理解が遅くて何よりだ」
この人を小馬鹿にしたようなニヒルな喋り方。
間違うはずがない。
こいつは長年俺が推し、パーティーメンバーの主軸として何度も冒険を共にした闇堕ち魔王ルシフ本人だ。
しかし、何故だ。
何故今更になって魔王ルシフが俺の目の前に現れた?
その疑問を見透かしたかのように闇堕ち魔王は語る。
「お前は何故今更と考えていることだろう。だが、今がベストタイミングなのだ。原作ルートの俺がお前に干渉できるのはこの空間のみだ。女神の奴も好きにしろと許諾を得ている」
女神という単語が出てきたことで、俺の警戒心がマックスになり、魔王ルシフを問い詰めた。
「どういうことだ? あんたは女神とグルなのか?」
その言葉を聞くなり、魔王ルシフは高笑いした。
「あっはっはっはっは。女神への反逆心ありか。まさにお前らしいな」
意味が分からないので、俺は再び問い詰めた。
「お前らしいとはどういうことだ。お前は俺の何を知っているって言うんだ?」
闇堕ち魔王は俺の発言を手で制した。
「まあ。そう警戒するな。俺はあくまでもお前の味方だ」
ますます意味が分からない。
とうとう俺はぶち切れた。
「お前いい加減にしろよ? さっきから大切な要件をはぐらかしやがって。一体何が目的なんだ?」
魔王ルシフは逆座から降りると、持ち前の【傲慢の魔剣】を構えて、こう言い放った。
「俺の目的はただひとつ。お前に魔王ミカリスを倒して貰うことだ! そのためにお前にトレーニングをつけてやる」
奴の一言でようやく俺はその意図を理解した。
「つまりミカリスへの私怨を晴らそうっていうことか? 俺を利用してミカリスを今度こそ亡き者にしようということか?」
魔王は首を振った。
「そうではない。俺はただ生きているレビアを守りたいだけだ。こちらの世界ではお前の女になっているが。あれは元々俺の女だからな。こちらの世界の彼女には生きていて欲しいただそれだけだ」
なんかルシフらしい情に厚い理由で少し納得した。
だが、俺は反論した。
「お前に悪意はないことは分かったよ? でも俺がミカリスに負けるなんてことはありえない。そのために俺は一か月も準備を重ねてきたんだぞ?」
しかし、魔王は正論を言った。
「だが本当にお前だけが準備してないと思っているのか? 奴はあの負けず嫌いで嫉妬深いミカリスだぞ? もう既にお前以上の力を手に入れているに決っているだろうが!」
確かにその可能性も考えた。
魔王に戴冠したばかりの奴が、そう簡単に王座から離れるわけがないと油断していた。
でもよく考えたら、あのミカリスが、俺に勝つ為に、果たして何の努力もせずに待っているだろうか。
答えはノーだ。
待ってくれているわけがない。
俺はすぐに魔装備を取り出した。
「分かったよ。それでどうすれば俺はミカリスに勝てる? トレーニングの意図を教えてくれ?」
魔王は答えた。
「簡単なことだ。お前に魔王流剣術と、強化奥義【傲慢の魔王】を習得してもらう! ちなみにこの空間は向こうとは時間が完全に引き離されている。お前が望むならその若さのまま何度だって修行できるぞ?」
「な、なんだって! それはマジか?」
「ああ。全て本当のことしか言ってないぞ?」
これはまるで王道少年漫画とかラノベとかによく出てくるような、最高の修行場所じゃないか。
しかも俺は前から課題にしていた魔王流剣術の習得と、【傲慢の魔王】を習得することができる。
これほどいい条件はない。
俺は頭を下げた。
「それならよろしくお願いします。師匠」
魔王は傲岸不遜に笑った。
「うむ。ついてくるがよい。馬鹿弟子よ。お前を最強の魔剣士に育ててやる!」
こうして、俺と闇堕ち魔王の謎の修行が開始されたのであった。




