第110話『地獄のダンジョン七層』
紫鬼との戦いで俺のレベルはさらに十上がった。
しかし、そのステータスの伸び率は通常値と変わらなかった。
これは明らかな失敗なのだが、あの戦闘では魔法や奥儀なしで戦うことの厳しさを痛感させられた。
そんな貴重な経験は出来ないので、これはこれで良かったのだと思う。
七層の休憩フロアであの戦いを振り返る。
本当に楽しかった。
まるで夢うつつのようなひと時だった。
あんな勝負が出来るのなら無限にやってみたい。
俺の戦闘欲求が刺激的な戦いを欲しがっていた。
俺は注文したカモミールティーを飲みながら、次のフロアの敵の情報を確認していた。
どうやら七層の敵はレベル200オーバーの強敵らしい。
小細工は通用しない自分の死力を尽くして戦えと書かれている。
あの伝説の動画配信者さんでも苦戦したのか。
一体どんな凄い奴なのか好奇心が刺激される。
死ねば終わりのダンジョンだが、俺は負ける気は毛頭なかった。
大切な者たちを守るまで俺は死ぬわけにはいかないのである。
俺はレビアから渡された新たな防具【傲慢のマント+3】を眺めていた。
そろそろこれを実践投与してもいい頃合いかもしれない。
このマントは防御力600ほどで、俺の装備している魔剣くらいの防御性能がある。
さらに効果は相手の魔法完全耐性。状態異常完全耐性。物理ダメージ半減というとんでもない高級防具だ。
これを装備して少しでもステータス差や物理耐性を上げていくに越したことはない。
あの伝説の動画配信者が苦戦したほどなのだ。
次も乱数による恩恵は得られないと考えた方がいいだろう。
そこで俺はトレーニングスーツの負荷を一万倍にした。
これでステータスアップも乱数調整時より、ちょっと少ないくらいの恩恵を得られるはずだ。
ここからが正念場だ。
俺は気を引き締めて七層のボスの攻略情報を入念に調べ尽くした。
しかし、伝説の動画配信者さんらしくなく、黒鬼には小細工は通用しない。
実力で押すしかないとまで書かれていた。
まさかあの伝説の動画配信者さんがそこまで追いつめられるなんてな。
リサーチが終わったあと、俺は休憩エリアの扉を開けて抜け出した。
さらに七層のフロアを前にして、深呼吸した。
「よし。行くか!」
俺は七層ボス部屋の扉を開けると、そこには両手剣を構えている黒い鬼を目にした。
その視線に睨まれた瞬間。
俺は身の毛がよだつ感覚がした。
この威圧感は紫鬼以上だ。
俺は本能的に察知した。
こいつは明らかに格上だと。
黒い鬼は俺を見つめるとこう言い放った。
「ほう。今度の挑戦者はなかなか骨がある奴だな。こんな奴は伝説の動画配信者以来か?」
こちらを睥睨する瞳には一切の甘さも感じられない。
その身の毛もよだつ恐ろしさに、俺は戦闘欲求が刺激されてものすごく楽しくなっていた。
俺も負けまいと言い返した。
「お前こそかなり強そうじゃないか! 俺はお前みたいな強そうな奴と戦うのが三度の飯より好きなんだよ!」
そう言い放つと黒鬼は豪快に笑った。
「がっはっは。この黒鬼を前にしてそんなことを口にしたのは貴様が初めてだ。いいだろう。お前は特別だ。伝説の動画配信者にさえ見せなかった、俺様の本気モードで行かせてもらう! うおおおおおおおおおおおおおおお!」
黒鬼はみるみる魔力を高めて【限界突破・改】以上の何かを使用した。魔王化ではない。おそらく【限界突破・改】のその先の強化奥義だろう。
俺も【新限界突破・改】の物理特化で対抗することにした。
互いに強化奥義でパワーアップを済ませて、本気の戦いを開始した。
「行くぞ! 魔剣士!」
「来い! 黒鬼!」
俺たちは瞬歩で互いの距離を詰めた。
まずは俺が手始めに袈裟懸けを浴びせる。
黒鬼はその攻撃を弾き返した。
「くっ!?」
その一瞬の隙に黒鬼が腹パンチを込め込んできた。
「おらぁ!」
「いつつっ!」
しかし【傲慢のマント+3】を装備していたおかげで敵の物理攻撃を最小限のダメージに抑えることに成功した。
黒鬼は興味深そうに笑った。
「ほう。今の拳が効かないか。貴様。いい防具を身に着けているじゃねぇか。よっぽど腕の立つ職人仲間がいるんだな!」
俺はにやりと笑った。
「まあな。人にだけは恵まれるようなったもんでね!」
黒鬼はますます楽しそうに笑った。
「がっはっは。ますます気に入った。お前のような骨のある若造と戦えてこの黒鬼最高の幸せを感じておる。さあ。見せてくれ! こんな物じゃないだろう? 魔剣士!」
俺は【ダークネスブレイカー・エンチャント】を付与して、一気に奥義で畳みかけた。
「行くぞ! 黒鬼! ゲーマーのプライドを思い知れ! ダークネスブレイカー!」
圧倒的な虚無の渦が二つ発生し、四つに分かれた。
その渦を直撃して黒鬼は豪快に「がっはっはっはっは」と笑っていた。
そして、まさかに事態が起きた。
「なッ!? ダークネスブレイカーを耐えられた……!?」
黒鬼は笑った。
