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 デペンドの屋敷にはダンスホールがある。

 天井は三階分の高さまであり、広々とした空間を作っている。

 だが、現在はそのきらびやかさは失われていた。

 床に、大量の土が敷かれているのだ。

 デペンドの部下を大量に使い敷き詰めたその土を元に、ノーレは土魔法で砦を室内に作っていた。


「随分と、大規模な魔法ですね」


 様子を見に来たプロウがノーレに声をかける。

 ノーレはプロウに一瞬だけ視線を向けると、再び土に向かい合った。


「私、器用さはあるから。ゆっくりなら複雑なものでも作れる」


「本当にゆっくりですね。もう五日間、土魔法を使いっぱなしでしょう?」


「私、魔法に火力がないから、ゆっくりじゃないとできない」


 きっとノーレは魔法を制御しすぎてしまうのだろう。

 プロウはそう推測する。

 ボールを投げる時、とにかく遠くに飛ばすことを意識して力いっぱい投げるのと、小さな的を狙って丁寧に投げるのでは、当然力いっぱい投げたほうが威力のある球になる。

 魔法も同じだ。

 ノーレは完璧に魔法を制御しようとしすぎてしまう。

 だから、火力が出ないのだろう。


「ノーレさん、例えば氷の粒をぶつける時って、敵に当たりさえすれば、氷の形の美しさなんてどうでも良いんですよ」


「当たり前。何の話?」


「無意識ですか」


 プロウは床に敷き詰められた土から新たに生えてきた壁を見ながらつぶやく。

 その壁は出っ張りの一つもない真っ平なものだった。


「この壁だって、ここまで平らである必要はないでしょう? もっとデコボコしていても良いのでは?」


「デコボコ?」


 壁が波打ち、形がゆっくりと変わっていく。

 見事なまでに等間隔に出っ張りのある壁が誕生した。


「いや、わざとデコボコにしろと言ったわけではなく」


「やっぱり壁に足場があるのは良くない。平らじゃないと」


「でも、完璧に平らである必要はないんですよ。登れない程度で」


「登れない程度のデコボコ」


「わざと作れと言っているわけではないんですって」


「魔法の中に、ランダム要素を取り入れろってこと?」


「うーん……やはりノーレさんは攻撃魔法、向いていませんよ」


 ノーレは目を伏せて出っ張りを作った壁を崩した。

 そして平らな壁を作り直す。

 ゆっくりゆっくり伸びていくそれは綺麗だが勢いのないものだった。


「でも、攻撃以外の用途に使うのなら、ノーレさんの魔法は本当に見事です。この砦だって、こんなきれいに曲がった壁とか、そこらの攻撃魔法使いには作れませんよ」


「慰めてくれているの?」


「慰め? いいえ、本心ですよ。あなたには才能がある。そうだ、勇者くんを倒したら、本格的に魔法を習いませんか? オンジの村には、魔法の師がいなかったでしょう? 一度、誰かの下で、しっかり教えてもらうと良いと思いますよ」


 ノーレが髪を揺らした。

 見上げた先にあるプロウの顔は変わらず微笑んでいたが、眼鏡の奥にある糸目はいつもより若干開いており、オレンジ色の瞳が覗いていた。


「状態異常系の魔法なら、私がスペシャリストですし、他の魔法も、魔王軍から選りすぐりを紹介しますよ。あぁ、ノーレさんは今、空間魔法を練習中なのでしたね。この屋敷に来てからも、練習しているところを何度か見ました。それならあの人がいいかな」


「どうして」


 ポロリとノーレの口から漏れた言葉にプロウは耳を傾ける姿勢を取る。


「私、人間で、魔族は人間と戦争をしていて、なのに、どうしてそんなことをしてくれるの?」


 プロウはノーレの横に座り込んだ。二人の目線が近づく。


「ノーレさん、あなたには才能がある。努力もできる。それなのに、あなたが評価されていないことが、私は腹立たしくて仕方がないのです」


 ノーレは土壁を作るのをやめた。

 そんな彼女にプロウは袋に入ったクッキーを差し出す。

 ノーレはそこから一枚受け取ってかじった。


「私にも、身に覚えがあるのです。……ノーレさん、ひとくくりに魔族と言っても、さらに細かく種族が分かれているのはご存じですか?」


「知ってる」


「では、私の種族は何だと思います?」


 ノーレはプロウの姿を眺める。顔のパーツの形や配置、腕の本数、手の形。

 肌の色以外は人間と何も変わらない姿。つまり。


「……魔人族?」


「そう見えるでしょう? 実は、私には半分オーク族の血が流れているはずなのです」


「オーク?」


 ノーレは驚く。

 オーク族は、豚に近い顔と筋肉の付きやすい体が特徴の種族のはずだ。

 だが、プロウの顔立ちは人間と変わらないし、体格も細身だ。


「母にはちっとも似ていないのですよ、私は。むしろ筋肉がつきづらい体質で。そんな子どもがオークの里で育てられると、どうなると思います?」


「どうなるの?」


「落ちこぼれとして、迫害されます」


 プロウも袋からクッキーを取り出し、口に放り込む。


「私の故郷では、力の強さばかりが評価されていました。筋力がなく、見た目も違う私にとっては、とても生きづらかった。でも、そんなときに、デペンド様が私を拾ってくださったのです」


