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現在 : 作戦会議 過去 : 手合わせ


 テーブルの上には大量の甘味。

 それを囲むのはノーレ、プロウ、デペンドの三人である。


 プロウは苺のシャルロットケーキにフォークを差し込みながら口を開く。


「それではノーレさんには、勇者くんの心を折ってもらいます」


 ノーレはザッハトルテを頬張りながら質問する。


「具体的にはどうやって?」


「私が勇者くんのところに行き、あなたのせいで、あなたの幼馴染は闇に落ちましたよと伝えます。その時に映像通信鏡を見せるので、全力で勇者くんを傷つける言葉を吐いてください」


「映像通信鏡?」


「見たことありませんか? お互いの映像を映しながら、連絡が取れる道具です。ノーレさん、勇者くんの心をへし折るような罵倒はできますか?」


「私は貴様が生んだ闇! 正義のヒーローが聞いてあきれるわ! 身近な人を傷つけ続け、闇に突き落とした貴様が勇者だなどと! 笑止千万!! そんな貴様に何が守れるというのか!」


「なるほど、今までたくさん小説を読んできたんですね。あとでもっと自然なセリフを一緒に考えましょう」


 プロウはモンブランを手に取り、続ける。


「その後、勇者くんには、この屋敷に来るよう伝えます。そうですね、幼馴染が罪を犯すのを止めたければ、この屋敷まで来い、とでも言いましょう」


 ノーレはタルトタタンに目を輝かせながら口をはさむ。


「来いって言って、そんなすぐ来る?」


「勇者くんは、神が授けた移動装置を持っていますからね。小回りが利かないのが難点ですが、大きな都市にならワープできます。魔王領の都市でもね。それで最寄りの都市までワープすれば、ここまで一時間もかからないでしょう」


 ノーレはデペンドが紅茶ばかり飲んでケーキに手を付けないのを不思議そうに見ながら頷く。


「ウィルを誘い出して、その後はどうするの?」


「勇者くんたちは強いでしょうから、戦いはデペンド様に中心になってもらいます。ノーレさんは、デペンド様の補助を。無理にダメージを与えようとしなくて結構です。幼馴染に殺意を向けられていると、勇者くんに思い知らせることが重要なので」


