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漆黒の森  作者: no name
7/22

鏡像の境界

……“鏡”は真実を映すという。

だが、それは“表面”に現れるものにすぎない。

映されたそれが、あなたの“内面”と一致している保証はどこにもない。


漆黒の森が“あなたの心”だったとしたら?

——それも、誰かが仕掛けた“幻想”ではなかっただろうか。

 ノアは、またしても目を覚ました。

 だが、目の前に広がる森は、これまでとどこか違っていた。木々の並びがわずかに歪み、足元の落ち葉は左右非対称に配置されている。空の色も、記憶にある青緑ではなく、仄かに赤みを帯びていた。


 「……これは、前と同じ場所ではない」


 声に出して初めて、その確信が重く彼の胸にのしかかる。森が変わったのではない。彼の認識のほうが変化しているのだ。


 足元に、何かが落ちていた。

 一冊の書物。だが、ページはすべて真っ白だった。


 鏡を覗き込むように、その本を傾けた瞬間——


 ──言葉が、現れた。



「この物語は、あと23章で終わる」

「あなたは、前章の終わりで死んでいた」

「ノアの正体は、“あなた”だ」

「作者は、もう存在していない」



 ノアは本を閉じた。ページは確かに白紙のはずだった。

 だが彼は、そこに“意味”を見たのだ。鏡の中にしか存在しない記憶を。


「……これは、誰の言葉だ?」


 遠くから、誰かの足音が聞こえる。だが、音はまるで“反響”しているかのように方向感覚を持たない。右か、左か、後ろか、それとも——


 「……ようこそ」


 その声は、性別を持たない。若くもあり、老いてもいる。

 彼の前に立ったその存在は、ローブを纏い、顔の半分を覆っていた。


 「観察者番号31-Aです。貴方はまだ、“中心”には至っていません」


 「……中心?」


 「すべての物語の“根”のことです」


 観察者は、ノアの手から本を取り上げた。ページをめくる。

 そこには、こう記されていた。



「観察者31-Aは、ノア自身の未来人格である」

「だが、それはミスリードである」

「あなたが読んでいるこれは、まだ“第1階層”でしかない」



 ノアは混乱した。

 だが、次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


 気づけば彼は、草原に立っていた。

 そこには、時代も国も異なる無数の“逃げ込んだ者たち”がいた。


 —明治の精神病院から逃げ出した男。

 —戦争で家族を亡くした少女。

 —22世紀のクローン研究者。


 皆が、こう語った。


 「現実が、壊れそうだったんだ。だから……この森に来た」



 だが、彼らの言葉が正しいとは限らない。

 彼らが語る“自分の過去”が、真実だとは限らない。

 なぜなら彼らの記憶も、どこか歪んでいたからだ。



 ノアはつぶやいた。

 「森が……集めているのか……現実に耐えられなかった者たちを」


 そのとき、一本の道が彼の前に現れた。

 それは、地図に記されていない“十三番目”の道。


 朽ち果てた木の標識には、こう書かれていた。



「ここから先は、“解釈不能領域”につき通行禁止」



 それでも、ノアは足を踏み入れる。

 失われていく記憶を感じながら。

 自分が、何者だったかも忘れていく恐怖のなかで。


あなたが読んできた“この章”すら、偽物かもしれない。

あなたの記憶が、物語の齟齬を“補完して”しまっている。


だが、そうであったとしても——あなたは、最後まで辿り着けるだろうか?


森の正体が“あなたの心”だったという結末すら、偽装かもしれない。


本当の答えは、“そこに辿り着いた者”しか知り得ない。

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