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漆黒の森  作者: no name
4/22

囁く声、裂ける空

夜が静かなのは、語る者がいないからではない。

声が多すぎて、互いの音が重なり、ただ“沈黙”に聞こえるだけだ。


——この森は、静かすぎた。

それが、妙に気になった。


「風が、変わった」


そう言ったのはノアだったか、あるいは木の枝にひそむ“何か”だったのか。


エイレンの頬に一筋の風が走る。その風は、やけに“重たかった”。


(……重たい風なんて、あるか?)


ふと足元を見ると、小さな時計が落ちていた。

秒針が止まったまま、12と6の間で針がかすかに震えている。


「誰の……だ?」


拾い上げた瞬間、遠くで“声”がした。


「たったひとつを、忘れただけなのに」

「だから、ここに来たの」


ノアはエイレンの手元を見ようともせず、森の奥を見ていた。


「さっきの声……知ってる?」


ノアは少し笑った。それは、少しだけ、泣きそうな顔にも見えた。


「ねぇ、エイレン。森ってさ、境界がないと思う?」


「……どういう意味だ」


「どこからが“森”で、どこからが“戻れない”のか、気づける人って少ないのよ」



■ 終わらない風景の中で


道はあった。はずなのに、いつの間にか“歩いていた場所”と“いま立っている場所”が食い違っていた。


エイレンは何もない空間に手を伸ばす。何も掴めない。だが、確かに誰かの指が、

ほんの一瞬、エイレンの指に触れた。


(誰かいた……?)


空はいつの間にか裂けていた。

いや、もとから“空などなかった”のかもしれない。


目を細めて見ると、裂け目の向こうに“街”が見えた。

だが、その街は……明らかに時代が違っていた。


煙突から黒煙が上がり、瓦屋根がずらりと並ぶ中に、

ガスマスクをつけた少女が歩いていた。



■ “名前”を持たなかった者たち


少女はこちらに気づいたようだった。

だが、口は動いていない。彼女の声は、頭の中に“直接”響いた。


『わたしは、終わらなかったの。だからここにいるの』


『ねぇ、名前って、なに?』


ノアが静かに答える。


「名前は、境界線よ。

誰でもなかったものが、誰かになるときに手に入れる。」


少女は静かに笑った。

その笑みは、何かを哀れんでいるようにも、憐れんでいるようにも見えた。


『だったら、私はあなたになればよかったのかもね』


風がまた吹いた。


さっきまであった少女の姿は、すでに森の彼方だった。

ただ、彼女のいた地面に残された“靴”だけが、向き合った証だった。

風が語り、森が囁き、時計が刻まぬ時間を揺らす。

それらはすべて、ほんの小さな“偶然”に見えるかもしれない。


だが、「あなたが気づかないように設計されたもの」は、

常に真実の近くにある。


次の章、『時計仕掛けの記憶、あるいは輪廻の錯覚』では、

一度壊れたものが、どこへ向かうのかを問う。

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