 プロウはグレープフルーツのムースで口の中をサッパリさせながらデペンドを見る。


「デペンド様も、それでよろしいですね?」


 デペンドは二人の口に次々と吸い込まれていくケーキを眺め、酒が飲みたいと思いながら頷いた。


「ではそのように」


「待って」


 口を挟んだのはシフォンケーキの最後の一切れを片付けたノーレだった。


「一度、私に戦わせて」


「それは……どういう?」


「私が、一人で戦う」


 ミルクレープを口に運ぼうとしたプロウの手が止まる。

 デペンドも困惑を隠さずノーレを見た。


「無茶ですよ。勇者くんは強いのですから」


「知ってる」


 そんな当たり前のことは、ノーレはよく知っていた。


「でも、私、許せないの。私を置いて行ったウィルが許せないの」


 プロウもデペンドも静かに聞いている。

 ノーレは珍しく感情の乗った声を吐き出した。


「だからウィルに思い知らせてやるの。私は足手纏いじゃないって。私を置いて行ったことは間違いだって!」


 ノーレは長く息を吐き、静かな声で言った。


「勇者ウィルは私が倒す」


 沈黙が降りる。


「……わかった。好きなようにやると良い」


「デペンド様!?」


 口を挟もうとしたプロウをデペンドは視線で抑える。


「ただし、お前が死ぬ前には助けに入るぞ。良いな?」


「はい」


 話が纏まったのを見て、プロウはミルクレープの攻略を再開した。


「でも、どうやって戦うつもりです? その辺の魔物とは訳が違うのですよ?」


 ノーレは次の獲物にティラミスを選びながら答えた。


「やり方はいくらでもある。戦いの舞台はこちらが作るのだから」


 そして、デペンドに視線を向ける。


「武器とか爆弾とか、いろいろ使っても良いですか?」


 デペンドが許可を出すと、ノーレはわずかに微笑んだ。



「みんな、紹介するよ。彼女が幼馴染のノーレ。俺と同じ十四歳」


「よろしく」


 ノーレを囲むのはウィルの仲間たちだ。

 昨年話したサーシャもいる。

 今日、ようやくウィルはノーレをパーティメンバーに紹介してくれたのだ。


「それじゃあ早速だけど、手合わせ、してみようか」


「うん」


 ここはヴィクトガータ城下町にある闘技場。

 特にイベントがない日には一般に貸し出されている。


 そこでウィルとノーレは向かい合う。

 ウィルが剣に手をかけているのに対し、ノーレは手ぶらだ。

 軽く膝を曲げ、ウィルをじっと見つめている。

 数週間前、ノーレの元に手紙が届いた。

 送り主はウィル。

 そこにはこう書かれていた。

 ノーレもこのパーティに加わるのなら、実力が見たいと仲間たちが言っている、と。

 だからノーレは今、ウィルと向き合っている。


「それでは、始め!」


 サーシャの合図と共にウィルが一気に距離を詰める……はずだった。


「わっ!?」


 強く地面を蹴ろうとしたウィルの足が、地面に沈み込む。

 土魔法の応用だ。

 土をドロドロに柔らかくすることで、ノーレはウィルの突撃を防いだのだ。

 ウィルもすぐにそれを理解する。

 素早く反対の足でまだ硬いままの地面を蹴って脱出する。

 それに対しノーレは内心で舌打ちをする。

 もう少し動揺していてくれたら周りの土も底なし沼にできたのに、と。


 ノーレは素早く魔法を切り替える。

 氷の粒を複数生み出し、次々とウィルに向かって打ち込む。

 ウィルはそれら全てを剣で砕いた。

 氷の破片がキラキラと舞い、ウィルの姿を美しく見せる。


 ウィルは理解する。

 ノーレはとにかくウィルに近づかせないようにしているのだと。

 当然だ。

 ウィルが握っているのは剣で、ノーレの武器は魔法なのだから、距離をとったまま一方的に攻撃できた方が良いに決まっている。


 それならば、とウィルは前に出た。

 ノーレは再び地面を軟化させるが、今度はウィルも引っかからない。

 魔力を感じた瞬間、他の場所を踏むようにしているのだ。

 おかげでウィルは底なし沼に嵌ることなくノーレの目の前まで迫った。

 そのまま剣を振り抜き……。


 急激な風と共に、ウィルの目の前にいたノーレの姿が消えた。

 振り抜いた剣は空を切る。


「えぇ?」


 ノーレは、自分に向かって風魔法を放ったのだ。

 ウィルの攻撃が当たる前に、自分の魔法で自分を吹っ飛ばした。

 ノーレは地面をゴロゴロと転がる。

 それをウィルは素早く追いかけた。


「っ! 土壁!!」


 ノーレは地面に手をついたまま次の魔法を発動する。

 ノーレの前に地面から土の壁が生え、ウィルの視界からノーレを隠す。


 時間稼ぎだ。

 ウィルはそう判断した。

 だから、すぐにその壁を壊しにかかった。

 剣を素早く走らせる。

 それだけで壁は簡単に砕け散った。

 そして、広くなったウィルの視界に入ったのは、己に向かって飛んでくる、奇妙な色をした液体。


 毒液だ。

 そう認識する前にウィルの体は動いていた。

 体を捻り、液体を躱す。

 それを見たノーレは手のひらに炎を出現させる。


 だが、間に合わなかった。

 炎を放とうとするノーレの手首を、ウィルは打ち上げた。

 あらぬ方向に飛んでいく炎。

 そしてそのまま、ウィルはノーレの首元に剣を突きつけた。


「勝負あり!」


 サーシャが宣言をする。

 それを聞いたウィルは剣を下ろした。


「負けちゃった」


 ノーレはそう言いながら、自分に回復魔法をかける。

 風魔法で吹っ飛んだ時に地面で擦った傷も、打ち上げられた手首のあざも綺麗に治る。


「ウィルは?」


「俺は怪我してないよ。大丈夫」


「そう、ウィルは一切傷を負っていない」


 突然口を挟んだのはロープを着た男だった。

 服装からして、おそらく魔法使いであろうその男は、手のひらから炎を吹き出させる。

 それは、先ほどノーレが出したものより、激しく燃え盛る火炎だった。


「君の魔法、一つ一つの威力が弱すぎるんじゃない?」


「え」


 ノーレの翠の瞳と微妙に目を合わせないその男は、ノーレの反応を無視して続ける。


「弱い弱い。弱すぎるよ、君」


 ノーレはさっと周囲に視線を走らせる。

 勇者パーティの皆は、口をつぐんだまま、ただ眺めている。

 男の言葉を止めようとする人はいない。


「面白い魔法の使い方をしていたけどさ、あれって実力がないから、小手先の技術で誤魔化しているだけでしょ?」


 おかしいな、とノーレは思う。

 ウィルの手紙に出てきた魔法使いの男と、目の前の男の印象が合わないからだ。


「足止めだって、ウィルには何の効果もなかったし、風魔法だってそうだ。自分を吹き飛ばすなんて意外な使い方をして、さもすごそうに見せているけれど、それで怪我をしているし、そもそも、素早い身のこなしさえできれば、ただ避けるだけで済んだことだろ」


「あなた、ザァドさんで合ってる?」


「は? え、そうだけど……」


 手紙に書かれていたザァドは祖母を大切にしている優しい男だったはずだ。

 ノーレは考える。

 もしかして、祖母以外にはこんな感じなのだろうか。


「とにかく! ウィルはかすり傷一つ負っていない! 君の攻撃は何一つ通用していない! そんなので倒せるのは中級魔物までだろ! 魔王なんてもってのほかだ!」


 ノーレはザァドの後ろに立つサーシャの顔を見る。

 彼女は何も言わずに目を伏せていた。


「そんな実力じゃ、足手まといだ! ついてこられても迷惑なだけなんだよ!」


「なるほど、アドバイスありがとう」


「は?」


 ザァドがポカンと口を開ける。

 ノーレは一切堪えていなさそうな顔で言葉を返す。


「確かに火力不足は私の欠点。攻撃魔法中心の修行をしていても、駄目かもしれない」


「お、おう」


「でも、その一方で器用さ、手数の多さは私の長所」


 ノーレはウエストのベルトにつけた飾りをそっと撫でた。


「残り一年、私は補助魔法と回復魔法を中心に修行することにする」


 まっすぐ見つめるノーレに、ザァドはたじろぎ、一歩足を下げる。


「む、無駄だろ。たった一年でそんなに強くなるはずがない」


「いいえ、やってみせる。一年後、必ずあなたたちの役に立つ力を身につけてみせるから」


 ザァドが黙り込む。

 それを見て、今まで静観していたサーシャが口を挟む。


「ねぇ、そろそろ解散しないと。この場所の貸し出し時間はそろそろ終わりだわ」


 真っ先にザァドが場を後にする。

 それに仲間たちが続き、最後にノーレとウィルが出て行った。


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