5.好敵手との対面
試験が終わり、学院全体が緩やかな空気に包まれているころ、リザベルは1人木の上で本を読んでいた。いつもは図書館で本を読んでいたのだが、以前学院中の近道を探していた時に、人気の少ない学院裏にちょうど良い大樹を見つけたのだ。
それからは授業の空き時間や放課後、木の上で図書館から借りてきた本を読み耽っていた。
この時は魔法に関する本ではなく、珍しく歴史学の本を読んでいた。
この前、意気揚々1位になる宣言をしたリザベルだったが、不得意なものを目の前に失速していたのである。「素晴らしい魔法使いになる」という夢の前に、学院試験で1位になるという壁が、リザベルの前に立ちはだかっていた。
壁を乗り越えるには、今まで避けてきたものを対処しなければならないのだが、もちろん呪文のような面白みのない文章はどうしても頭の中から抜け出してしまう。
「覚えるべきことが多すぎて、頭がパンクしそうだわ...邸での座学の時、追いかけるニナから逃げなければこんなことにはなってなかったのかしらなんて、今更すぎるわよね」
ぼやきながらリザベルはもう一度現実と向き合って、歴史書と戦おうとしていた時だった。
ふと人の気配がしたのだ。リザベルは少し嫌な予感がした。
自分にかけていた認識魔法を強めやり過ごそうとしていたのだが、気づかれてしまっていたのである。
「おい、貴族の令嬢が涼む場所じゃないぞそこは」
リザベルが下を見ると、明らかに声の主と目が合った。
「...私を認識できてらっしゃるの?」
「何馬鹿なこと言ってるんだ?」
気づかれた相手は、リザベルが勝手にライバル視していたリオ・ブラックウェルだった。
「君の認識阻害が甘かったんだよ、リザベル・ウェスト」
認識されてしまったので、リザベルは仕方なく木から降りた。
「私をご存知ですのね」
「あぁ、技能試験では3位だったのに、総合成績は20位だろ。筆記試験でそんな落とすものなのかと驚いたから」
「たまたま筆記試験の範囲が苦手な分野だっただけですわ!...というか、なぜ私が本人だと分かったのです?私、あなたみたいに有名ではないし…」
「技能試験で優れた奴がいる話を聞いて誰だと尋ねたら、毎日図書館で本を見ながら百面相してた奴だったからな」
「……み、見てたのね!?」
「あんな変な顔してたら誰でも気になるだろ」
「人の顔を揶揄わないでくださいませ!!!!」
痛いところを突かれたり恥ずかしいところを見られてしまっていたりと、リザベルは顔から火が出そうになり、いたたまれなくなる。
が、そこで逃げてしまうリザベルではなかった。
「私決めましたわ。いつか試験で1位になって、あなたをぎゃふんと言わせてみせます」
「へぇ。魔法バカの君が、僕を越せる日が来るといいな」
リザベルは余裕綽々のリオに敵愾心を燃やしていたのだが、それよりもリザベルの癪に障るものがあったのだ。
「魔法バカって、シャーロットにしか言われたことなかったのに!!!!!」
リオと対面した日から、リザベルはより一層座学に力を入れた。「素晴らしい魔法使いになるため」や「学年で1位を取る」という思いもあったが、何よりも「リオを越してギャフンと言わせる」という目標のもと、むしろそのために彼女は座学と向き合っている。図書館で借りる本の系統も変わっていたし、以前よりも授業に腰を入れたり、リザベルなりに彼を越えようと努力していた。
ある日、他クラスの生徒たちが属性魔法の技能演習を行うということで、1年生は初の属性魔法演習を見ようとする人で賑わっていた。盛り上がっている理由はそれだけでなく、リオがいるクラスが演習を行うということが一番大きいのだろう。
リオ・ブラックウェルは、数百年に1人と言われる2つの属性を持つ人間だった。加えて自身が持つ魔力も膨大で、魔法を使うべくして生まれたような人だと言われている。そのため、王国内では神の子だと名が知られており幼い頃から引く手数多だったのだ。
そんなリオの属性魔法を見ようと、演習場の脇には人だかりができていたのである。
技能演習という言葉に惹かれ、リザベルも人だかりの一部になっていた。
「シャーロット、私他の人が使う属性魔法が見られるなんて興奮しちゃうわ」
「そうね、これは私もワクワクしちゃう。ブラックウェル様の魔法を見られるなんて恵まれてるもの」
「シャーロットがおやつ以外でテンションが上がるなんて、珍しいわね」
「やだリズったら、私を食いしん坊扱いするなんて。間近で神の子と謳われている方の水魔法と雷魔法が見られるのよ、こんなの誰でもテンション上がっちゃうわ!」
「私はどの人が魔法を使ってても面白いけど」
「珍しくリズが釣れないわ…」というシャーロットの言葉をよそに、リザベルは視線を演習場へ向けるのだった。
