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過去:運命の分岐 現在:オンジの村にて



「ど、どうしよう。僕、どうしよう」


 桃色の髪をした少年が泣いていた。

 彼の震える手には一本の剣が握られている。

 美しい剣だ。

 美しくて、そして、齢十歳の幼い手には似合わない剣だった。


「ノーレ……ねぇ、僕、こんな……」


 少年は泣きながら、近くにいた少女をすがるように見る。

 水色の髪を高い位置でくくった少女は、少年が持つ輝くような剣を茫然と見つめていたが、己の名を呼ぶ声にはっとする。

 唾液を飲み込み、そっと剣を持つ少年の手を包み込んだ。


「ノーレ、僕、怖いよ」


「大丈夫。大丈夫だよ、ウィル」


 二人の周りにいる大人たちは笑顔で手を叩いている。

 これまで誰にも抜けなかった剣を抜いた少年と、初めて姿を現した輝く刃先を歓迎している。

 その中で、二人の子どもだけが顔をゆがめていた。


「だって、僕、できないよ」


「大丈夫。大丈夫だから」


 少女は翠の瞳が揺れてしまいそうになるのを必死にこらえながら、少年のための言葉を紡ぐ。


「私も一緒に戦ってあげるから。約束だよ。私たちは、ずっと一緒に」



 オンジの村。

 ほんの小さな村である。

 都市から都市へ移動する人々が時折中継地点として訪れたり、特産品であるミルクを取引する商人が訪れたりする程度の、ありふれた村だ。


 牛の鳴き声がそこら中から聞こえる中、木陰に座り込んで本を読んでいる少女がいた。

 赤いリボンでまとめられた水色の髪が風になびく。

 長いまつ毛に覆われた翠の目は手元の本から逸らされることなく、ひたすらに文字を追っていた。


「ノーレさん、ノーレさん。ここにいたんですね」


 そんなノーレに声をかける男がいた。

 長い黒髪を一つにまとめた眼鏡の男だ。

 男は開いているのかわからないほど細い目でにこりと笑う。


「食事の時間ですよ。家に帰りましょう」


「あ、そうですか。呼びに来てくれてありがとうございます、プロウさん」


「いえいえ、居候の身ですから、雑用は何でも任せてください」


 プロウという男が血に汚れた状態でこの村にやってきたのは、ひと月ほど前のことだ。

 気が付いたら魔物の死体と血まみれの自分が倒れていた。

 どうやら自分は回復魔法が使えるようだったので怪我は治したが、それまでのことが何も思い出せない。

 そう、プロウ自身は語っていた。


「今日は何を読んでいたんですか? ……空間魔法基礎?」


「興味があって。使えるととても便利だから」


「便利……ですか。まぁ、そうかもしれませんが、それ以上に難しいでしょう?」


「それでも、使えるようになりたいんです」


 会話をしているうちに二人は家に到着する。

 扉の前には『オンジの村の宿』と書かれた看板が立っている。

 直球すぎる名前だが、人の出入りが頻繁ではないオンジの村には宿は一つしかないのだから、これで十分なのだ。


 二人は正面玄関から中に入る。

 酪農業と兼業で開けている小さな宿なので従業員勝手口などはない。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 素朴な顔立ちの女性が姿を現す。

