現在 : 顔合わせ 過去 : 勇者の仲間
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「これからノーレさんには、私の主、デペンド様に会ってもらいます」
黒いワンピースを身に着けたノーレは、プロウの言葉にうなずいて部屋を出る。
ひざ丈のスカートが動きに合わせてひらりと揺れた。
プロウはノーレにばれないようこっそりため息をはく。
タイトスカートを用意すれば足が開かなくて動きにくいと勝手にスリットを入れようとし、足首までのロングスカートを用意すればやはり足回りが鬱陶しいと裾を切ろうとするノーレに、プロウは振り回されていた。
「デペンド様は八武将のお一人。ですが、気の良い方ですからあまり緊張しないでくださいね」
「八武将? それってもしかして魔王軍の幹部ってこと?」
とんでもない大物ではないかとノーレは内心驚きながらプロウに尋ねる。
「おや、魔王軍内の構成は人間には知られていないものなのですか?」
「少なくとも、田舎娘まで知っている常識ってことはない」
「ではお教えいたしましょう」
プロウは指を一本立てて話し始めた。
「まず、魔王軍のトップは当然魔王様です。そしてその次が『双璧』、魔王様の右腕と左腕です。そして『四天王』。ここまでの六名が幹部ですね。そして八武将とは、四天王マール様直属の精鋭部隊です」
「つまり、幹部ではない」
「……なんだかがっかりしていませんか? 四天王直属の精鋭ですよ?」
「うん」
「さては、デペンド様がどれほど偉い方なのかまだピンときていませんね?」
プロウは立てた人差し指をノーレの鼻先に突き付けた。
「いいですか? デペンド様は八武将の中でも、特に四天王マール様の信頼が厚いお方です。マール様の後釜として、次に幹部になるのはデペンド様だろうと言われていますし、現在でもデペンド様は幹部会に四天王代理として出席することが許される立場にいらっしゃるのですよ!」
「四天王代理……はぁ、なるほど」
ノーレはあいまいに頷く。
プロウは伝わっていない気がしたが、一応頷いたので指先を下げた。
「さ、こちらです。扉を開けますが、準備はよろしいですか?」
「大丈夫」
プロウは巨大な扉を押し開けた。
「幼くないか?」
大きなソファに座り、ノーレたちを迎え入れた大男は、ノーレの姿を見た瞬間、そう言った。
「おいプロウ、勇者と同い年の幼馴染という話ではなかったか?」
「はい、デペンド様」
デペンドは赤い三白眼でじろりとノーレを見つめる。
「小娘、お前歳は?」
「十六……です」
「子どもじゃないか!」
驚くデペンドにプロウが声をかける。
「落ち着いてください、デペンド様。人間とは歳の感覚が異なるのですから」
「あ、あぁ、そうだな。まぁ座れ。しかし、十六か。人間の成人はいくつなんだ?」
「十八です」
「やっぱり子どもじゃないか!」
デペンドは困惑したようにプロウの顔を見る。
「勇者と同い年……なんだよな? え、勇者も子どもなのか?」
「はい」
「そ、そうか。人間め、子どもになんてことをやらせようと」
ノーレは首を傾げる。
魔王軍に所属する魔族はみな残忍なのだと思っていたからだ。
だが、目の前の男は子どもが戦うことに胸を痛めているように見える。
「あの」
「なんだ」
「デペンド様は、どうして人間を滅ぼそうとしているのですか?」
デペンドはごつごつとした指であごを撫で、少し考えた。
「……うまく言えぬな。本当はもっとごちゃごちゃとした話な気がするが……嫌いだから?」
「嫌い? どういうところがですか?」
「そうだな……魔族を殺すところ?」
デペンド自身もしっくりときていないようで、額にしわを寄せて腕を組んだ。
「やはりうまく言えないな……プロウ、何と言えば良いと思う?」
プロウはスムーズに答える。
「何の罪も犯していなくても、ほんの小さな子どもでも、ただ『怖いから』というだけで魔族を殺し、その罪のない命を奪うことを『正義』だなどと抜かすところ、ではありませんか?」
「あぁ、それだ。さすがプロウ。俺の気持ちをよくわかっている」
「恐縮です」
「さて、小娘、納得したか?」
ノーレは頷く。
「そうか……他に何か聞きたいことはあるか?」
「そうですね……私は、具体的に、何をすれば良いのでしょうか?」