 プロウは袋を振ってノーレを促す。

 ノーレはありがたくもう一枚クッキーをもらった。


「デペンド様も力自慢タイプです。魔力量こそ多いものの、調整が苦手で、魔法を使うとすべて大爆発になってしまう。呪文の省略もできないから、発動にも時間がかかる。だから、戦闘スタイルも基本的に打撃です。魔法よりも、物理的に叩き潰した方が、速いし確実だと思っているのです。本人の好みとしてはオークととても似ています。それでも、デペンド様は、力の強さ以外を認めないオークたちとは違いました」


 プロウは何もない空中でさっと手を振る。

 次の瞬間には魔法瓶とカップが二つ。

 空間収納魔法。

 さらりとやってのけたが、かなり高度な魔法である。


「デペンド様は、私に、魔法の適性を見出してくださいました。そして、充実した教育を受けさせてくださり、オークの里では落ちこぼれだった私が、今では魔王軍幹部から引き抜きがかかるほどの魔法使いです。デペンド様ご自身は、魔法にさして興味がないというのに」


 ノーレは熱い紅茶が入ったカップを受け取る。

 それを見て、プロウもカップに口をつけた。


「だから私は、デペンド様に仕えているのです。どんな引き抜き条件を出されても、これは変わりません。オークの里でただ死んでいくだけだったはずの私を、救ってくださった恩は、返しきれるものではないのですから」


 ノーレはカップに息を吹きかける。

 水面から昇る湯気で顔が少し湿った。


「それでね、ノーレさん。私には、あなたも、あの村では生きづらそうだと思ったのですよ」


「え、でも私の村は別に、何も」


 プロウはそっと眼鏡を押し上げて、ゆっくりと息を吐いた。


「そうですね。ひと月過ごしてみて、私も思いましたよ。オンジの村は穏やかなところです。のどかで、村人はみな牛の世話をしながら暮らし、特産品のオンジミルクがとてもおいしい。子どもたちもよく遊び、将来は家業を継いで、酪農関係の仕事に就く。実に平和で、そして停滞した村でした」


 ノーレのカップを口に運ぶ手が止まる。


「確かに良い村なのでしょう。必死に努力を重ねていかなくても、自然に生きていける良い村です。でも、あなたには合わなかったでしょうね」


 ノーレは必死に口元に力を込めた。

 そうしないと、自分がどんな表情をしてしまうかわからなかった。


「私は、勇者くんの弱みを握りに、オンジの村に潜入しました。そして、あなたの存在を知った。それからは、あなたについて調べました。村の人々は、いろいろな話を聞かせてくれましたよ」


 喉の渇きを覚えてノーレはつばを飲み込む。

 手に持っているカップのことは意識から消えていた。


「魔族と戦うなんて、無理に決まっているのだから、いつまでも魔法で遊んでいないで、もっとちゃんと将来のことを考えれば良いのに、ですって」


 そもそも、日常生活に魔法は必要ないのである。

 当然だろう。

 適性がなければ使えないものが、日常を送るうえで必須であるはずがない。

 火が欲しければ火打石を使うし、水が必要なら汲んでくれば良い。

 そして、魔法が必要な時は魔道具を使う。

 魔道具を使うには、魔力の動かし方さえ知っていれば良いのだから、基礎的な魔法を一つ二つ練習しておけば十分なのだ。


 魔法を専門的に学ぶのは魔道具師などの特殊職か戦闘職の人たちくらい。

 それが、一般的な認識である。


「無理解。それに尽きますよね。あの村には魔法を学ぶ環境がない。努力をすることに対しても否定的。そんな中で、書籍のみでここまで魔法を身に着けたあなたは、本当にすごいと思いますよ。それなのに、それに対しても『いつまでやっているんだ』ですから」


「……実は」


 震える声で、ノーレは言った。


「実は、ウィルにも言われたの。諦めろって。ウィルの仲間も、足手まといだって」


「酷いことを言いますね。あなたはずっと努力してきたのに」


「うん。私、ずっと頑張ってきたのに」


「だから、あなたは今ここにいるのでしょう?」


 プロウの手がノーレの細い肩に置かれる。


「共に生きましょう。そして、あなたを否定した者たちに復讐を」


「あなたは、故郷をどうしたの?」


「皆殺しにしましたよ。彼らが否定していた魔法でね」


 プロウは立ち上がると、服に着いた土を払い落とした。


「柄にもなく話しすぎました。ノーレさんの作業も止めてしまいましたね」


「……こんなに、個人的なことを話してくれるとは思わなかった」


 プロウは一つに束ねられた長い黒髪を揺らしながら歩き出す。


「……才能があるのに、周りの無理解で押さえつけられている者を見ると、腹が立つのです。それで、つい、口が滑ってしまいました」


 プロウは扉の前で体ごと振り返ると、作りかけの土の砦を見上げた。


「ノーレさん、勇者くんに、勝ちましょうね」


 ノーレが頷くのを見て、プロウはそっと土まみれのダンスホールから立ち去った。


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