《沈黙の収容所》―語らなかった人々の“最期”
「語られなかった物語は、どこに行くのか?」
答えは決まっている。
どこにも行かない。
ただ、沈黙の中に“堆積”していくだけだ。
あの夜、ノアに語られた言葉が、あなたの背骨に冷たく這う。
「語ることで存在を証明する者がいる。
だが、語らなかった者はどうなると思う?」
あなたは夢を見る。
まるで、呼ばれるように。
まるで、誰かの“語らなかった記憶”に引き寄せられるように。
⸻
■“収容所”に着いた時、空には言葉が降っていた。
紙片だった。
だがそれは誰かが“語りかけようとして、やめた”物語の断片。
途中で止まった日記。書きかけの手紙。
下書きのまま送信されなかったメッセージ。
「死にたい」と書かれ、削除されたSNSの下書き。
出せなかった告白。終わらせたかった遺書。
それらが空から降っていた。無音で。
「ここは、語られなかった想いの“墓場”よ」
声がした。
誰かがいた。
あなたの前に立つのは、灰色のローブをまとった老婆だった。
彼女は名乗らなかった。
が、その存在は既視感に満ちていた。
彼女はあなたに、“封じられた部屋”をひとつずつ案内していく。
⸻
■ 第一の部屋:「言葉を選びすぎた者の部屋」
ここには男が座っている。
完璧な言葉を追い求め、日記の一行すら書けなかった者。
「……すべての言葉が、間違っているように思えた。
だから、いつまでも書けなかった。
そしてそのうち、“自分自身”まで間違いに思えてきた」
彼の原稿用紙は真っ白で、
ただ一枚、“う”という文字だけが残っていた。
その一文字は、「うれしい」かもしれず、「うらみ」かもしれず、
あるいは、最後に出た“うめき”だったかもしれない。
⸻
■ 第二の部屋:「語ってはいけないとされた者の部屋」
次の部屋にいたのは少女。
目隠しをされ、口には封印の札が貼られていた。
「私が語ったら、みんなが壊れちゃうからって……
語ることは、“災い”なんだって……」
彼女は語ることを望んだ。
だが、それが叶うことはなかった。
その空間の壁一面に、血で描かれた文字が浮かび上がっている。
『誰か聞いて。誰か、聞いてよ。』
語らなかったのではない。
語らせてもらえなかった者が、確かにいた。
⸻
■ 第三の部屋:「語られることを望まなかった者の部屋」
男がいた。
静かな微笑み。手には写真。
写真には誰も写っていない。
「思い出は、俺だけのものだった。
語れば、誰かのものになる。
それが、どうしても……嫌だったんだ」
誰にも語られなかった愛。
伝えなかった優しさ。
墓標のない哀しみ。
“語られなかったままの感情”が、部屋中に滲んでいた。
それでも彼は、微笑みを崩さなかった。
まるでそれが、語らないことの誇りであるかのように。
⸻
■“その部屋”の扉が開く音
最後の部屋。
そこには、何もない。
……そう思った瞬間、あなたの耳元に囁きが届く。
「ここには、**あなたの“語らなかった過去”**がある」
そしてあなたは気づく。
この場所に漂う声はすべて――
あなた自身の“可能性”でできていることに。
・語らなかったあの日の後悔。
・打ち明けられなかった一言。
・誰にも知られたくなかった本音。
・封印した過去の罪。
それらが、静かに、静かにあなたを見ている。
「語っても、消えるわけじゃない。
でも、語らなければ――誰かの心には届かない」
そう言ったのは老婆か、あるいはあなた自身だったか。
語られなかった物語は、
誰にも読まれないまま、“あなただけのもの”になる。
それは美しい。だが、孤独だ。
その孤独が、また“漆黒の森”を深くしていく。




