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現在 : 知恵比べ

 デペンドは軽く腕を振り、腕に付着したままの毒液を振り落とすと、足を進めた。

 一度、廊下の端にある扉の前を通り過ぎると、角の先を覗き込む。

 その先にはちぎれたロープがぶら下がっていた。

 最初にデペンドが引きちぎったロープである。

 床にはあの時降ってきた石も落ちている。


 なるほど、一周したか。

 デペンドは振り返り、先ほど通り過ぎた扉の前に立つ。

 今までノーレの姿は見られなかった。

 つまり、ノーレはこの先に逃げたはず。

 ならばこの扉には罠はないのか。

 デペンドは一瞬そう思ったが、すぐに打ち消した。

 先ほど同じ考えでロープを引きちぎって、痛い目を見たではないか。


 デペンドは扉を開けると、素早く横に飛んだ。

 その真横を鉄の玉が、振り子のような軌道を描きながら通り過ぎる。

 ノーレは自分が扉を通った後、閉める時に糸をはさんだらしい。

 避けて正解だった。

 そう頷くデペンドの耳にカチリという音が届く。

 通り過ぎた鉄球が天井にぶつかり、何らかのスイッチを押したようだ。

 デペンドの斜め後ろに、毒液が降り注ぐ。

 デペンドは跳ねた液体がかからないよう、更に距離を取る。


「よし」


 おそらく鉄球がぶつかって一歩下がると、あの毒液の位置になるのだろう。

 どこまでも毒液が好きなようだ。

 罠を避けることに成功したデペンドは、愉快な気持ちでそれを眺めた。

 そして、罠のなくなった扉を悠々とくぐる。

 二メートルほどで分かれ道。

 直進か、右折か。

 どちらの道も真っすぐ伸びており、突き当りで直角に曲がっているように見える。


 デペンドはあごに手を当て考える。

 どうやらこの砦は『回』のような形に廊下が伸びているようだ。

 今さっき通った二メートルの通路は、外側の□と内側の□を繋ぐ通路なのだろう。

 二メートルも幅があったのは罠を仕込むためだろうか。

 ノーレの思考を推測しながらデペンドは二つの道を見比べる。


 まぁ、どちらでも良いだろう。

 デペンドはそう判断した。

 デペンドの推測通り『回』の形になっているのなら、どちらから行っても同じはずだ。

 直感で右を選び、歩き始める。

 そして、半ばほどで足を止めた。

 ここから角まで、床がてらてらと光っている。


「これは……油か?」


 ノーレが何を考えて油をまいたのかはわからない。

 滑りやすくするためか、火でも放つつもりか。


「避けるか」


 道はもう一本あるのだ。

 無理に通る必要はない。

 そう考えたデペンドは引き返し、もう一方の道に進むことにした。


 だが、その考えはうまくいかなかった。


「こちらもか」


 ぬるりとした床。

 こちらにも油がまかれている。

 どうしたものか。

 デペンドは考え、走って突っ切ることにした。

 罠が発動しても、素早く通り過ぎてしまえば良いと考えたのだ。

 確かに滑りやすくはなっているが、デペンドは自分の運動神経に自信があった。


 デペンドは転ばない程度のスピードで油の上を走る。

 その横で、壁に掛けられていた松明が地面に落ちた。

 床にまかれた油に引火する。

 だが、その時デペンドは既に廊下のほぼ端まで来ていた。

 油を伝って火が追いかけてくるが、デペンドが油を抜けるほうが速い。

 走って正解だった。

 デペンドはにやりと笑いながら角を曲がる。


「うっ!」


 勢いよく曲がった瞬間、デペンドの足が地面に沈み込んだ。

 デペンドはつんのめるが、持ち前の運動神経で何とか転倒は防ぐ。

 見ると地面がドロドロになっている。

 そして、案の定、天井から毒液が降り注いだ。


「クソが!」


 悪態をつきながらデペンドは足に絡みつく泥から脱出する。

 本来のダンスホールの床が泥の下にあるから、沈み込んで抜け出せないということはないのだ。


 デペンドは苛立つ。

 もう何度も毒液を受けている。

 体内に入った毒の量が多い。

 この程度で死にはしないが、それでも体調に影響が出てきている。


「……ふん。しこたま飲んだ後の二日酔いの方が辛いわ」


 デペンドは誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。

 実際、デペンドは追い詰められているわけではない。

 平気で歩くことも戦うこともできる程度の影響しか出ていない。

 それでも、ほんの少しだけデペンドは不安を感じたのだ。

 だから、強がりを言って自分を落ち着かせた。


 ふうっと息を吐き、デペンドは顔を上げる。

 そして、ひどく動揺した。


 まっすぐ伸びる廊下。

 真ん中あたりの壁に扉がある。

 方向からして、『回』の更に内側に向かうのだろう。


 それ自体は良い。

 問題は、その扉の前に置いてあるものである。


 ザルと木の棒。


 典型的な『罠』である。

 野生動物などを捕まえる時のアレである。

 デペンドを捕まえるにはいくら何でもザルは小さすぎるが、実際においてあるのだから仕方がない。

 そして、ザルの中に置かれている、獲物をおびき寄せるための餌、それは、唐辛子であった。

 いや、正確に言えば、あまりに大きな唐辛子だった。

 ザルの内側はほぼその唐辛子で埋まっている。

 デペンドはこのようなサイズのものを見たことがなかったが、唐辛子に詳しいわけではなかったため、ありえないとは言い切れなかった。


「いや……」


 デペンドは混乱する。

 ふざけている、わけではないはずだ。

 そうだと信じたい。

 では真剣にこのザルの罠を仕掛けたのか。

 それもまた信じたくない。

 何で唐辛子を置いたのだ。

 デペンドは思い出す。

 デペンドとプロウとノーレで作戦会議をしていた時、プロウとノーレは吸い込むように甘味を食べていたが、デペンド自身は手をつけなかった。

 そこでノーレは、デペンドが甘いものは苦手だと見抜いたのだろう。

 だから辛い物を置いたのか。

 いや、おかしいだろう。

 唐辛子は、いくら何でもおかしいだろう。

 デペンドは頭を抱える。

 何を考えている。

 あの小娘は何を考えているのか!