「なかなか面白い奥義だったぞ。だがその程度の攻撃でこの黒鬼を倒せると侮られては困るな!」
俺は全身のアドレナリンとドーパミンが溢れ出て、楽しくて仕方なくなっていた。
まさかこんな奴が原作キャラにいるなんて。
この地獄のダンジョンは思った以上の難易度だ。
もしかするとこのダンジョン主たちも、世界のインフレでパワーアップしているのかもしれない。
どちらにせよ。
俺は青鬼。紫鬼。そして、黒鬼。
こんな強者と戦えてもう戦闘欲求がますます刺激されてさらに欲しくなっている。
戦うことが意義であるバトルジャンキーの俺にとって、これほど楽しいことはない。
俺は魔剣を鞘に納めた。
黒鬼は何かしでかすなと悟ったのか、バックステップで距離を取り無詠唱で【マジックバスター】を放ってきた。
その火力は俺の約二倍だ。
つまり奴の魔力ステータスは俺の二倍あることが確定した。
しかし、俺はその攻撃を避けずに受けきった。
黒鬼は無傷な俺を見てにやりと笑った。
「まさか攻撃魔法に完全耐性があるとはな。効くとするなら状態異常系か、即死系だろう! ふん!」
黒鬼はこちらに状態異常が効くと思って即死系魔法【サクリファイスデッド】を繰り出したが、当然俺には聞かなかった。
黒鬼はますます楽しそうに笑った。
「まさか状態異常耐性もあるとは。これはもはや物理と奥義で押すしかないようだな! ふんっ!」
黒鬼は一気に距離を詰めて、飛び上がり、唐竹割を繰り出した。
「だありゃあ!」
俺は遂に待ち焦がれた時が来たことを確認して、一気に秘剣を解き放った。
「秘剣・絶の太刀!」
その見事な二連閃は黒鬼の肉体に傷をつけて、両手剣をへし折った。
どうやら武器の強度では俺の方が勝ったらしい。
黒鬼は倒れて、その場に片膝をついた。
「がっはっは。貴様はどうやら本物のようだな。これほど強い猛者など、歴代の勇者や英雄の中で一人も見たことがないぞ! 伝説の動画配信者を除いてな!」
どうやら敵の生命力はまだ半分程度しか減らせてないらしい。
魔剣に付与した【ダークネスブレイカー・エンチャント】に秘剣を合わせたとっておきだったのに。
こんな強い奴がいるなんて世界はまだまだ広い。
俺は再び魔剣を正面に構えた。
黒鬼も新たな魔装備を取り出し、腰に構える。
それは先ほど見た両手剣ではなく、刀だった。
どうやらこいつも俺と同じ刀使いらしい。
俺はその業物を称えた。
「いい刀だな。黒鬼!」
黒鬼もにやりと笑う。
「この黒鬼の中では最強の業物だ。これを抜いて生き残った冒険者はまだ一人もいない。あの伝説の動画配信者ですら、抜く前にこの黒鬼を倒したのだからな!」
どうやらこれが黒鬼の全力らしい。
つまり攻略情報にもない未知数の強さだ。
しかし、前世から相手の戦法を盗む天才だった俺は、あの黒鬼がやっていた強化奥義のやり方がなんとなくわかって来ていた。
そして、それを昇華して超える方法も。
そこで俺は早速試してみようと思い立ち、黒鬼にこう告げた。
「黒鬼。お前は凄いよ。お前のおかげで俺はもっと強くなれそうだ!」
俺がそういきり立つと、黒鬼は笑いながら言った。
「ほう! 面白い! ではやってみせよ!」
俺は全身の魔力を集中させた。
「行くぞ。これが俺のゲーマーのプライドだ。強化奥義――限界覚醒・改!」
圧倒的な黒いオーラを纏った俺に、黒鬼は腹を抱えて笑い出した。
「がっはっはっはっはっはっは! まさかこの黒鬼の限界覚醒を超えて来るか! 面白い! さあ。雌雄を決するぞ!」
俺も楽しさが堪えきれずに笑った。
「行くぞ! 黒鬼!」
俺たちは互いに神速で距離を詰めて、剣を掲げた。
「くたばれ魔剣士!」
「ゲーマーのプライドを思い知れ!」
俺たちの剣は交差した。ステータスではようやく同等レベル。武器の強度も同じくらい。
ギリギリの鍔迫り合いの中で俺達は吠えた。
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
限界ギリギリの中で徐々にだが、俺が押されていく。
このままでは不味いと思い、土壇場で今までの応用を駆使して、【限界覚醒・改】を極限に進化させた。
「まだだ。そう簡単に終わるものか! 真・限界覚醒!」
その圧倒的なバフにより、俺は遂に黒鬼のステータスを上回り、相手の剣を砕き、胴体を真二つに斬り裂いた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
黒鬼は倒れて黒い靄として消える前にこう言い残した。
「見事だ。魔剣士ルシフ。いや魔王ルシフ・ホープ!」
確かにそう奴はそう言った。俺を勇者ではなく魔王と呼んだのだ。
俺はその意味に戸惑いながらも手を合わせた。
「黒鬼。お前は本当に強かったよ。今まで戦ってきた敵の中でも紫鬼と同格の強敵だった!」
俺はそう奴の冥福を祈り、ついに【地獄のダンジョン】最終フロアへと足を踏み入れた。