「そのあたりはプロウに任せてあるから、彼の指示に従ってくれ。プロウ、良いな?」
「はい」
「他には?」
ノーレは首を横に振る。
「そうか。ではこれで顔合わせは終わりだ。お前の復讐がうまくいくことを祈っている」
退出を促されノーレは席を立つ。
同様に席を立ったプロウが一礼するのを見て慌ててぺこりと頭を下げ、そのままプロウに続いて退出した。
○
「あなた、ノーレさん?」
ノーレがウィルに会いに、ヴィクトガータに訪れたのはこれが三回目だった。
ウィルと演劇を見に行き、食べ歩きをし、そして解散して宿に戻ってきたノーレは、宿の前で待ち伏せをしていた女性に声をかけられた。
「誰?」
「アタシはサーシャ。ウィルから聞いたことはないかしら?」
「サーシャ……」
ノーレは聞き覚えがある気がして考え込む。
「刃物が手元になかったから、素手でスイカを割ろうとして、握りつぶしたあのサーシャさん?」
「ウィルそんな話したの!? 違うの小玉だったのよ! もう恥ずかしい!」
緑色の髪を後頭部でお団子にした女性は照れ臭そうに笑った。
「でもまぁ……そうよ。そのサーシャ。勇者パーティの武闘家として修行中の、サーシャよ」
「ウィルとなら、もう解散したけど」
「違うわ。ウィルとなんて、いつでも話せるもの」
サーシャはノーレに笑いかけた。
「あなたと話したいの。ちょっと時間良いかしら?」
ノーレは、甘いものは別腹派である。
ウィルと夕食を共に食べた後だったが、サーシャとともに来たカフェで堂々とパフェを頼んでいた。
なお、サーシャはデザートに肉を食べるタイプであり、こちらは唐揚げをほおばっている。
「それで、話って?」
「ちょっと言いにくいのだけど……」
サーシャはごくりと唐揚げを飲み込むと、水を一口飲んで口を開いた。
「実は、姫様が不安がっているのよ。ウィルに会いに美人な幼馴染が来ているって」
「姫様……ウィルの婚約者?」
「そう」
ノーレはチョコレートのソースがたっぷりかかったクリームを掬いながら言った。
「それはよかった」
「よかった?」
「ウィルは前、政略結婚の相手じゃなくて、ちゃんと口説きたいって言っていたから。他の女の人と会って不安になるってことは、ウィル成功したんだ」
サーシャはその言葉に頷く。
「そうね。姫様はウィルに、ちゃんと恋をしているわ。だから、あなたと話をしなきゃと思ったの」
サーシャは再び水を飲み、長く息を吐いてから、真剣な顔で言った。
「あなたは、ウィルに恋愛感情を持っていたり、しないわよね?」
「私、恋愛って嫌い」
ノーレは美人である。
それ故に恋愛に関するトラブルに巻き込まれることもあった。
「恋をすると、人間は攻撃的になるから」
「攻撃的? うーん。まぁそういう面もあるかもね」
「ナイフを持ち出してきたり」
「それはレアケースだと思うわ」
サーシャは動揺しながらも話を戻す。
「えっと、恋愛感情はないってことでいいのかしら?」
「うん。私たちはそういうのじゃない」
一切悩むことなくノーレは言い切る。
ノーレにとってウィルは特別であったが、それは決して恋ではなかった。
「よかった。姫様にはそう伝えるわ。いきなり話しかけてしまって、ごめんなさいね」
「いいよ。私も、ウィルのパーティメンバーと話してみたかったし」
「あら、そうなの?」
ノーレは苺のムースを楽しみながら答える。
「だって、私も魔王討伐の旅、一緒に行くし」
「え?」
「え?」
サーシャの驚きの声にノーレも驚く。
「初耳だわ」
「でも私、ウィルと約束しているし、それに向けてずっと地元で修行を……」
「勇者パーティは、それにふさわしい人を王宮が選んで、もう確定しているのだけど」
「ウィルは、そんなこと言わなかった」
「そんな約束があるってことも、言わなかったわ」
ノーレは急にウィルのことがわからなくなった。
ウィルは以前、ノーレを危険に巻き込んではいけないとは言っていた。
しかし、一緒に来てほしくないとは、言わなかったのだ。
それに対して、ノーレは、自分が望んでついていくのだと伝えたはずだ。
自分は覚悟していると伝えたはずなのだ。
それなのに、ウィルは、ノーレに何も話していない。
仲間にも、ノーレのことを話さなかった。
それがなぜなのか。
ノーレは頭がクラリとするのを感じた。
どろりとしたチョコレートソースがスプーンを伝って、ノーレの手をべとべとに汚した。