名前のない書庫
【前書き】
名前を持つ者は、世界に刻まれる。
名前を失った者は、書庫に囚われる。
しかし——
書庫にある“誰かの名”を読むたびに、
読み手はその人間の“可能性”を一つ、手に入れる。
誰の人生を、あなたは背負えるだろう?
■ 書庫の入口に立つ「あなた」
ページはめくれない。
そこには“あなたの名前”が書かれていないからだ。
この書庫には、名を持たぬまま生きたすべての人生が封じられている。
しかし、「あなた」は、今そこに立っている。まるで最初から、そこにいたように。
【あなた】とは誰か?
エイレン?
かつてのノア?
読者自身?
あるいは……まだ登場していない“あなた”?
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■ 書庫の奥に並ぶ書巻
そこに収められている巻物は、すべて「名」が削られている。
だが内容は──どこか見覚えのある、断片的な記憶の物語。
•夢を語ったあの日の午後
•手紙を送るか迷った深夜
•書きかけの小説の最終章
•SNSの下書きで終わった叫び
どれも「あなた」には覚えがある……ような気がする。
※読者に対する強烈なメタ読解をここで挿入
「この文章を“思い出している”あなたは、すでに森の一部である」
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■ 本棚の中のエイレン
突如、本棚の間からエイレンが現れる。
だが、その顔には違和感がある。
どこか違う。服装も異なり、声の調子も別人のよう。
「ねぇ……ここで会ったの、初めてじゃないよね?」
エイレンは本棚の背面を開くと、そこには“日記”が並んでいる。
「この日記、全部“俺がなれなかった俺”の記録なんだ」
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■ 出現する“黒い書記者”たち
複数の黒衣の人物が現れる。顔は見えない。
彼らは“書き手”であり“記録者”であり“編者”。
しかし、彼らが記録するものは**「存在しなかった事実」**ばかり。
「記録とは、選択された嘘」
「真実とは、記憶されなかった選択肢」
読者が今読んでいる物語そのものが、
彼らによって“捏造された断片”であるという暗示が強まる。
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■ 「あなた」の記憶が侵食される
ページの一部が、破れていく。
読者が知っていたはずの情報、伏線、エピソードが“書き換わっている”。
•ノアはそもそも存在しなかったのでは?
•少女の言葉が、前章と微妙に違う
•エイレンの名前が「アイン」に変化している箇所
「誰かがこの物語を“編集”している。今まさに、読みながら」
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■ そして現れる“最初の読者”
彼女は静かに現れる。
「私は、最初にこの森を“読んだ”者」
「この森には物語がある。でもそれは、誰かが書いたものではない。
すべての“読者”が、その断片を繋ぎ直してるのよ」
彼女の名前もまた伏せられている。
だが彼女は言う。
「あなたの読む順番で、森の構造そのものが変わっていく」
書庫とは“記録”の場所ではない。
書庫とは、“誰にも見つからなかった可能性”が、ひっそりと眠る場所。
あなたがそれを読んだ時点で、誰かの“なり損ねた人生”を背負ってしまった。
だが、同時に——
“あなたの物語”もまた、誰かによって今まさに読まれているかもしれない。
森は終わらない。
なぜなら、次の章はあなたが書くのだから。