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現在 : 戦闘開始

 どういうつもりだ。

 デペンドは動揺を押し殺しながら考える。

 ノーレは、自分と戦うつもりなのか。

 状況的にはそうなのだろう。

 なにせデペンドは今、落とし穴で落下中なのだから。


 だが、とデペンドは心の中で呟く。

 無謀が過ぎるだろう。

 デペンドは八武将だ。

 次期幹部候補だ。

 いくら策を弄したところで、小娘一人に倒せる相手ではないはずだ。


 この落とし穴だってそうだ。

 たかが二階分の高さ。

 デペンドには何のダメージにもならない。

 下まで落ちきったら、すぐさま上に戻る。

 デペンドにとってはジャンプ一回で抜け出せる罠に何の意味がある。


 デペンドが着地し、跳び上がろうと上を向いた時だった。

 デペンドの顔に、大量の液体が降りかかった。


「!? これは……毒か」


 デペンドは素早く状況を判断する。

 そして、問題はないと判断した。

 デペンドは体が丈夫だ。

 人間とは比べ物にならないほど。

 だから、例え毒がその身をじりじりと蝕んだとしても、そんなものは些細なダメージだ。

 毒がデペンドを倒すにはかなり時間がかかる。

 それより前に、ノーレの頭を一発殴りつけて殺してから、治療を受ければ十分だろう。


「さて」


 デペンドは改めて足に力を込め、落とし穴から脱出する。

 当然そこにはノーレはすでにいなかった。


「どこへ逃げたことやら」


 まず、このダンスホールから外へは出ただろうか。

 デペンドは真っ先に扉を確認する。

 床に敷き詰められた土には若干跡が残っているが、これはダンスホールに入った時のものだろうか。

 それとも、出ていったものか。


 デペンドは突如振り返り、腕を振った。

 その腕は飛んできた氷の粒を弾く。

 さっと砦に視線を向けたデペンドには、水色の髪が壁の向こうへ逃げていくのが見えた。


 誘われている。

 デペンドはそう感じた。

 おそらくノーレは死角の多い砦の中で姿を隠しながらヒット・アンド・ランの戦法で戦いたいのだろう。

 先ほどの落とし穴のような罠もまだまだ用意してあるに違いない。

 デペンドを倒せるほどの強力な攻撃手段を持たないノーレが戦うには、自分が攻撃を受けないよう距離を取りながら、ちまちまと削っていく以外に方法がないのだから。


「いいだろう」


 デペンドの戦闘スタイルは打撃である。

 つまり、近接戦闘だ。

 デペンドとしても、ノーレに近づかなければならないのだから、ノーレが砦の中にいる以上、入らなければ仕方がないとデペンドは考えていた。


 それに、デペンドには八武将としての誇りがあった。

 デペンドにはノーレを無視してこの場を去り、毒の治療をした後で、ゆっくりとノーレを狩るという選択肢もあったが、人間の娘一人に対して背を向けるのは、大物のすることではないという思いがあった。