技能演習は個々で行われ、一人一人自分の属性魔法を簡単なものから実践していくという流れで行われる。感覚が掴めなかったりうまくコントロールできない者は、教員がサポートしながら自力で魔法を繰り出せるまで数をこなす。自分の属性魔法といえど、今までの基礎魔法に比べたら難しいのである。
時間が経つと魔法を扱えるようになった生徒が増え、楽しむ声がちらほら聞こえる。
(やっぱり自分の属性魔法といえど、初めは難しいのね。けど、いつの間にか扱える人が増えてるわ。コントロールにぶれがある人が多いわね…魔力調整を行わないと加減を間違えてしまうから気をつけなくちゃ)
リザベルが目を凝らしじっくり観察していると、急に周りから歓声が沸き起こった。リオが魔法を繰り出したからである。
リオは初めに魔法で水を生み出すと弧を描くように流れを作る。その後、流れを固定させるようにじわじわと凍らせ結晶化させ粉砕させた。次に目の前にパチパチと光る円球を出し、盾を張るよう形を変形させる。そして何か唱えた後、光の盾は空に向かって素早く消えていったのだった。
リオが一通り演習という名のパフォーマンスを終えると、歓声と共に拍手が沸き起こった。
「私、一生分の魔法を見た心地よ。あまりにも綺麗で息すら忘れちゃってたわ…。噂通り、どちらも完璧に使いこなせるなんて本当に神の子みたいね。」
「演習というより演舞に近かったわね」
「演舞だったら、私きっとたくさんチップを出してる気がするわ。……次はクラレンス殿下が演習なさるのね。王族の方なんてもちろんすごいに決まってるけど、この後っていうのがもっとハードルを高くするわね」
「王族の方からしたら、こんなハードルきっと朝飯前よ」
「リズ、柄になく冷静ね…あ、殿下のパフォーマンスが始まるわよ」
すっかり演舞の観客になっているシャーロットを横に、リザベルは一つの確信と疑問を抱きながら第二王子の演習を観察するのだった。
その日の放課後、いつも通りリザベルは学院裏の大樹で借りた本を読んでいた。
滅多に人が訪れることはないのだが、以前思わぬ訪れがあったので、一応人目を気にして木の下に座っていた。
「今日は木の上じゃないんだな」
「誰か様に令嬢らしくないとお叱りを受けたので」
その誰か様に冷ややかな視線を向けるリザベルは、読んでいた本を閉じて会話を続けた。リザベルが気になっていたことを話すにはちょうど良い機会だった。
「そういえば今日、属性魔法の技能演習をされたようですね」
「あぁ。君も見てたみたいだな」
「他の方が使う属性魔法が見てみたかったので拝見しておりました。気づいてらっしゃったのですか」
「1人あれだけ冷静だったら目立つだろ」
「確かにそうですわ。……感想を申し上げても?」
「別に構わないが」
「雷魔法より水魔法の方がお得意なんですね」
これは「2つの属性魔法を“どちらも完璧に”使いこなす」と一目置かれているリオを観察したリザベルが、そうではないと感じた確信だった。
少し間が空き、リオは口を開いた。
「…なんでそう思ったんだ?」
「ブレです。水魔法の時はどんな形に変形させても滑らかで一定だった、ですが雷魔法の時は変形させた瞬間少しブレがあったのです。あなた様が手を抜いてるようにも見えなかったので、水魔法の方が得意なのかと」
リザベルが理由を説明し終えると、リオはため息をつきながら木の下に座った。
「なんですの?そのため息」
「いや、君が筆記試験は苦手なのに技能試験がよかった訳がわかった」
「人には得意不得意がありましてよ!」
悪びれもなく淡々と事実を話すリオに頬を膨らませるリザベルだったが、そんなことは気にも留めずリオは続ける。
「そうだな。君、魔法を使う時まず何をする?」
「使う魔法をイメージすること…かしら」
「そう。イメージできなきゃ、その魔法は使えない。だから人は知識を得て自分の中にイメージを作る。それを君は、観察することでイメージを作り出しているんだ。実際に僕の魔法を見て、どちらが優れていたか判断しただろ。」
「と言いますと、つまり…?」
「魔法バカじゃなくて脳筋の魔法バカだな」
「それはシャーロットにも言われたことがないわ!!!!」
あまりの言葉の刃に、精神的ダメージを負うリザベルだった。
「ところで、なぜ水魔法の方が得意なんです?」
「水魔法が好きで、よく練習していたから。」
「それだけ!?扱いやすさとかではないの!?」
「全く」
持っていた疑問に対して思っていた答えと違うものが返ってきたので、今度はリザベルがため息をついたのだった。
「あ、もちろん演習の時の魔法は、ブレなしに綺麗でしたわ。まるで水の中にいるみたいでしたもの」
「……随分と大袈裟だな」
リオの反応に、違う方向でぎゃふんと言わせられるかもしれないと思ったリザベルであった。
久しぶりの投稿になります。待ってくれていた方、お待たせしました!
数話書き溜めている分があるので、早く出せればいいな…と思っています。
リオの名前は3回くらい考え直しました。