「ん?」


 よく見たらつっかえ棒に紐がついていない。

 ならば本当に何のために置いてあるのか。


「……無視だ」


 デペンドはこの小さな罠を無視して扉を開けようとする。

 しかし、押してみても開かない。

 よく見ると、手前に引くタイプの扉のようだ。

 と、なると、このザルが邪魔だ。

 扉を開けるとぶつかってしまう。


 どかすか。

 デペンドはそう考えた。

 紐もついていないし、動かしても問題ないだろう。

 それでも一応の用心として、足で雑にどかさず、しゃがみ込んでゆっくり動かす。


 その時だった。

 唐辛子が爆発した。


 デペンドはとっさに顔をそらす。

 体の数か所に痛みが走り、デペンドは顔をしかめた。


 どうやら唐辛子はレプリカだったらしい。

 その空洞部分に爆弾を仕込んでいたのか。

 道理で随分と大きかったわけだ。

 手に取ってまじまじと眺めなくてよかった。

 デペンドはひそかに胸をなでおろした。


「……待てよ?」


 デペンドは何かが引っ掛かった。

 そうだ。

 この唐辛子は、デペンドがしゃがみ込んだ瞬間に爆発した。

 タイミングが良すぎる。

 つまり、ノーレはデペンドの様子を伺っていて、タイミングを計って遠隔で爆破したはずだ。


「近くにいるのか! どこだ!」


 デペンドは声をあげる。

 デペンドが通ってきた方の道ではないだろう。

 では、反対側の角か。


 デペンドは駆けた。

 そして、角を覗き込む。

 誰もいない。

 目を凝らすと、廊下の突き当りに油と泥が見える。

 そうか、あそこは最初に引き返した方の油がある場所か。

 デペンドは人間より目が良い。

 だから松明の光のみでの薄暗い空間でも目を凝らせばある程度のものは見えた。

 だが、さすがに突き当りにある泥の様子は見えない。

 ここから足跡の有無が見えたら早かったのだが。


 デペンドは思考する。

 デペンドには足音が聞こえなかった。

 デペンドに捕まらないよう走ったのなら足音がするだろうし、足音を立てないようゆっくり歩いたならばまだ姿があるだろう。

 ならば、ノーレはこの角にいなかったと考えるべきか。

 なら、一体どこから見ていたのか。

 デペンドはハッとして振り返る。

 この角にはいない。

 反対側の角はデペンドが通ってきたから当然いない。

 ならば、隠れられる場所は一つ。

 扉の奥だ。


 デペンドは落ちている唐辛子の破片を雑に蹴り飛ばしながら慌てて扉の前に戻る。

 そして、勢いよく扉を開けた。


 目の前には階段があった。

 砦の二階部分に繋がっているのだろう。

 ノーレの姿はない。

 先にこちらを調べていれば。

 デペンドは舌打ちをする。

 だが、まだ近くにいるのは間違いない。

 デペンドは罠には気をつけつつ、急いで階段を登った。


 階段を登ってすぐに廊下は右へ曲がっていた。

 左に道はない。

 一本道だ。


 デペンドは迷わず進む。

 デペンドはノーレを一発ぶん殴るだけで勝ちなのだ。

 ノーレが近くにいる今は最大の好機だった。


 右に曲がった後はすぐに左折。

 こちらも他に道はない。

 そして、曲がった先は、プールのようになっていた。

 当然水が入ったプールではない。

 中身は毒液である。

 幅は二メートル弱、長さは三メートルほどだろうか。

