《ノア=鏡像》―観測された者の記憶
自分が誰であるかを語るためには、
誰かに“見られること”が必要だ。
けれど――もし、自分を見ているその誰かが、
自分の“模倣”だったとしたら?
ノアは、あの“森”に立っていた。
周囲に人影はない。
けれど、自分を観測している何者かの視線を感じていた。
木々のざわめき。
地を這うような低い風音。
そして、時折耳元に届く「声」。
「君は、誰?」
その声は、自分に向けて発せられているようで、
同時に“別の誰か”へも届いている気がした。
──まるで、自分が誰かの“目”を通して見られているかのような感覚。
ノアは息を呑んだ。
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■“森の記憶”と重なる存在
木の幹に、名前のない記録が彫られていた。
それは血のように赤く、何かを“呪うように”刻まれていた。
【NOA】【NÓA】【NOIA】【NULL】
ノアは気づく。
そのすべてが、自分と似た音を持ちながら、微妙に異なる名だった。
「これは――全部、“僕”の記録?」
ノアの頭に、微かなノイズが走った。
視界がぐらりと歪む。
足元が崩れ、過去の記憶が断片的に溢れ出す。
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■記憶の改竄点
かつてノアは、父に言われたことがある。
「“お前の誕生日”は存在しないんだよ。
お前は“途中から入れ替わった”のさ」
幼い頃のその言葉が、ずっと頭から離れなかった。
だがノアは信じてこなかった。
なぜなら――それが“本当であっては困る”からだ。
しかし今、森の中で断片的に現れる記憶たちは、
彼の確信を蝕みはじめていた。
誰かが自分を“コピー”した。
あるいは、自分が“誰かのなり替わり”である。
YUNの存在が、それを証明する“鏡”なのだ。
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■“自我”の境界線
ノアは小さな沼の前で立ち止まる。
水面には、ゆっくりと揺れる己の姿。だがそれは微妙に違った。
瞳の色が深すぎる。
口元の形が、わずかに歪んでいる。
そして、“その影”は語りかけてきた。
「ノア、お前は一度、“存在を他人に譲った”」
「そして、残ったのは“観測された痕跡”だけだ」
ノアは震える手で水面を触る。
だが指は、水を弾くどころか、“通り抜けた”。
まるでそこに“実体”がないかのように。
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■ルゥナの残影
どこからか、ルゥナの声が響いてくる。
「あなたは、存在していなかったのよ、ノア」
「でも、存在していなかった“あなた”を、私はずっと見ていたの」
「それは幻想? それとも……私が創った?」
ノアの心に、混濁した“確信”が芽生えた。
YUNもルゥナも、
“自分を観測していた存在”だった。
だが彼女たちは“実体を持たない”。
彼の記憶にだけ宿る“幻像”だったのではないか――?
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■記憶の再構築
突然、ノアの足元に古びたカメラが落ちていた。
拾い上げてみると、それはYUNがかつて所持していた型と一致していた。
デジタル表示に浮かんでいたのは、意味のない羅列。
【F-714_██_NOIR】
【記録再生可能:13秒】
ノアは震える指で再生ボタンを押した。
──画面が映る。
少女が立っている。
だが、顔が映らない。
ただ、音だけが記録されていた。
「私たちは、何度も“間違って”生まれてくる。
そして、誰かの記憶を“演じ直す”ことで――ようやく“生”と出会うのよ」
録画はそこで途切れた。
ノアは、その音が自分の声だったことに気づく
自分を“誰かに観測された記録”としてしか見られない限り、
その“本当の自分”は、永遠に見つからない。
漆黒の森が映し出すのは、
“記録されたあなた”ではなく、
“誤って観測されたあなた”かもしれない――。