 策があるというのなら、それを正面から破ることこそが、八武将としてふさわしい振る舞いだと考えたのである。


 デペンドは砦の中に入る。

 先ほどちらりと見えたノーレの姿はさすがにもうない。

 それはそうだろう。

 体の丈夫なデペンドと違い、ノーレは魔法使いの少女だ。

 デペンドの太い腕で攻撃されては、一撃だけでも動けなくなるだろう。

 ノーレにとって、デペンドから距離を取り続けることが最優先のはずだ。


「つまり、あの小娘を見つけ出せば俺の勝ち、俺に見つからないまま、俺が倒れるまで攻撃をし続けられればあの小娘の勝ち、というわけか」


 楽勝だな。

 デペンドはそう思った。

 ノーレの攻撃魔法の威力では、デペンドを倒すまでに一体どれだけの回数攻撃を当てれば良いのやら。

 その一方で、いくらダンスホールが広いとはいえ、所詮は一部屋。

 いつまでも隠れ続けるのは無理がある。


 玉座までは外階段から登ったため、デペンドは砦の内部構造を知らない。

 一面土色の砦でデペンドは左右を見渡す。

 さて、どちらから探すか。

 左右に広がる廊下は壁掛け松明で照らされているものの、少々薄暗さを感じさせた。


 右。

 デペンドは適当に決めた。

 判断材料がない以上、悩んでいても仕方がないと思ったのだ。


 右の角を曲がると、そこにはロープが複数本張られていた。

 ところどころ交差するように張られたそれらを体の大きなデペンドが潜り抜けるのは難しそうだった。


 だが、このようにロープで道が塞がれていてはノーレも通れないだろう。

 やはり左に行くべきだったか。

 デペンドは道を引き返しかけたところで、足を止める。

 いや、デペンドは体が大きいから、道を塞がれているように感じているが、少女にとってはどうか。

 この隙間は十分通れる大きさなのではないか。

 それならばむしろ、デペンドの足を止めることができるこの道を逃げた可能性が高いのではないか。


 とりあえず、このままこの道を探そう。

 デペンドはそう決断した。


 ではこのロープをどうするか。

 引きちぎってしまおう。

 デペンドはそう考えた。

 ノーレも潜り抜けたのだとすれば、触れてしまうと罠が発動するタイプのものではないだろう。

 うっかり自分に発動してしまうリスクがあるのだから。

 それに、罠を発動させるためのロープなら、こんなにも丸見えにはしないだろう。

 だから、引きちぎってしまっても大丈夫だ。

 デペンドはそう判断した。

 それならば、今後もこの道を通るかもしれないことを考えれば、どうせ触れずに通ることはできないのだから、引きちぎってしまったほうが良いと考えた。


 デペンドの腕力があれば、ロープを引きちぎるのは簡単だ。

 両手でロープを握り、気負わず左右に引いた。

 ブチリ。

 ロープがちぎれる。

 それと同時に、天井が開いた。


「んあ!?」


 天井から大量の石が降ってくる。

 デペンドはとっさに腕で頭をかばいながら、後ろに飛んだ。

 いくつかの石は当たってしまったらしく、デペンドの腕にはいくつかの擦り傷ができ、若干の血が流れた。


 軽傷だ。

 デペンドはそう思う。

 この程度のダメージならいくら重ねたところで、自分が倒れることはないだろう。


「……チッ」


 だが、デペンドは苛立ちを押さえきれず、舌打ちをした。

 デペンドは根拠を持って、罠ではなくただの足止めだと判断したのだ。

 それなのに、天井から石が降り注いだ。

 それが不快でならなかった。


 そうなると、やはりノーレはこちらの道から逃げたわけではなかったのか。

 先ほどまでここに張られていたロープを触れないように、そっとくぐっていては、デペンドに追い付かれてしまうかもしれないし、素早くくぐっては、うっかり罠を発動させてしまうかもしれない。

 ならば、引き返して逆方向に向かうのが正解か。


 デペンドは今度こそ道を引き返した。

 反対側の角を曲がり、そして、道の先に違和感を覚えた。


「ほう?」


 先ほどの角は直角に曲がっていた。

 しかし、今デペンドの正面に見えている角は、綺麗なカーブを描いているのだ。

 なめらかに曲がった土壁は当然まっすぐな壁を作るよりも調整が難しい。

 それなのにわざわざそうしたということは、何か意図があってのことだろう。

 デペンドは警戒しながら進む。

 その時、視界の端をきらりと光るものがあった。

 デペンドははっとそちらに視線を向ける。

 低い位置に、細い糸が張られていた。

 先ほどのロープと比べれば格段に見にくく、薄暗い廊下ではうっかり足を引っかけてしまいそうなものだった。


 なるほど。

 あの壁は違和感を持たせ、この糸に視線を向けさせないためのものだったか。

 デペンドは一瞬そう思うが、すぐに首を傾げる。

 いや、視線を奪うために壁を曲げる? 

 もっと視線を奪われるものはいくらでもあるだろうに、あえて壁を使うか? 

 デペンドは警戒を続けたまま糸を跨ぐ。

 そしてゆっくりとそのカーブを曲がった。


 なにも起こらない。

 先ほどと変わらずまっすぐな廊下があるだけだ。

 よく見ると廊下の端に扉があるようだ。

 それ以外には何もない。


 だが、油断はできない。

 警戒しながらデペンドは進む。

 天井、床、壁。

 糸やスイッチが隠されていないか観察しながら、廊下の半ばまで進んだときだった。

 前方の壁が音を立てながら開いた。


「む!?」


 そして、巨大な岩がごろごろと転がってくる。

 なるほど、一本道の罠としてはオーソドックスだ。

 デペンドは迫りくる岩に背を向け、走り出しながら納得する。

 そうか、先ほどの角がカーブを描いていたのは、この岩が曲がれるようにするためだったのか。

 糸から意識をそらすためではなく。


 ……糸?


 デペンドはハッとする。

 このままでは先ほど跨いだ糸に岩が引っ掛かってしまう。

 罠が、発動してしまうではないか。

 ならば、とデペンドは足を止めて、岩と向かい合う。

 そして。


「はっ!」


 拳。

 人間ならば絶体絶命の状況だったかもしれないが、デペンドにとっては拳一つで片がつく問題である。

 巨大な岩もデペンドの太い腕にかかれば簡単に粉々に砕け、中から液体が飛び散った。


「は?」


 先ほどできた擦り傷に液体がしみる。


「これは……また毒液か」


 デペンドは鼻で笑う。

 どうやらあの小娘は上位の魔族について、あまり知らないらしい。

 確かに毒はじりじりと相手を削ることができる。

 直接接触しなくてもダメージを与え続けられるのだから、あとは毒のダメージでこちらが倒れるまで、逃げ隠れすれば良い。

 おそらくそういった考えで、毒の罠を多く仕掛けているのだろう。

 だが、デペンド相手ではそれは悪手だ。

 上位の魔族を毒のダメージで倒しきるなど、無謀でしかない。

 デペンドがこの砦を虱潰しに探しきる方が、毒のダメージが蓄積しきるよりずっと早い。


「所詮は、ろくに村の外に出たことのない小娘か」


 同じ人間相手なら、この罠で十分だっただろうが、とデペンドは心の中で呟く。


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