 そして真ん中に橋のように細い通路が渡されていた。


 デペンドは頭の中で地図を思い浮かべる。

 そうか、一階では『回』の形をした通路の、外側の□と内側の□の間に二メートルほどの空間があったはずだ。

 その空間が目の前のプールに使われているのだろう。


 デペンドは舌打ちをする。

 急いでいるというのに、この細い通路。

 少女にとっては平気かもしれないが、デペンドの大きな足では少々不便だ。

 だが。


「はっ」


 デペンドは飛んだ。

 三メートル程度ならば、力自慢の魔族であるデペンドには、跳び越えられる距離だった。


 デペンドは毒液に触れることなく、楽々と着地する……はずだった。


 デペンドの足が地面についた途端、崩れる。


「しまった!」


 落とし穴だ。


 プールの壁も同時に崩れたらしく、デペンドとともに毒液もたっぷりと落ちていく。

 ほんの一階分の高さしかない落とし穴自体は、デペンドに何のダメージも与えない。

 しかし、再び毒液に侵されたことがデペンドの精神を蝕む。

 警戒していたはずなのに、ノーレが近くにいると思い、焦りが出たのだ。

 腹立たしさを抱えながらデペンドが落とし穴から脱出しようと、毒液から顔を出し、落とし穴のふちに手をかけ、体を引き上げかけた時だった。


 天井から、何かの粉が大量に降り注いだ。


「う、ぐあぁぁ!」


 デペンドの目に痛みが走る。

 目を開けていられない。

 きつく閉じられた目じりからは涙が流れ落ちた。


 手を離さなかったのはデペンドの意地だった。

 目を開けられないまま、落とし穴から体を引き抜く。


「仕方ない、もうやめだ!」


 デペンドは最後の手段に出ることにした。

 魔法で、砦ごとノーレを爆殺することを決意したのである。


 デペンドは魔法が苦手だ。

 特に威力の調整が苦手だった。

 魔力をたくさん持っているが故に、常に大爆発になってしまうのだ。

 ここは室内、それもデペンドの屋敷内である。

 だから、できればしたくなかったのだ。


 デペンドは呪文を唱え始める。

 本来魔法を使うには、魔法陣と呪文が必要だ。

 だが、練習していくうちにまず魔法陣を省略できるようになり、やがて呪文も省略できるようになる。

 むしろ、省略できるようになって初めて実戦で使えると言っても良い。

 だが、デペンドはそれも苦手だった。

 呪文の省略ができないのだ。

 だから、魔法発動には時間がかかる。


 室内で爆発など起こしては己も危険だが、爆発地の真ん中には破片は飛んでこない。

 あとは、屋敷が崩れる前に穴の開いた壁へ全力で走れば屋敷から脱出できるはずだ。

 もともと勇者との戦いの場になる予定だったのだから、屋敷内の者はあらかじめ避難させてある。

 だから、問題ないはずだ。

 デペンドは己が唯一使える爆発魔法の呪文を思い出しながらたどたどしく唱える。



 ドゴォン!!



 デペンドが爆破するより先に、砦が爆発した。

 デペンドの足元も、天井も、壁も、全てが破裂する。


「は?」


 デペンドの集中が切れ、呪文が途切れる。

 ろくに目も開けられないデペンドに、大量の瓦礫が襲い掛かった。


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