 顔はあまり似ていないが、髪色はノーレと同じ水色。

 彼女はノーレの母親である。

 母親はノーレが持っている本が魔導書だと気づくと、一瞬、眉をひそめた。


「……さ、手を洗ってらっしゃい。プロウさんもね」


「はい」


 ここ最近繰り返されている、いつも通りの日常がそこにあった。




「ねぇあの子、いつまで魔法の勉強なんてしているつもりかしら」


「まぁ、すぐには切り替えられないだろう。もう少し見守ってやらないか?」


「もう少しっていつまでよ? いい加減諦めさせて自分の将来を考えさせた方が」


「魔法を使う職業だってあるだろ。無駄にはならないさ」


「それならそれで、何を目指すのか、ちゃんと考えさせないと」


「でも、あの子の気持ちがな……」


「いつまでもそんなこと言っていられないでしょ!?」


 ノーレは気づいている。

 己の両親がこの話を何度もしていることを。

 気づいていてなお、ノーレは魔法の訓練をやめられなかった。

 水を飲みに来たノーレだったが、両親がいる台所に入ることができず、音を立てないようそっと踵を返した。




 ノーレは目を閉じて立っていた。

 その口は長々しい呪文を唱えている。

 ノーレがカッと目を開いた瞬間、足元の魔法陣が光を放った。


「空間転移!!」


 ノーレの姿が掻き消える。

 次の瞬間、別の場所で土を踏む音がした。


「すごいですねノーレさん。成功ですよ。ただ……」


 その様子を傍で見ていたプロウは穏やかな笑みを浮かべたまま、首を傾げた。


「魔法陣を描き、十秒ほど呪文を唱えた結果が、たった一メートルの移動というのは……」


「練習すれば、もっと遠くまで移動できますよ」


「ノーレさん、空間魔法はどれも難しいのですよ? 長距離を移動できる人なんて、そうそういませんし、短距離ならば、魔力の消費量や時間を考えると、歩いたほうが楽です」


 多少金を持っている家は、空間魔法が使えないよう、壁に防御魔法をかけている。

 つまり、空間転移は、犯罪行為などには使いにくく、基本的にただの移動手段である。


 プロウの反応にノーレも首を傾げる。


「数メートルでも、空間転移ができれば、川とか簡単に渡れるじゃないですか」


「橋を渡れば良いじゃないですか」


「橋がないかもしれません」


「橋がない川の向こう側には、用事もありませんよ」


「そうとは限りませんよ」


「そうですか」


 プロウはにこやかに微笑んだまま若干眉を下げる。

 川に橋が架かっていないのは、そこを渡る人がいないからだ。

 そんなところに何の用事があるのかとプロウは思ったが、面倒になったため適当に頷いた。


「ところでノーレさん、空間転移は、馴染みのない場所や障害物のある場所だと難易度が上がるそうですよ。どうでしょう? 村の外……森の中で練習するというのは」


「魔物が出ますよ。呪文を唱えている間に襲われたら大変です」


「私が護衛としてついていきますよ」


 プロウはそう言うとノーレの返事も聞かずに歩き出す。

 ノーレは妙に強引だと思ったが、それでもその申し出自体はありがたかったため、礼を言って共に村の外に出た。




 オンジの村に続く道。

 そこから少しそれた場所は鬱蒼と茂った森になっている。

 そこには魔物も住み着いており、よほどのことがない限り人間は整備された道から外れることはない。

 そんな危険な森に二人は立っていた。


「ノーレさん、この辺でいいでしょう」


「そうですね。それでは……」


 ノーレが魔法を発動すべく集中し始める。

 だが、その肩に手を置く者がいた。

 もちろん、プロウである。


「まぁ待ってください」


「なんですか? 私は空間魔法の一つ、透視をしたいのですが」


「いえね、実はあなたを連れ出したのには……ん?」


 何かを言いかけたプロウが違和感を覚え、言葉を切る。


「透視? 空間転移の練習がしたかったのでは?」


「魔物が近くにいないか、確認しようと」


「私が、護衛としてついてきているのに?」


「でも、プロウさんは魔物と戦って記憶喪失になったんですよね?」


「あれ、もしかして私の腕前を疑っています?」


 細い目が少し開かれる。

 その隙間から、オレンジ色の瞳が姿を現した。


「その話……嘘ですよ?」


 ノーレはプロウの顔を見上げた。

 目があうとプロウは目を細めてにこりと笑う。

 ノーレは一歩後ずさりながら首元まで垂れている頭のリボンの端をそっと触った。


「……嘘?」


「えぇ、嘘です。魔物の死体と共に倒れていたというのも……記憶を失っているというのも」


 一歩、また一歩とノーレは後ずさる。

 その踵が木の根に引っ掛かった。

 バランスを崩したノーレに向かってプロウが手を伸ばす。


「あぁ、危ないですよ。こんな暗い森の中で後ろ向きに歩いたりしたら」


 プロウはノーレの腕をつかみ、背に手を回して引き寄せた。

 二人の視線が至近距離で交わる。


「ノーレさん、あなたと二人きりで話したかった。……勇者の幼馴染であるあなたと」


 ノーレが目を見開く。

 目の前にある男の肌の色がじわじわと変わっていったからだ。

 人間らしい肌色から、暗い緑へ。

 その姿は、どう見ても魔族、現在人間と戦争をしている者たちの姿だった。


 ノーレはとっさに掴まれていない方の手で氷の粒を生み出し、攻撃する。

 氷はプロウの頭に当たって砕けた。


「おや、攻撃しますか。ですが威力が弱いですね。これでは私を倒すどころか、腕を放してあげることもできませんよ」


 ノーレはその言葉に少々眉をしかめたものの、大きな反応は返さなかった。

 火力不足。

 そんなことは他の誰でもない、ノーレ自身が一番よくわかっていた。


「随分と落ち着いていますね。話がしやすくて結構です」


「ただでさえ力不足なのに、慌てている場合ではないから。それとも、泣き叫んで命乞いでもしたら、見逃してくれるの?」


「そんなことをしなくとも、殺しませんよ。私はあなたを勧誘するために誘い出したのです」


 勧誘、とノーレはおうむ返しに呟いた。


「……私が、魔族側に寝返りそうな人間に見えたの?」


「えぇ、見えましたとも。だって……」


 その言葉を聞き、初めてノーレの表情が崩れた。


「あなたは勇者を恨んでいるでしょう?」


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