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― 忘却の地 ―
風が吹いている。だが、木々は揺れない。
音のない世界に、エイレンは立っていた。
彼は旅をしていた。行き先などない旅だった。
娘の命日を、今年もひとりで迎えた。
花も、墓もない。思い出すたび、あの光景が脳裏を焼く。
「…生きていて、いいのだろうか。」
そう呟いた彼の足元に、1枚の紙片が舞い降りた。
黒く焦げたような縁、中心にこう書かれていた。
『忘れたいものを、置いていく場所。
——漆黒の森——
この地に来る者は、何も持ち帰れない。』
ふと、記憶にないはずの地図が頭に浮かぶ。そこには確かに描かれていた。
誰も知らないはずの森。
誰も語れないはずの森。
だが彼の足は、地図の示す方へと動き始めていた。